第24話 3・お嬢様の護衛 ディア
俺の背後に音も気配も無く現れたのはサラを護衛する者であり、俺たちの仲間でもあるディアだった。
彼女は気配を殺しながら行動できるという力を持っている。俺が実際に体験するのはこれが二度目。この世界に来た初日にも全く気配を感じないまま隣に座っていたということがあった。
サラもこの能力を使うのはやめてくれと言っていたが、なんだかその気持ちが理解できたような気がする。
「ああ、すまん。驚かせてしまったか」
「あ~ビックリした……。心臓止まるかと思ったぞ」
「も、申し訳ない。警備でたまたまここを回っていたところを見かけたのでつい……」
俺は突然の出来事に先ほど拾った名簿が載った紙の切れ端をズボンのポケットにしまい込んでしまう。
思えば仲間の名前なんて知っているだろうし、隠すことはないのかもしれないが隠れて探索をしていた手前反射的にそうしてしまった。
とはいえ、外から見たら「シン」本人な俺が「なんで名前一緒なの?」って聞くのもおかしいわけで。ここは黙っておくのがいいだろう。
「それで、こんなところで何をしていたんだシン。他に誰もいないようだが」
「ああ、えーと……認定式の時式場を派手に壊してしまったけどあれからどうなったかな……なんて」
我ながら苦しい言い分だと思う。でも「シン」について調べていたと本人の姿である俺が言ってしまうとおかしいのもまた事実。
中身が入れ替わっていることを隠しているせいか俺に直接質問して聞き出すという選択肢がなく、こうしてこっそり情報を掻き集めるか、話の内容を分析して自分なりに理解するしかなかった。
それでも俺はこれを続けなければならない。英雄の名誉と地位を守るために。
「別にシンが責任を感じなくてもよいのだぞ? あれは他の皆……いや、大体ソーラとリシュが過剰に破壊したせいだからな。それもほとんどはドラゴンによるものなのだし」
「まあパーティを率いる者として一応ね……。でも、あれだけ派手にぶっ壊しておいて瓦礫とかは綺麗に片付いているんだな」
「ああ、ちょっとだけ大変だったがな。瓦礫などは大慌てで屋敷の皆と排除しておいたよ。サラお嬢様もハーレー様が式場を破壊されてご立腹だったと愚痴を零しておられた」
そりゃあの時サラ自身も怒ってたし、屋敷の主であるサラの父親は激怒するわな……。
あの自由人たちには苦労させられていそうだ。ああ、勿論それにサラも含まれるよ。
「なあ、シン」
ディアは近くにあった丁度椅子のようにして座れる大きな石に腰を下ろし、こちらへと振り向いた。
その背後には今にも沈みかけている夕日が丁度かかっており、その濃い朱色の光は彼女に後光がさしているように見えさせる。
既に空が暗くなりかけているのもあり、夕日の光によって美しく照らされたディアの姿は俺の心を虜にしてしまうことなど容易かった。
「ちょっと話さないか。二人きりなんて久しぶりだろう」
「あ、ああ……」
ディアがぽんぽんっと石の残りのスペースを手で叩き、俺に座れと意思表示をしている。
この雰囲気は落ち着いた性格のディアだからこそ成せたものだろう。サラやレティ、ましてやソーラが再現することが不可能なのは俺にでもわかる。
それに魅了された俺は吸い込まれるようにディアの右隣に座った。
横から見たサラの顔は夕日のせいか少し赤くなっているようにも見えた。
その絵画の世界から飛び出してきたような彼女の雰囲気は俺の心臓の鼓動を早くさせる。
「思えばこうやってシンと並んで座る時が来るとは最初は思いもしなかったよ。あの頃の私は自分で言うのもなんだが鋭く尖りすぎていた」
「そ、そうだな」
確かサラの昔話にディアが出てきていたな。父親に命令されたディアがお嬢様であるサラを連れ戻しに来た時があったって話だっけ。
それが英雄とディアの出会いだったはず。よし、ここはうまく話を合わせるとしよう。
「私はフローラ家に仕える身、ハーレー様の命令は絶対だ。例えお嬢様が拒否されても私は連れて帰らねばならなかった。それが私の使命だから」
「でもやっぱりサラは拒否したよな。その要求」
