第25話 私の仲間、私の決断

「ぐわああああああっ!!」


 一歩ずつこちらへ迫るウザールに身動きが取れない俺とその前に立ち塞がるディアに緊張が走っていた。

 そんな状況で突如男の叫び声が鳴り響く。それと同時に一人の男がこちらに投げ飛ばされ倒れ込んだ。

 キザっぽい髪型に見覚えのあるマント、投げ飛ばされた男はムラサメだった。


「ム、ムラサメ!? なぜここに?」


 ムラサメはひどく傷ついているようで、顔のあらゆる箇所にすり傷があったり、その自慢のマントもボロボロにされている。


「ぐっ……、屋敷の中から使用人たちが集団で移動しているところを見かけてね。様子がおかしいと思って後を追って来ていたのさ。でも、見つかってしまいこの有り様だよ。まずい、あいつらが来る……!」


 ムラサメの視線の先にはウザールのように何やら様子のおかしい使用人たちが大勢こちらへ向かってきている姿があった。

 ムラサメも屋敷の関係者、使用人たちが彼を狙う理由はどこにもないはずだが……。もしかして、


「やっぱりウザールたちも邪気によって操られているんじゃ……」

「邪気? シン、なんだそれは?」

「俺たちがアンリクワイテッドに行く道中、馬車の運転手が突然人が変わったように俺たちを襲ってきただろ? あれはおそらく何者かが彼に邪気を植え付けて操っていたはずだ」


 そういえばまだ『邪気』については皆に話していなかったな。

 一応あの時英雄も気付いていたようだからレティは知っているけれど、他の仲間たちにまだ伝えていなかったことを忘れていた。

 

「国王宮殿で聞いた死んだように倒れたというネクトの三人も同じように操られていたところに俺は出くわしている。アンリクワイテッドの反乱を起こしたという兵士たちもそれと同じなのだろう」

「ということはウザールたちは正気ではなく、何者かによって操り人形にさせられているということか」

「ああ、そのはずだ」


 ムラサメが乱入したことでウザールの動きが一時的に止まったが、特に問題ないと踏んだのか再びこちらに迫り始める。

 ディアは腰に下げた二本の剣のうち一つの柄に手をかけているが、それを抜く様子はない。

 相手が屋敷の使用人ではあるが、今のディアには戦う意思がないようにも見える。


「……っ」


 俺はディアの後ろに貼り付けにされているので彼女の細かな表情までは確認できない。が、俺にはディアは何かを迷っているように見えてしまっていた。

 これまで何度か見た冷静でありながらも獲物を狩るように牙を向く彼女の姿がそこには感じられない。

 そんな間にもウザールは一歩、また一歩とディアへと近づいていく。


「どうしたんだディア。戦うのか逃げるのかハッキリするんだ!」

「わかっている! わかっているんだが……っ」


 なんだ。一体どうしたんだよ……。

 そんな俺の疑問を晴らすかのように傷つき倒れ込んでいるムラサメが口を開く。


「ダメだ……ディアちゃん、手を出しては……!」

「くっ……」

「どういうことだよムラサメ」


 ムラサメはあろうことかこの状況でディアに「手を出すな」と言い放ったのだ。

 思えばムラサメもかなりの実力者のはず。いくら数が数とはいえ、まるで一方的にやられたかのようにボロボロになることは想像できない。

 

「僕たちはフローラ家に仕える身……。例え相手が使用人であろうとフローラ家に直接関係する者には決して手を下してはいけないという鉄の掟があるんだ。ディアちゃん、この状況とはいえその掟を破ることはフローラ家に反逆したと見なされてしまう……っ!」

「ああ、わかってるぞムラサメ……だが……!」


 そうか、確かディアとムラサメは自分たちをフローラ家に仕える一族だと言っていた。

 今ムラサメが言った掟というのが本当ならば例え相手が操られていようとディアは屋敷の人間に手を出すことができない。

 ムラサメが無抵抗でやられた様子なのもこの掟のせいか。馬車の運転手は直接的に屋敷の人間ではなかったので手を出すことができたが、今回は違う。

 でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。既にムラサメがやられたのであろう使用人たちの集団がこちらに到着してしまっている。

 あっという間に俺たちは操られた使用人たちに囲まれてしまった。


「ディア! このままじゃ全員やられるぞ!」


 前方から歯軋りをする音が聞こえる。

 ディアが発している音なのだろうか、その音からは己に定められた掟によって縛られ葛藤する彼女の感情がひしひしと伝わってくるようだ。

 とはいえ俺の肢体と腰は凝固した粘液によって式場の壁に固定されてしまっているため、右手で『ゼウスの神眼』を発動し、英雄を呼び出すこともできない。

 俺は身動きが取れず、ムラサメは傷つき、残されたディアも一族の掟によってその場にただ立ち尽くすしかなくなっている。

 

