第20話 英雄パーティ、町を守る
シンの右目にメラメラと燃え盛る炎を模した光が宿り、彼のユニーク・アビリティ『ゼウスの神眼』が発動する。
これにより彼の体に宿る精神は入れ替わり、人格は真に代わって英雄シンとなった。
真の魂はこの能力の精霊ゼウスのいる精神世界へと飛ばされている。
つまり、ここからは選手交代の時間。
本物の英雄がアンリクワイテッドのピンチに駆けつけたのだ。
「……ここはアンリクワイテッドか。まったく、なぜだかわからないが偶に元の体に戻れるようだな」
咄嗟の状況判断能力は彼の経験から成るものなのだろう。
唐突に自らの体へと意識が戻っても、慌てることなくすぐに周囲の状況を確認し、自らが置かれている立場を理解する。
「シン、私たちはどう動けばいい?」
「あれは魔族の群れ、か。本当に生き残りがたくさんいたんだな。よし、俺とサラが下に降りよう。サラは城門の守備に回れ、リープは”アレ”を頼む」
「”アレ”……だね。了解したよ……」
シンは背負っている鞘から剣を抜き、ユニーク・アビリティの力で変形させた。
今度は『ケラウノス』でも『アイギスの盾』でもない。シンの握っていたごく普通の剣は小型ながら重量感のあるハンマーの形をした武器へと姿を変えた。
「ルビィ、ここは任せてもいいんだよな?」
シンは真の時の記憶がないため、同じ内容をもう一度ルビィに問いかけてしまう。
普通ならここで違和感を覚えてもいいのだろう。
だが、ルビィはそれをシンが私に念を押したと捉えた。ライバルに挑戦状を叩きつけられたかのようにフッと笑い、自身に満ちた表情で彼に言葉を返す。
「愚問よ。だから安心して暴れてきなさい」
「そうか、わかったよ」
その言葉を聞いてシンもルビィと同じようにフッと笑った。
サラたちに比べたらルビィはシンと過ごした時間自体は短いのかもしれない。
しかし、両者の信頼関係は負けずとも劣らないのだ。互いの力量を完全に把握してのやり取りはサラもつい嫉妬してしまうほど。
「ぐぬぬ……」
「何してるんだ、行くぞサラ」
「う、うん。あの娘も……!」
周りに嫌になるほどライバルがいるので恋敵を察知する感覚が研ぎ澄まされているのだろう。サラはルビィに牽制するかのように視線を向けた。
「……ッ!」
「――!」
「――!!」
互いに言葉は使わず、己の目のみで語り合う。
片やこの男の隣は譲らないという意思表示。
片や叩きつけられた挑戦状に真っ向勝負で受けて立とうという女の意地。
シン本人は知る由もない戦いがそこでは繰り広げられていた。
「あー……。サラ、またやってる……」
「自分がメインヒロインだと信じてやまないからとりあえずヒロイン候補に喧嘩を売っていくスタイルだね。何があのお嬢様を掻き立てるんだろう」
「本当に何やってるんだよ……、早く行かないと取り返しのつかないことになるぞ」
世界を救った英雄といえども彼は無意識ハーレムを作り上げた男だ。
今まさに女の戦いが目の前で起こっていようとも彼は全く気づかない。だって鈍感だから。
レティとリープは少々呆れた視線をシンに向け、揃って溜め息を吐いた。
「なんだよ……2人まで……」
「いいよいいよ。シンがずっとそうやっていれば血を見ることにならなくて済むからね」
「お、おう?」
「うん。シン、そろそろ行かないと……能力の時間が……」
リープの言葉で白熱した戦いからサラはハッと目を覚ます。
「とりあえず今は停戦よ」そんなメッセージの込められた視線をルビィに向け、サラは地上へと飛び降りた。
それを見たシンは急いで彼女の後を追う。
レティも急いで階段へと向かい、一階で魔族から城門をバリアで守る兵士たちの加勢へ向かった。
