第33話
「そう甘くないよね……」
暗い地下通路。
ジッポライターの火を片手に、彩芽は進む。
入り口の明かりが見える場所まで。
進もうとしたら、子供一人通る隙間も無い頑丈な格子に「ぶへっ!?」と身体をぶつけ、止められた。
川側からは見えなかったから甘く見ていた。
一応調べてみるが、水路から生えている格子も、温泉の成分でやられる事なく、むしろミネラルが結晶化していて少し太くなっていた。
これは、素手では破壊する事は難しそうである。
彩芽では。
「ストラディゴス」
ストラディゴスは狭い通路を、かなり身体をかがめて彩芽と共に入って来ていた。
格子を片手で一本ずつ握ると、曲げ広げようとする。
しかし、かなり丈夫らしく、壁からの生え際がストラディゴスの腕力でガタガタと言うが、格子自体は動く気配すらない。
「これ、どうすれば壊せるかな」
ストラディゴスは格子を広げようとしながら、答える。
「こりゃ、道具がいるな。異様に、硬いぞ、こいつ」
「どんな道具?」
「専門外だ」
「わかりそうな人は? エドワルドさん?」
「あいつも専門外だろうが、聞いてみる……」
「じゃあ、一度戻ってルカラにも相談しよう」
* * *
「格子ねぇ……」
ストラディゴスは、彩芽をブルローネに置いて、エドワルドが仲間とたむろしている酒場に再び来ていた。
「今度は脱獄でもする気か? と言うかよ、例の奴は、あの後どうした?」
仲間が周囲にいる手前、エドワルドはルカラの事をぼかして、ストラディゴスに聞いた。
「面白いから調べたんだけどよ、奴の賞金額、合計で六万フォルト(六百万円)を超えてたぜ。恐らく、この町でも五本指に入る高額賞金首だ。塵も積もればってのはこの事だな」
「その件だ。その、奴を町から出したい」
「なんだ、まさかまだ引き渡してないのか!? 昔から女には優しいと思っていたが、守備範囲の広さはさすがだな」
エドワルドは可笑しそうに笑う。
「でもよ、格子って事は、あの後で、やっこさん、誰かに捕まったのか?」
ストラディゴスはエドワルドに、地下通路と計画の事を軽く説明した。
「なるほど、な」
エドワルドは真面目な顔で、何やら頭の中で計算を始める。
「役に立ちそうな奴はいるか?」
「その地下通路の話、自信はあるのか?」
「出ている案の一つだが、まあな」
「その話、もっと詳しく聞かせてみろよ」
* * *
「交換条件?」
彩芽とルカラが、部屋に戻ってきたストラディゴスの持ってきた話に言葉を揃えた。
「ああ、地下通路の地図をくれるなら、協力してくれるってよ」
「地図?」とルカラ。
「そうだ。どうせ儲け話にでも聞こえたんだろ」
「なんで地図? あれば私達も欲しいし、便利だとは思うけどさ」
「何でって、あいつも欲しいからだよ。言って無かったか。あいつ密輸業者だぜ」
「まって、ならルカラの事もエドワルドさんに頼めば?」
「生きた人間の運搬は専門外だとさ。聞いた話だが、二重底の木箱を使って、せこく稼いでるらしい」
「地図かぁ……そう言えば、フィデーリスの地図ってあるの?」
「それなら、ほら、帰りに買ってきた」
彩芽とルカラはストラディゴスの用意の良さに拍手を送る。
そう言ってストラディゴスがテーブルの上に広げたのは、近くに見える、城壁よりも高い丘の上からフィデーリス全体を俯瞰して画家が描いたであろう、観光案内図みたいな斜め見降ろし式の町の全体図であった。
彩芽は、真上からの測量図を、期待せずに希望していたので、想像通りの物が飛び出して「やっぱり」と思う。
でも、別に悪くは捉えておらず、地図には興味をそそられた。
「ここがフィデーリス城で、ここがブルローネ。ここがフィラフット市場で……」
絵にして、町の全体を見てみるとフィデーリスの巨大さが際立って見えた。
彩芽とストラディゴスが行った事があるのは町の極一部と言う事が良く分かる。
しかし、この地図では、地下通路までは当然分かる筈も無かった。
「地下通路の地図かぁ」
* * *
カチカチカチ……
地図を眺めながら、ああでも無いこうでも無いと話し合った三人は、気分転換にブルローネ以外の公衆浴場へと出かけ、そこで布一枚だけを身に纏って、話し合いを続けていた。
場所は、ルカラおススメの、いつ行っても人がいないのに潰れない公衆浴場である。
腰布一枚でブルローネよりも熱めの湯船に浸かるストラディゴスは、人がいないので気持ちよさそうに身体を伸ばしている。
彩芽は、ルカラと身体を洗いっこしながらも、割と真面目に考えていた。
第一に、フィデーリスは、地図で見るまでも無い程に単純に広く、城壁の内側から闇雲に地下通路への出入口を探すのは効率が悪すぎ、と言って川側から生きている出入口を探すにしても、人目に付かずに出入りが可能である事が条件であるので、一筋縄ではいかないだろう。
マンホールの様に降りられる竪穴は見当たらないので、あるとすればどこかに階段がある筈だ。
第二に、地下通路のマッピング方法である。