「ディア!!」


 残された手はディアが剣を取ること。

 だがそれは一族の掟に反することとなり、この場を乗り越えたとしてもその先に彼女にはどんな未来が待っているのかはわからない。

 それでも俺は彼女になんとかしてくれと懇願する。残酷なことをしているのは自分でもわかっているつもりだ。

 しかし、ここで俺たち全員がやられてしまったらそれこそ元も子もない。

 今の俺は英雄の体だ。俺が死ねば英雄も死んだことになってしまうだろう。

 そんなの……一番残酷じゃないか。


「っ……」


 俺の呼びかけによりディアは柄を握る力を強くする。

 しかし、彼女はそこから先へと前に進めない。

 フローラ家に仕える自分と俺たちの仲間である自分で板挟みになってしまっており、どちらを取るのか、どちらが自分にとって正しい選択なのか判断し兼ねているのだ。

 俺はただ、彼女の決断を待つしかできない。

 仲間が道を選択する姿を、ただ後ろで見守ることしか。



   ◇   ◇   ◇



 ああ、ダメだなぁ……私は。

 シンは今身動きが取れず、ムラサメも私と同じ掟によって助けは期待できない。

 このまま私が何もしなければ三人ともウザールたちにやられてしまうことだろう。


 私やシンがいなくなればサラお嬢様もさぞお悲しみになられるはず。

 お嬢様だけではない、レティやリープ、ルーナたちだって深い悲しみに沈んでしまうことになる。

 そうだとわかっているのに、シンを失うことはこの世界にとっても大きな損失だと頭では理解しているのに、私は一族の掟に縛られ自らの意によって動くことができないでいた。


 腰に下げた剣の柄を持つ手が震えている。

 今すぐにでも剣を抜きたい自分とそれを制する自分が戦っているのだ。それが葛藤となって私を苦しめる。

 

 私は怖い。自らの選択によって一族の掟に逆らうことが。

 ”シンの仲間の私”としてなら何の問題もない。だが、”グラディオス家の私”としてこの判断は大きな責任が付きまとうことになる。

 どんな状況であっても屋敷の使用人に手を出したとなればそれは掟を破ったことと等しい。

 もし、そうなった場合私にどんな制裁が下るかは予想もできず、最悪追い出される可能性も充分に考えられるだろう。

 臨機応変に対応できない柔軟とは程遠い掟ではあるが、代々私の一族はこれを守り続けてきたのだ。


 それを今、私は破ろうとしている。

 この判断を下せば”グラディオス家の私”は死んで消えてしまうことだろう。

 対する”シンの仲間の私”は生き続けるが、これから先どうなってしまうかはわからない。もうサラお嬢様とも一緒にいることができなくなってしまうかもしれない。

 怖い、行動を起こすことによって訪れる私の未来が。

 私はどうすれば……。



『サラを守りたい、サラの気持ちを尊重したい、そう思ったから俺はディアの前に立ち塞がった』


 あっ……。


『ディアは自分の気持ちを押し殺していた。ということは自分でも無意識のうちにどこかで迷いを生じさせていたんだと思う』


 そんな時だった。

 私の脳裏には先ほどシンから受け取った言葉の数々が浮かんでいた。

 

『一緒に旅もしたんだし、ディアもなんとなく意味がわかるんじゃないか』


 シンに出会うまでの私はフローラ家に仕え、その命に従いお嬢様をお守りすることだけを考えていた。

 私情は一切挟まず、与えられた使命を果たすためだけに生きていた。


 だが、それはシンと出会うまでの私。

 後に英雄となる彼と出会った私は、彼らの旅にお嬢様の護衛という形で行動を共にすることになり、少しずつだが自分が変わっていくのを感じていた。

 どんな不利な状況でも仲間のためなら立ち上がる、どんなことを投げ捨ててでも決して仲間は見捨てない。そんな彼の信念は自然と私の心に伝染していったのだ。

 真に大切なものとは何か。ここに至るまで彼に迷いは一切無かった。

 自らの過去を踏まえ、彼は人との繋がりを何よりも大切にする心を持っている。

 例え自らが傷付こうとも、どんな辛いことがあろうとも仲間のことを思ってそれを第一に行動していた。

 そんな彼の姿に、私は影響されたんだ。

 いつしかシンは私の目指すべき憧れの存在になっていった。


『ディアはずっとサラを守りたいって思いながら戦ってきたんだろ。なら大丈夫さ。何かを守りたい、自分はこうしたいと強く思えば必然と相応の力が発揮できると思うぜ』


 それは少し違うなシン。

 私はお嬢様を守りたいと思って戦ってきたのではない。いや、お前と出会うまではそうだったが今は違う。

 私は仲間全員を守りたいと思いながら戦ってきたのだ。

 お嬢様も、レティも、リープも、ルーナも、ソーラも、リシュも、そしてシンも。

 

『強くなれるかどうかは結局自分の気持ち次第ってことだな』


 そう……だな。

 お前たちは私が初めて一緒にいたいと心から思えるかけがえのない仲間たちだ。

 仲間を得たことで私は一歩前へ進めたような気がするよ。


「ディアーーーーッ!!」


 シンが私を呼ぶ声が聞こえる。

 使用人たちは私を拘束しようと両サイドから腕を掴み、ムラサメも後ろで腕を組まされ抵抗できないようにされている。

 ウザールを含めた残りの使用人たちは一斉にシンの方へと向かい、全員で彼を仕留めようとしていた。


 ――決めた。

 最初から心の奥底では答えは決まっていたのかもしれない。迷うことなんてなかったはずだ。

 この先私がどうなろうとそんなことはどうでもいい。

 目の前で仲間に危機が迫り、私に助けを求めて声を上げている。

 そんな状況を”仲間である私”がただで見過ごすわけにはいかないだろうッ!!