「打ち砕け大地、焼き払え轟雷、唸れ『ミョルニル』ッ!!!!」
シンは着地際に手に持ったそのハンマーを魔族の集団に叩きつけ、凄まじい衝撃と共に魔族たちが四方へと飛び散った。
打ち付けられた瞬間城塞は全体がビリビリと地震が起きたかのように揺れ、城壁の上にいる兵士たちは思わず地に手をつけてしまう。
混乱した魔族たちだったが、すぐに冷静さを取り戻しシンを敵と確認、あらゆる方向から一斉攻撃を仕掛ける。
「後続は任せて『フローラル・ギフト』!」
「ああ、任せた。城門前は俺がやる」
シンは寄せ来る魔族の攻撃を華麗にかわし、『ミョルニル』を振り一体、また一体と流れるような速さで始末していく。
無駄の動きなど一切無く、最速で撃破し続けることができるルートを瞬時に見つけ出し、実行に移しているのだ。
彼にとって魔王に比べたら魔族の一体一体などただのモブ敵でしかない。あっという間に城門前でバリアを突き破ろうとしていた魔族はシン一人に片づけられてしまった。
「『ローズ・バレッジ』!!」
サラの周囲を舞う花びらは綺麗な深紅色をしたバラへと姿を変え、一斉にこちらへ攻め込まんとする後続の魔族たちへと襲い掛かった。
姿はバラだが威力は弾丸顔負けだ。当たれば相当なダメージが見込める。
範囲の広いガトリング砲ともいえるバラの花びらたちは次々と魔族を仕留めていき、劣勢だった状況があっという間にひっくり返ってしまった。
「何してるの! あの二人を援護するのよ!!」
「ハッ!!」
サラの射程圏内にギリギリ入らない魔族たちは城壁の上で迎撃を行う兵士たちが対応している。
指揮しているのは勿論ルビィ。二人の攻撃範囲を把握し、兵士たちを適格に動かしている。
「……で、アンタは何やっているの?」
そんなルビィは兵士たちに勇ましい号令をしたかと思えば、自分の隣で何やら怪しい動きをしているリープへと声をかけた。
リープは四つん這いになって城塞に魔法陣を二つほど描いている。指先に紫色の炎を発生させており、その特殊な炎で焼き印を付けているようなのだ。
「ちょっと、ラクガキしないでくれる?」
「これ、ラクガキじゃ……ないよ?」
「え、だったら何を」
「”アレ”……だよ。”アレ”」
「アレ?」
ルビィはリープの言っていることがイマイチよくわからず、少し思考しては諦めて兵士たちの指揮に戻った。
その後、魔法陣を作り終えたリープは何やらぶつぶつと呪文のような言葉を並べていく。
何をしているのかさっぱりわからないルビィはそれが気になってしょうがなかったが、結局リープからその目的を聞き出すことはできなかった。
「下がれサラ、これで一気に決める!!」
「オッケー、頼んだよシン」
シンが城門の前にいた魔族を殲滅し、サラがある程度魔族の進行を押し留めると、『ミョルニル』を持ったシンが高く飛び上がりサラの前へと出た。
彼はそのまま『ミョルニル』を天へと掲げると、どこから発生したのか夜空を突き刺す雷を宿す。
時は夜。城塞内は明かりによってそれなりに明るく照らされているが、『ミョルニル』が纏う雷の輝きはその全ての明かりを凌駕するほど強烈。思わず兵士たちは腕を前にして目を庇った。
「轟け雷光、穿て閃光、殲滅せよ『ミョルニル』!」
シンは新たに迫り来る魔族の群れ目がけて雷を纏う『ミョルニル』を投げつけた。
一直線に突き進むそれはまるで一筋の閃光のよう。
城塞の明かりがあるとはいえ夜の薄暗い道を雷纏う神器は明るく照らしつけた。
そう、魔族たちの断末魔と共に。
「戻ってこい『ミョルニル』」
ドミノ倒しのように後続の魔族を蹴散らし、その纏われた雷によって消滅させた『ミョルニル』はシンの突き出した腕に自ら戻ってきた。