所々、空が見える吹き抜けがあるとは言え、基本、ほとんどの個所は真っ暗で、複雑に枝分かれをしている地下通路である。
正確な距離が分からなければ、マッピングにズレが出る。
それは、地下で迷った時が怖い。
つまりマッピング中にこそ危険であり、同じ所をグルグル回っているのに気づかないなんて事になりかねない。
彩芽は、ゲームの様に自動マッピング機能が欲しいと心底思った。
硬派なダンジョン探索系のゲームで、何度マッピングをしくじって悔しい思いをした事か。
恐らく、何も考えずに紙とペンを持って突撃すれば、ルカラの隠れ家で見た骨の仲間入りをする可能性が濃厚である。
他にも、天井の崩落の危険もあり、崩落してしまっている行き止まりも多数あるだろう、
そうなると、大雑把で構わないので、進む方向の指針が欲しい。
出口を示すコンパスでもあればと思うが、そんな魔法の道具があれば苦労はない。
川岸で排水路を見つけた時は、楽勝だと思ったが、実際に計画を進めようとすると、一個一個が思いのほか面倒な上に、しっかりと危険でもあった。
と言って、他に良い案が今はある訳でもない。
彩芽はルカラと共に湯船に入ると、ルカラを抱きかかえ、考え事をしながらルカラの二の腕をプニプニと手で遊ぶ。
人肌が心地良い。
湯船から流れ出る湯を見て、思う。
この水みたいになれれば、何も考えなくても外まで運ばれるのに、と。
水を吸い込む排水口の蓋を見る。
「ねぇ」
ストラディゴスとルカラは、どちらが呼ばれたのか分からず、二人とも彩芽の方を見た。
「排水口に大事な物を流しちゃったらさ、どうやって拾うの?」
出入口を見つけた。
それも大量に。
フィデーリス中にある公衆浴場、その全てに掃除用の地下通路へと続く階段があった。
不人気な公衆浴場は、どうやら源泉に一番近いらしく、もっとも水路の川上に位置しているらしい事も推測できた。
これが分かっただけでも、城壁内の探索範囲が大幅に絞り込めた。
だが、どこも地下通路に続く道の途中で、必ず格子が邪魔をしている事も分かった。
それに、大量の出入口のどれが、人が川まで歩いて出られるのかは、まだ依然として分からなかった。
それでも、これは大きな前進であった。
* * *
翌日。
「お前、こんな良い部屋に泊まってたのか」
ブルローネの部屋を訪ねて来たエドワルドは、初めて入った高級娼館の部屋を物珍しそうに眺めている。
「呼び出したからには、話がまとまったのか?」
と、ルカラがまだ本当にストラディゴスと共にいる事に少し驚いて見せながらも、興味は地下通路に向かっていた。
「話す前に、確認したい。地図を渡せば、何でも手伝うんだな?」
「こっちも確認したい。本当に地下に人がちゃんと通れる道があるんだな?」
「悪いが保証は出来ない。ただ、無いとこっちも困る」
「なんだよそれ。それよりも、地図は手に入ったのか?」
「これから作る。その件で呼んだんだ」
「作る? 当てはあるのか?」
「これを見てくれ」
ストラディゴスはエドワルドに、地図作成計画を話し始めた。
テーブルに広げられたフィデーリスの地図には、羽ペンで縦横のグリッドが追加で書かれ、行と列に管理用のナンバーがふられていた。
ここでは説明をシンプルにするために、異世界の文字をアルファベットに置き換えて説明する。
まず、地上から地下水路が見える各吹き抜けに、グリッド「1-A」や「9-H」と言ったナンバーが描かれた札を、予め落としておく。
落とすのは水路ではなく、通路にである。
更に、各公衆浴場から、ナンバーの書かれた札を水路へと流す。
吹き抜けの札は、マッピング担当者の現在地確認用で、公衆浴場から流される札は、どの公衆浴場からどの地下通路へと繋がっているかの目安になる物だ。
川岸には、町を囲む城壁の下にいくつか排水路があり、そのどれが、どこへと繋がっているのかを知るだけで、進む方向の指針になるのだ。
エドワルド達が川側の格子を取り外してくれさえすれば、すぐにでも実行可能かつ、コストもそこまでかからない。
もし人海戦術が可能なら、川側の出口と吹き抜け、そして公衆浴場に人を配置すれば、マッピング担当者の安全性は増し、マッピング担当者が多ければ、地図作成速度も格段に上がる筈だ。
「この計画は、誰が?」
「誰だっけ?」と彩芽。
三人で話していて、思いついたような……
「ああ、ルカラがトンネルの話してて、ストラディゴスが水路ならって話だっけ」
と、記憶にはあるが、いい加減である。
「まあいい。面白い。ストラディゴス、俺達が道と地図を作ってやる。その地図をお前達が買うって話でどうだ?」
「……いくらだ?」
「六万フォルト」
「ろっ!?」
「って言いたいところだが、これに関しては、そっちの計画だしな。代わりと言っちゃなんだが、一つ頼みを聞いてくれないか?」
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