「あんなにハーレー様に逆らうお嬢様は初めてで驚いたよ。私とお嬢様は小さい頃からの付き合いだし、私としてもお嬢様の意見は尊重したかった。でも、命令は何よりも優先すべき事項だと私の中に刷り込まれていたからな……。それが例え己の感情だとしても」
ディアの言葉から察するに、昔の彼女は主の命令は絶対で任務中は私情を挟まないように感情を殺していたのだろう。
仮に自分の意思に反するような命令だとしても、それらを全て押し殺してまで果たすことをが彼女の中での正義だったのだ。
その時もそう、心の奥底に自分の気持ちをしまい込み、与えられた任務を果たすことが全てだと自分で自分に思い込ませていたに違いない。
「でも、私はシンにそれを阻まれた。私が力づくでお嬢様を奪い取ろうとしてもシンは決してお嬢様から手を離さずに守り抜いた。あの頃は完全に実力は私の方が上だったのにシンは決して食い下がることなく、最後には私に打ち勝ってしまったよな」
ディアはそう語るとフッと笑い、少し遠くを見つめるとやがて俺の方へ振り向き質問を投げかけた。
長い間理解することのできなかった謎を解き明かしたい、そう目で訴えるように。
「教えてくれシン、なぜあの時私に勝ってお嬢様を守ることができたんだ?」
俺は不思議とその答えを本能的に理解していた。
「シン」本人の体に入っているせいなのか、まるで英雄がどんなことを思って戦い、どんな気持ちでサラを守ったのかが俺の中に流れ込んでくるよう。
今の俺は英雄の気持ちを代弁できる存在。本人でなくても嘘偽りのない答えをディアに伝えられる、そんな気がしてならない。
「それは気持ちだよ」
「気持ち?」
「ああ。サラを守りたい、サラの気持ちを尊重したい、そう思ったから俺はディアの前に立ち塞がった。確かにあの時の俺はディアよりも力では劣っていたかもしれない。でも戦いは単純な力量だけで決まるものじゃないと思う。だから俺は勝てた」
俺の言葉を聞いてきょとんとするディア。
そんな彼女を見て微笑みながら俺は言葉を続けていく。
「勿論、それだけでは埋まらない最低限の力の差という概念はあると思うけど、そこから先は実際にやってみないとわからなかったりするんだよ。これは理屈じゃないんだ、一時の感情が今まで出したことのない力を発揮させたりする。それこそ力の差が逆転してしまうことだってね。だから俺は自分の感情を心の隅に押し込んでしまっていたディアに勝てたんだと思う」
「感情による力、か……。たったそれだけで逆転しまうものなのだな」
「ああ、ディアは自分の気持ちを押し殺していた。ということは自分でも無意識のうちにどこかで迷いを生じさせていたんだと思う。その迷いがディアの持てる力を発揮させなかった足枷になっていたのかもな」
戦いはノリが良い方が勝つ、なんてよく言われているけどいい言葉だと思う。
これは戦闘だけでなく、スポーツに関してもよく言えることだ。流れや応援によって今まで出したことのない力を発揮できてしまうことなんてザラにある出来事だろう。
逆に悩んで迷いながら動くと人間は本来の力を発揮することができなくなる。
人間とは不思議な生き物で、ある目的に真っ直ぐ向かう人間のほうが効果的に潜在能力を引き出していくもの。その起因は喜び、希望、夢、怒り、憎しみと様々だが、ある一点のために行動しているという意味では同じだ。
英雄もサラが素直に帰る意思を示していたらディアと奪い合いなんてことはしなかっただろう。
サラが自分と旅をすることを強く願ったからこそ「シン」は立ち上がり、持っている力以上のものを出せていたはずだ。
「一緒に旅もしたんだし、ディアもなんとなく意味がわかるんじゃないか」
「どうだろうな……。私はあくまでサラお嬢様の護衛としてシンに同行していたつもりだった。それなのに気付けば一緒に魔王倒す仲間にまでなってしまっていたよ。わからないものだ、まったく」
「そうだな、何が起こるのかがわからないのが人生だよな」
他人の体に入って異世界に行ってしまうなんてことも起きてしまうしね。
「うん、なんだかシンの強さの謎が解けた気がする。どうしてお前がここまで成長できたのかも」
「強くなれるかどうかは結局自分の気持ち次第ってことだな」
なんでだろう。頭の中に自然と言葉が出てくる。
