第19話 城門を守れ

 城塞に着くと既にバイフケイトの進撃に対しての迎撃が始まっていた。

 この町にある隣国との直接的な出入り口はこの先にある門ただ一つ。

 その門から続く一本道を囲うように城壁が建設されており、バイフケイト側からアンリクワイテッドに入るにはこの城塞を通るしか方法はない。

 その一本道の先にも最終ラインとなる城門が存在する。

 どうやら、城塞に残っている兵士たちはそこをバリア魔法などを重複させ、敵兵の侵入を防いでいるようだ。


「強弱や精度は関係ない、バリア魔法を使える者はすぐに加勢するんだ! ここは絶対に通してはいけない!」


 城門の内側から複数人がバリア魔法を展開し、どうにか敵兵の侵入を阻止しているのだろう。

 俺たちが城塞に入って早々城門の前で多くの兵士たちが魔法陣を展開している姿が目に入った。


「シン、上の階に向かって私たちも何かできることがないか指揮官に聞いてみよう!」

「レティは城門付近の加勢に向かわなくていいのか? バリア魔法使えるんだろ?」

「まあね。でも、城門をただ守っているわけじゃなくて、中庭のようになっている城門へ続く道の敵兵を城壁の上から迎撃している兵もいると思うんだ。どっちが手薄なのかはわからないし、まずは状況を把握しないと」

「そういうことか。わかった」

「……急ごう」


 俺たちは階段を使って城塞の上の階へと向かう。

 最上階にあたるだろう階へと出ると、そのまま下の状況が見下ろせるようになっていた。

 そこから左右に別れる城壁の上では数々の兵士が魔法や弓矢で城門を突破せんとする敵兵たちを攻撃している。

 

「まだ国境門から新たに敵兵が来ているわよ! 後から来た者は国境門側を重点的に攻撃しなさい!」

「ハッ!」


 フロアの中心には兵士たちに指示をし、まとめている女性がいた。

 髪型はツーサイドアップ、軍用服の上着を袖を通さず肩掛けのように羽織っており、まるでマントのようにして靡かせている。

 どうやら彼女が兵士たちの指揮官的存在のようだ。全員が彼女の指示に従い、言われた通りの行動をしている。


「やはり兵士の数が足りないわね……ん? え、シンっ!?」


 彼女は俺たちの存在に気付いたようで驚きの声を上げた。

 まず飛び出したのが「シン」の名前。また知り合いですか英雄さん。

 

「なんでシンがここにいるの!?」

「み、見回りで来ていたからだ」

「あ、あー……そうか。そういうことね」


 これは過去に何か背景ストーリーがあったパターンだな。おそらく、「シン」が旅をしている間にどこかで出会ったのだろう。

 吊り目でどこか強気な雰囲気を見せる彼女は戦況を見つめながら言葉を続ける。


「今度はアンタの力を借りなくてもこの場をなんとかしてみせるわ。もうあの頃の私とは違うんだから」

「えーと。シン、知り合い?」

「え? あ、ああ……」


 知り合いみたいなんだけど俺自身とは知り合いではないっていう。

 この反応を見るとレティやリープとは知り合ってはいないということなのだろうか。レティのことだし、恋敵だから皮肉った言い方をすることはないはず。

 要するにだ、この場を仲介しなければならないのは両方知り合いの俺。

 マズイ、彼女の名前すら知らないんだぞ俺。彼女たち目線では友達の友達に出会っちゃった場面なのだ。挟まれているやつが互いを紹介するのはもはや使命。

 ど、どうすれば……。


「えっと……」

「はぁ。”天才魔法使い”レティさんと”居眠り賢者”リープさんでしょ。流石に私も存じ上げてるわ。私はルビィ、この城塞にいる兵士たちの指揮官を務めさせて貰っている者よ」

「……ルビィさん、よろしく」

「よろしくー!」


 ほっ。彼女側から自己紹介してくれて助かった。

 毎回毎回新キャラに出会う度に困るのは俺なので、自ら自己紹介をしてくれるのは本当にありがたい。

 仮に彼女……ルビィの名前を最初から知っていた場合でもこういう間に挟まる役割は苦手なんだよな俺。


 なんてことを思いながら安心している俺にルビィと名乗る彼女のキツイ目つきが突き刺さった。


「まったく、今アンタは両サイドどちらにも面識がある唯一の人間なんだからアンタが紹介しなくてどうするのよ。ほんとダメダメなんだから馬鹿シン」


 その容姿から連想される性格の通り俺へ噛み付くようにきついダメ出しをするルビィ。

 言っていることは至極真っ当なので当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、その言葉は俺の心に深く突き刺さった。


「悪かったって。それはそうと、俺たちに何かできることはないか? 兵士たちの数が足りなくて困っているんだろ」

「まぁその通りよ。なぜだかわからないけど私が休憩中で席を外していたと思ったら、気付いた時には門前の警備の数を減らされ他に回されていた。私に伝達があった頃にはもう兵士は動き始めていたなんておかしいわ」


 俺は町中で見たムラサメの姿を思い出した。

 あの時、兵士に森の方角へ戦力を集中させろと指示を出していたのは間違いなくムラサメだった。

 国王から警備に指示を出す権限を貰っているとは言っていたが、兵士を束ねるルビィに伝わっていなかったのか? 先にコンタクトを取りに行ってもおかしくはないと思うのだが。

 