 私を拘束していた男たちの腕を振りほどき、すぐに振り向いてシンの元へと向かう。

 腰に下げた鞘から剣を抜き、使用人たちのもとへと突っ込む。


「ダメだ……、ディアちゃん! 掟に反しては!」


 ムラサメの私を制止させようとする声が聞こえる。

 だが、今の私にその言葉は何の意味も持たない。私を止めることなどできない。

 なぜなら今の私は”シンの仲間のディア”だから。一族の掟などもはや何も関係ない。

 例えこの状況を乗り越えたとしても私は屋敷を追い出されるかもしれない、もうグラディオスの名を名乗ることすらできないかもしれない。

 それでも私は守る。何を投げ捨てようとも目の前にいる仲間を助ける。

 

 もう、自分の気持ちを押し殺して迷う私などいないんだ。


「うおおおおおお!!!!」


 流石に操られている罪のない人間に刃を向けることはできないため、急所に柄頭や鍔を当て使用人たちを気絶させていく。

 急襲に使用人たちは動揺しているのか反撃を試みるも動きが粗い。

 その隙を逃さず、飛んでくる狙いの定まっていない粘液を避けつつ、一人、また一人と気絶させる。


「ディア、お前……いいのか……?」


 そして私は難無くシンの元へと到達した。

 幸いにもまだ攻撃は受けていないようで無事のようだ。良かった。

 私が掟を破ったしまったせいか、シンの目は心配そうに私を見つめている。


「ああ、いいんだ。それ以前に私はお前の仲間だ。仲間がピンチな時こそ私情など狭まず、助けに行くべきだろう?」

「……良かったんだな? それで」

「お前が教えてくれたことだからな」


 シンと目を合わせたことでこの道を選択したことへの後悔は完全に消え去った。

 これが仲間の絆とでも言うのだろうか。

 仲間のためなら今の私は何でもできてしまう気さえしている。


 私の動きが止まったからか、残った使用人たちは一斉に手の魔法陣から魔法結晶を繰り出し、こちらへ攻撃を仕掛けてくる。

 私はすぐにそちらへ振り向き、もう一本の剣も鞘から抜いて二刀流の構えで敵陣へと突っ込んだ。

 

「『疾風乱斬』!!」


 その攻撃は馬車の一件で既に見切っている。

 シンに流れ弾が当たらないよう、全ての魔法結晶を高速の斬撃によって撃ち落とし、瞬時に近づいて使用人たちを気絶させ無力化させた。

 

「これで、最後っ!」

「うぐっ……」


 最後に残ったウザールの頭に柄頭を当て、気絶させる。

 これでこの場にいた使用人は全員倒した。

 

「ディアちゃん……本当に良かったのかい」


 拘束を解かれたムラサメは今もなお私に掟を破ってしまったことへの後悔を問う。

 目撃してしまった以上、立場的にそのことをムラサメは上に報告しなければならない。

 その後、私にどんな処分が下されるのかはハーレー様次第、と言ったところだろうか。


 でも、いいんだ。

 私はシンたちの仲間だ。この後何があろうとそれは変わらない。

 自分で選んだ未来は甘んじて受け入れよう。

 

「でもディアちゃん……」


「おいディアっ!! 逆だ逆! 避けろっ!!」


 突如シンの叫び声が聞こえる。

 それと同時に何やら空を切る音が私に迫ってきた。


「ん? ……ッ!?」


 馬鹿な、既に使用人は全員気絶させたはず。

 なのにシンが貼り付けられている粘液と同じものが私の足元に飛んできたのだ。 不意を突かれた私は避けることができず、両足を固定されてしまう。


「な、なぜっ……!? 使用人たちは全員無力化させたは……えっ」


 そう、操られた使用人はそれで全員ではなかったのだ。

 まだ残っていた新たな使用人たちが操られ、時間差でこちらにやって来ていた。

 完全に油断しきっていた私はその気配に気づくことができず、自由を奪われてしまう。


「があぁぁぁぁぁ……!」


 使用人たちは不気味な呻き声と共に手を前に掲げ、魔法陣を展開。そこから魔法結晶を生成していく。

 幸いにも腕はまだ使えるが、足が動かないので剣を振る際全くバランスが取れない。一斉に撃たれたら全てを撃ち落とすことは不可能だろう。


「ディアーー!!」

「ぐっ……ぐうっ……!」

「ディアちゃん!!」


 私の抵抗虚しく、足が言うことを聞かないまま使用人たちの魔法結晶は発射されてしまった。

 何本かなら撃ち落とすことはできるかもしれないが、このまま撃ち続けられたら間違いなく私はやられる。

 万事、休す……!?

 

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