今英雄だったら何を伝えるのか、それが俺にはわかる。
取り繕ったその場凌ぎな励ましの言葉ではなく、実体験などに基づいた偽りのない言葉が。
「私も……そう思いながら戦えているだろうか。今までの旅を通じて、シンのように……」
ディアは俺に問う。
するとまた次に述べるべき言葉が頭の中に浮かんでくる。
「ディアはずっとサラを守りたいって思いながら戦ってきたんだろ。なら大丈夫さ。何かを守りたい、自分はこうしたいと強く思えば必然と相応の力が発揮できると思うぜ」
「ふっ、そうか。よし、英雄と呼ばれるほどの男の言葉だ。しっかりと心に刻んでおくとするよ」
「その言い方はやめてくれよ……」
「ふふっ」
俺をおちょくるように悪戯っぽくディアは笑った。
俺は彼女たちの過去を直接見て知っているわけではない。けれど、話を聞いていれば昔はどんな奴だったのかくらいは想像できるし、実際そのイメージと同様だったんだと思う。
おそらくディアは自分の感情を押し殺して偽りの仮面を被りながら無感情で任務を行っていたのだろう。
そして、その本心を覆うように被せられた固く凍った仮面を溶かしたのがシンとサラなのだろう。
なぜなら今のディアはとても彼女の話の中に出てきた人物には見えないのだから。
「あの後はハーレー様の説得も大変だったのだぞ。それでもシンは抵抗し、最終的にはお嬢様のことを守り切ったわけだが」
「ははは、最初にサラを守ると決めた以上そうする以外方法はないからな」
「まったく何をしてでも無理を通そうとする男だ。立場上私はどうすればいいのか悩みに悩んだんだぞ」
「でも、最終的にはいい方向に着地してよかったじゃないか」
「シンはいつもそうやって能天気に済ませるな……」
ディアの表情は憑りついたものが落ちたかのように晴れ晴れとしていた。
きっとこの話を打ち明けたくてもそのタイミングがなかったんだろうな。二人きりは久しぶりとか言ってたし。
それにしてもなぜ俺はあんなにスラスラと言葉が出てきたんだろうか。
人生経験の乏しい俺が偉そうに言葉を並べて良かったのかな。うーん……?
「よし、じゃあそろそろ戻るか。日も暮れちゃったしな」
「そうだな、遅くなるとお嬢様に叱られてしまう」
「あー想像できるわ」
俺とディアは石の上から腰を上げ、一伸びすると屋敷の方へと歩き出した。
既に日は暮れ、夕方の空から夜空へと変わろうとしている。
先ほどまでより風が強くなったのだろうか。ディアと話している時より色々な音が聞こえる。……風かこれ? 何かを掻き分けるような音にも聞こえるが……。
「うぐっ……!?」
「シンッ!?」
気付いた頃にはもう遅かった。
死角から投げられた何かが俺に当たり、そのまま一緒に式場の壁へと貼りつけられてしまう。
両腕と腰、さらには両足と五つの箇所にそれぞれスライムのような固まった粘液が俺の体から自由を奪っている。
なんとか抵抗しようと腕を動かそうとするが、一向に動く気配がない。まるで重りをそのまま貼り付けられたような感覚だ。
「なんだこれ……、体が動かない……!」
「ちぃっ、誰だ!? 姿を現せ!」
ディアの怒号が夜空に鳴り響く。それに驚いた鳥たちは一斉に空へと羽ばたいた。
それを聞いてなのか物陰に隠れていた人物が俺たちの前に姿を見せる。
服装はタキシード、白髪で眼鏡をかけている老人だ。というかこれは……、
「ウザール……!?」
「なぜあなたが……」
陰から現れたのは屋敷の使用人であるウザールだった。
先ほど廊下ですれ違った時には微塵も感じられなかった狂気混じりの殺気をウザールはその身に宿している。
ディアが俺を庇うように前に出るも、ウザールの視線の先は揺るがず俺一点のみを見つめ続けているようだ。
ディアはゆらりゆらりと不気味に迫るウザールを制止しようとするが、彼は足を止める気配はない。
「や、やめるんだ! 冷静になってくれ!」
しかし、ウザールはディアの言葉に耳を貸すことなく、徐々に距離を詰めていく。
この短時間で別人のように豹変してしまったウザール。一体、彼に何が起こったというのだろうか。
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