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「あの、よかったら少し休まれてはどうですか?」

 化粧気のない顔をタオルでごしごし拭いながら彼女は俺の提案を即座に断った。

「いや、大丈夫」

「でも」

 凄い汗だし、なにもこんなにまだ日が高い時間に頑張らなくても。

「さっき冷房の利いた部屋で昼ご飯も食べさせてもらったし、大丈夫だよ」

 拭っても拭っても額に汗が滲むのに彼女は爽やかな笑顔で答える。

「それに雨が降る前に早く修理しなきゃだし」

「あれ? 雨の予報なんて出ていましたっけ」

「いや出てないけど」

 出てないんかい。

「でもいつ夕立が降るか分からないし、早く終わらせることに越したことはないでしょ?」

 まぁ、確かにそりゃそうだけどさ。

「だから大丈夫。目処もついているし」

 それならいいんだけど。あ、

「ちょっと待ってくださいね」

 確か使えるかもと思ってこっちに持って来ていたはず。この時期には最適だし、塩分補給とかの目的じゃなくてただ単に味が好きでこの間大量に作ったんだよな。一応自信作だったりして。

 小皿に乗せたハチミツ塩レモンを持って彼女のもとへ急ぐ。

「これだけでも食べて行ってください」

「レモン?」

「ハチミツと塩で漬けたレモンです。塩分補給に最適なのでこれだけでも」

 熱中症には水分だけじゃなくて塩分の補給も大切だ。だから子供に持たせる麦茶にも塩を溶かしたりして持たせたりするよね。俺にはしてあげるような子はいないけど。

「わぁ、おいし。もっと酸っぱいかと思ったけど美味しいねコレ!」

「お口に合って良かったです」

「いや、本当に美味しいや。これなら子供も食べそう、どうやって作るの?」

 なんとなく子供はいるかなって思ったけどやっぱりか。明らかに俺より年下だろうけど。

「へぇ、簡単なんだね。今度作ってみるよ」

「えぇ、ぜひ。水に溶かして飲んでも美味しいので」

 小皿に盛ったレモンをペロリと食べて彼女は「ありがと!」と片手を挙げてまたスルスルと屋根へ上がって行った。

 仕事だからと切り捨てればそれだけかもしれない、けれど凄いなぁと感心する。俺だったらすぐにへこたれそうだもん。母は強し、とはまったくだ。

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