雷神トールの逸話通り、意思次第でどこからでも使用者の元へと戻るこの神器。
国境門を超えたあたりまで魔族をなぎ倒すと、まるで逆再生のようにシンの手元へと帰ってきた。
「よし、今だリープ」
「了解、……行くよ」
シンの合図に応じたリープは先ほど作成していた魔法陣を輝かせ始めた。
その魔法陣は浮かび上がって地面から独立し、巨大化しながら国境門の方へと向かって行く。
「守護障壁……!」
国境門にピッタリ合わさるような位置で停止した魔法陣はその場で光の障壁を展開、すぐさまそこに続く国境を隔てる壁をも覆っていく。
『ミョルニル』から逃れた魔族たちは国境を越えようとしているが、展開された障壁を打ち破ることができず、壁を叩くようにしては弾かれている。
「……ふぅ、これで大丈夫」
「何あれ……どうなっているのよ……」
リープのすぐ隣にいたルビィは今起こった出来事を飲み込めていない様子だ。
まさか先ほどリープが作成していた魔法陣のような何かが巨大な障壁となって国境門を覆うとは思いもしなかったのだろう。
「お疲れ様リープ、とりあえずこれで一安心だね」
城門を防ぐ必要が無くなったレティはルビィたちのいる最上階へと戻ってきていた。
力なくその場へ倒れ込もうとするリープを優しく支えている。
「リープ……疲れた、もう寝る……」
「おやすみー、後はこっちでなんとかしておくよ」
レティに抱えられたとわかった途端リープは目を閉じ、すぐに寝息を立てて寝てしまった。
この展開を予測できていたレティは膝枕の態勢に変え、膝に寝かせたリープの頭を優しく撫でている。
「終わったな、ありがとうリープ」
戦いを終えたシンとサラも3人の元へと戻ってきた。
『ミョルニル』は既に元の剣の姿へと戻っており、背負った鞘へと収められている。
「これ、どうなっているの……?」
「リープの障壁賢術。二つの魔法陣から強力な障壁を生み出し、寄せ来るもの全てを跳ね返すバリア魔法の上位互換みたいなものだ。これで当分あの魔族たちはこちらに来ることはできないだろう」
ルビィは信じられないといった表情で障壁に覆われた国境門の方へと視線を向ける。
魔族たちは諦めたのか既にその場からはいなくなっていた。
「なんとかこれでこの城塞を突破されることは免れたな。しかし、なぜ魔族がここに攻めて来たんだ?」
「私が聞きたいわよ……、何がどうなっているのこれは」
「魔族の生き残りがいるとは聞いていたけど、まさかこんなに大量かつ隣国から流れ出すように攻めてくるとはね。バイフケイトに何があったのかしら」
「ああ、まだ魔王との因縁は終わっていないというこ…………っ!」
シンは言葉の途中で動きが止まった。
それを不審に思った三人は揃ってシンの顔を覗きこむ。
「シン……? どうしたの?」
「シンー?」
「……あっ。いや、因縁は終わっていないってことだな」
「う、うん。よくわかんないけど大丈夫そうね」
シンの表情からは先ほどまでの落ち着いた雰囲気が無くなり、少し慌てたような素振りを見せている。
その右目からは『ゼウスの神眼』発動の証ともいえる炎の光は無くなっていた。つまりは、この体の中身はシンではなくなったのだ。
「私たちがアンリクワイテッドに来てて良かったわ、すぐに国王に報告しなきゃ」
「ああ…………」
なんとかバレないように会話を続け、シン……いや、真はボロを出さずに立ち回ることに成功した。
彼女たちに入れ替わったことを気付かれないように、と願いながら。
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