「おかげさまで数を減らされたここの兵士では足止めするので精一杯。森側へ行った兵士たちもいつ戻ってくるかはわからないし、かなり厳しい状況ね。後……」


 ルビィは中庭のようになっている城壁に囲まれた道を見下ろした。

 俺たちもそれに続くようにルビィの視線の先を追う。

 すると、


「なぜだか敵兵は全て魔族なのよ。敵側には人間の兵士が一人もいない。おかしいと思わない?」


 城門を突破せんと侵略を行っているのは全て魔族だった。

 体の色は様々で、霊鳥の森で遭遇したあの魔族のように皆肌がゴツゴツしている。

 

「バイフケイトって人間が住んでいる国なんだよな……?」

「勿論よ。だからおかしいの。なんで滅んだはずの魔族がバイフケイトの兵士としてこの国を攻めてきたのかって」


 ああ、そうか。まだ魔族の生き残りがいるってことを知らないのか。

 ……待てよ、ここから正反対に位置する森側にも魔族が出没したんだったよな。それも侵略開始直前のタイミングで。

 そうなると同時に内からも外からも魔族がこの町を襲っているってことになる。

 偶然、か……? 打ち合わせ無しでそんなことできるか?


「魔王が滅んで魔族はいなくなったはずなのに……きゃっ!? ぐ、魔族の遠距離攻撃ね……」


 俺たちが顔を覗かせているのを気付かれたのか、下にいる魔族が飛び道具か何かをこちらへと飛ばしてきた。

 その攻撃が直撃し、破壊された城塞の一部は瓦礫となって道に降り注ぎ、下にいる魔族たち何体かを下敷きにしていく。

 おそらく魔族も人間のように知性には個体差があるのだろう、あまり考えずに攻撃したに違いない。

 だが、遠距離攻撃に徹している魔族は今の一体だけではない、他にも何体かが城壁の上の兵士に反撃を開始している。

 あの飛ばしている物体は見たことがある。魔法結晶。


「ちぃっ、マズイわね。アンタたち、攻撃の手を緩めないで! 城門側への対応を優先しなさい!」

 

 そうこうしている間に徐々に魔族側が優勢になりつつあった。

 次々と国境門から魔族が侵入してくるのに対し、こちらは兵士の数が足りないのだ。このままでは城門は突破されてしまうのは時間の問題。

 早急に手を打つ必要がある。


「リープ、森側へとゲートを繋げられるか? あちらから増援を見込めないか確認する」

「……わかった」


 すぐにリープは宙に手で円を描き、森側へと繋がっているだろうゲートを作り出した。

 流石に緊急事態なのでマイペースは発動しなかったのだろう。素直に従ってくれた。


「サラ! いるか!?」

「えっ、シン? あ、ゲートを繋げたのね」


 ゲートの先に都合よくサラがいたのでコンタクトをとる。

 特に怪我をしているようでもなく、どうやら無事のようだ。


「今敵兵が攻めて来て城塞が大変なことになっているんだ。そっちはまだ終わらないのか?」

「魔族退治自体は終わったわ。でも、ちょっとマズイ事態になっちゃってて」

「マズイ事態?」


 出没した魔族の始末は終わったようだが、サラの背後では未だ戦闘は行われているようだ。

 剣が互いに弾き合い、鍔競り合いをする音が聞こえる。まだ兵士たちが戦っているのだろうか。


「理由はわからないけど兵士たちの内何人かが急に味方を襲い始めたのよ。結果的に同士討ちが始まって戻るに戻れないのよ」


 急に兵士たちが反乱を起こした? このタイミングで?

 なんだ、何が起こっているんだ。

 全ての出来事がこちらを悪い方向へと向かわせ続けている。


「仕方ない。サラ、今すぐこっちに戻って来てくれ。城塞を突破されるほうがマズイ、少しでもこちらに戦力を集中させたい」

「そうね……わかったわ。ディア、こっちは任せたわ。早いとこ鎮圧してこっちに合流して」

「了解しました、お嬢様!」


 兵士反乱問題も放っておくことはできないが、今はこちらを突破されてしまうほうが国全体としてはマズイはず。

 城門を覆っている何層にも重なったバリアは次第に何枚か破られ、徐々に薄いものになっていく。

 ここは今最大戦力であるだろう俺たちが出る以外に手段は残されていない。

 俺自身が戦うわけではないので他力本願で恥ずかしいが、今は英雄たちに頼るべきシーンのはず。


「ルビィ、兵士たちの指揮は頼んだ。後は俺たちがどうにかしてみよう」

「了解したわ。下に降りるなら気を付けなさいよ馬鹿シン」

「わかってる、任せとけ」


 俺は目を閉じて右手を右目の前にかざし、『ゼウスの神眼』発動の準備をした。

 その時、周囲の戦闘音で掻き消されてしまいそうなほど微かな声が俺の耳に入る。


「……これでも少しは頼りにしているんだからね。あの時みたいに……」


 こ、これはっ……!?

 このタイミングで返すべき言葉はあの……!!


「ん? 今、なんか言ったか?」

「ふんっ、何も!」


 こういう時はこう返せってよく言われているよね。

 現実でこんなこと口走ったら相当痛い奴だが、今の俺はハーレム英雄「シン」の体だ。このくらいの行動は許されるだろう。

 それにしても、経緯は知らないがどうやらこの娘も既に陥落済みらしい。

 俺に対する当たりがきつかったからこの娘はセーフかもしれないってちょっとは思ったりしていたんだけどなあ。

 「シン」さん、あなたは罪深い男だね……。


 俺は再び目を閉じ、人差し指と中指の間で開眼した。


 ……後は頼んだ、英雄。

 

 

 

 

 

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