第8話 寝室

「ふ~っ、食べた」

 お腹が風船みたいに膨れるまで食べた二人は、眠くなってきた。

「あなたたち、もう寝なさい」

 そンな二人を見たホームレスのお母さんの鶴の一声で、二人はピーンと立ち上がった。

「おねえちゃんたちはこの部屋を使うといい」

「わあっ、すごい」

 ホームレスのおじさんに案内された部屋の真ん中には、巨大な天蓋付きのベッドが堂々と鎮座していた。

「わたし天涯付きのベッドで寝るのが夢だったの」

 幸子は目をキラキラさせて言った。

「早速叶ったのね」

「うん」

 幸子はふわふわのベッドに思いっきり飛び込んだ。 

 ボヨ~ン

 幸子の小さな体はボヨ~ンと宙を舞った。

「きゃははっ、すご~い、すご~い」

 ボヨ~ン、ボヨ~ンと幸子の体は様々な方向に宙返りしながら、ベッドの上を舞い続ける。

「私も」

 夏菜も、一度後ろに下がり、そこから加速して思いっきり飛び込んだ。

「やあっ」

 ボヨ~ン

 夏菜の体も幸子の隣りでボヨ~ンと宙を舞った。

「きゃはははっ」

 二人は、トランポリンみたいに、宙をクルクル何度も舞った。

「どうしてこんないい生活ができるの?」

 宙を舞いながら幸子がホームレスのおじさんに訊いた。

「私たちは何も持っていません。だからたくさんのものが持てるのです」

 そう言って、ホームレスのおじさんは部屋を出て行った。


 遊び疲れて二人がベッドに横になった時だった。

「もしかしてあなた幽霊じゃないの」

 夏菜が突然部屋の片隅の妙な暗闇に声を掛けた。確かに何か、もじもじしている暗い影のようなものが見える。

「幽霊!」

 幸子は幽霊と聞くや否や、毛布を頭から被り、夏菜の後ろに隠れた。

 部屋の片隅のその妙な暗闇から、テルテル坊主を透明にしたような幽霊がおずおずと出てきた。

「あなた全然怖くないわ」

 夏菜が幽霊を一目見て言った。

「すみません」

 幽霊は、透明な体をさらに消え入りそうにして縮こませた。

「まったく、がっかりだわ」

「ほんと、すみません」

 どんよりとした幽霊はさらにどんよりと暗くなった。

「あなたは良い幽霊なのね」

 その時、幸子がかぶっていた毛布を跳ね上げ叫んだ。

「はい、私は良い幽霊です」

 幽霊はそこでパッと明るくなった。

「わたし、良い幽霊だったら好きよ」

「ありがとうございます」

 幽霊はさらにパッと明るくなった。

「でも・・」

「でも?」

「でも、良い幽霊は人気がないのです。ですから、仲間の幽霊やらお化けやらにはバカにされどうしです」

 幽霊は再び消え入りそうに暗くなった。 

「幽霊もいろいろ大変なのね」

「はい」

「でも、わたしは好きよ。良い幽霊。だって怖くないもん」

 幸子はニコニコと幽霊を見つめた。幽霊はそんな風に幸子に見つめられ、その透明な顔をポッと赤らめた。

「入ってきていいのよ」

 夏菜が突然、少し開いた部屋のドアの隙間に向かって怒鳴った。

「わぁああ」

 その瞬間、入り口の隙間から部屋の中を覗いていたホームレスの子供たちが、笑顔満面にすごい勢いでわらわらとドアを開け入ってきた。

「一緒に寝ましょ」

 夏菜が笑顔で言った。

「やったぁ」

 子供たちは、歓声を上げると次々とベッドへ上がってきた。でも、全部の子供たちがベッドに上がってもまだ巨大なベッドには余裕があった。

「あなたも来たら」

 夏菜が幽霊に向かって言った。

「はい」

 幽霊は、うれしさ満面に宙に舞い上がると、子供たちの上に広がるようにふわりと舞い降りた。幽霊が子供たちの上に舞い降りると、何とも言えないひんやりとした空気が通り抜け、たまらなく気持ち良かった。

 そんな心地良い空気を感じながら、夏菜と幸子とホームレスの子供たちは、広いベッドの真ん中にひしめき合うようにお互いを枕にして寝いった。


 次の日はまた真っ青に晴れ渡った。

「行くわ」

 夏菜が言った。

「お気をつけて」

 屋敷の前にはホームレスの人たち全員が勢ぞろいして、お見送りしてくれていた。

 スバル55は、水たまりの残る真っ青に晴れ渡った雨上がりの空の下、再び走り出した。

「バイバ~イ」

 幸子がスバル55の窓から上半を身乗り出して思いっきり手を振った。

 ホームレスの人たちも、スバル55が見えなくなるまでみんなで精いっぱい手を振り続けた。

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