第6話 古いお屋敷

「雨が降って来たわ」

 夏菜が言うと同時に、雨粒がスバル55のフロントガラスに一つまた一つと当たって、ポッ、ポッ、と小さな音を立てた。

「日も落ちてきた」

 幸子が不安そうに言った。

「なんだか嫌な気配ね」

 夏菜が厚く曇った暗い空を見上げると、すぐに雨は豪雨へと変わっていった。

 スバル55は激しい雨に負けないよう、その小さなワイパーを右に左に力いっぱい懸命に動かした。

 ピカッ

「きゃっ」

「雷ね」

「わたし、雷恐い」

 幸子はそう叫びながら、頭を抱えてダッシュボードの下に転がり込むように潜り込んだ。

 ピカッ、ゴロゴロッ、ドスーン

 スバル55は、いつしか人気のない山道を走っていた。雷はそんなスバル55を脅かすように、意地悪くその頭上で思いっきりピカピカゴロゴロ鳴り響かせた。

「きゃー、きゃー」

 幸子がダッシュボードの下で叫び回る。

「雷よりうるさいわ」

 夏菜が呆れて呟く。

 でも、スバル55は、どんなに雷が鳴ろうが光ろうが、それに負けずに険しい山道を勇気を奮い起こして懸命に走っていく。


 ピカッ

「きゃー」

 今までにない大きな稲光が辺りに走った。 

 その時だった。その強烈な稲妻の光と共にスバル55の目の前に、古い大きな屋敷が浮かび上がった。

「空き家みたいね」

 夏菜が呟くと、幸子が顔を上げた。何とも不気味な、半分朽ちたような古い洋館が不気味に立っていた。外壁はボロボロでツタが這い上り、屋根にはところどころ穴が開いて、窓ガラスも何枚も割れていた。もちろん、明かりも何もない。

「決めたわ」

「何を?」

「ここに泊まる」

「でも、なんだか幽霊が出そうだわ」

 幸子は不安そうに屋敷を見つめる。

「何言っているの。幽霊が出るからいいんじゃない」

「わたし、幽霊はもっと怖い」

 幸子が悲痛な叫びを上げた。


 軋む大きな観音扉を開けると、大きな吹き抜けの広間が広がり、その中央に巨大な左へゆったりとカーブした階段が鎮座していた。

 屋敷の中は薄暗く、静まり返っている。人が住んでいる気配は全くなかった。

「おねえちゃん、やっぱりやめよう」

「しっ」

 コッ、コッ、

 屋敷の二階の奥から、何か音が聞こえた。

「何か音がするわ」

 幸子が夏菜を見上げた。夏菜は動じることなく、腕を組んでその場に立ち続けている。

 コッ、コッ、

「音がする。音がする」 

 幸子は懸命に夏菜の袖を引っ張る。

 コッ、コッ、

 その音は徐々に階段の方に近づいて来た。

 コッ、コッ、

 音は止まることなく、薄暗い階段をゆっくりと降りて来た。

 コッ、コッ、

「来る。来る。こっちに来る」

 幸子は泣きださんばかりに叫んだ。

 コッ、コッ、

 音が階段の中央辺りまで来た時だった。

 ピカッ

 階段の踊り場にある大きな窓から稲妻の閃光が走った。その光を背景に階段の中央に人影が浮かび上がった。

「わあっ、出たわ。出たわ」

 幸子は大騒ぎに騒いで、怯えに怯えて、夏菜の後ろに飛び込むように小さくなって隠れた。でも、好奇心も勝って、目だけは横から覗いていた。


 

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