第17話 操られても敵わなかった

「お覚悟を!!」


 馬車が爆破された後、煙の中から現れた運転手だったはずのおじさん。

 彼は出発時に見た様子とは正反対ともいえる邪悪に満ちた表情で俺たちに襲い掛かってきた。


「『ヘル・バレッジ』!!」


 おじさんは自らの上空に無数の魔法陣を展開、そのまま鋭利な魔法結晶を生成して俺たちに一斉射撃を始めた。

 この技は昨日邪気によって操られていた男たちが使っていたものと同じ。

 しかし、その時とは魔法陣の数が比較にならないほど多い。


「レティっ、バリアを再展開しろ!!」

「う、うん! 『ホーリー・バリア』!」


 俺が指示した通りにレティは再びバリアを展開させた。

 とはいえ魔法結晶の数が多すぎるため、バリアはすぐにヒビが入って綻びが出始める。

 このままではすぐに破られてしまうだろう。


「くっ……、ダメだよシンすぐに壊されちゃいそう」


 どうする……。俺が『ゼウスの神眼』を使ってまた英雄に始末してもらうか?

 いや、それも一つの手だが、あれを一度使ってしまうと俺の体力の消耗が激しい。

 この後のことも考えるとなるべく温存しておきたいところではあるが、そんなことを言っていられないのもまた事実。

 やはりここは『アイギスの盾』を使っておじさんを正気に……。


「ディアちゃん、いけるかい?」

「無論だ。お前こそ私についてこられるのかムラサメよ」

「ふっ愚問だなぁ。僕はディアちゃんの行くところならどこへでも一緒させてもらうよ」

「その言い方はやめてほしいがな」


 俺がためらっているとディアとムラサメがみんなの前に出た。

 一体何をするつもりだ?

 まだかろうじてバリアは破られていないが、魔法結晶の雨によって所々崩れ始めている。もう時間の問題なんだぞ。

 

「お、おい。いったい何を……」

「私たちがこの結晶の雨を突破する。後方からの支援は頼んだぞ」

「突破する!? 無茶だろ!」

「ノンノン、英雄さん僕たちの力を忘れたのかい? 僕とディアちゃんの前ではこの程度朝飯前さ」


 二人は自信満々に剣を抜き、バリアが崩壊する瞬間を待っている。

 一見無謀にも見えてしまうが、ディアたちの表情を見るとどこか安心感を覚えてしまう自分がいた。

 英雄の仲間たちならばこの状況でもなんとかしてくれるかもしれない、そんな期待にも似た何かが俺の中で不安を押し殺していく。


「いくぞッ」

「ウィ、いこうか」


 音を立ててバリアが崩壊した。それと同時に魔法結晶が一斉にこちらへ襲い掛かってくる。

 その瞬間を予め読んでいたのかディアたちは既に攻撃態勢に入っていた。

 しかし多勢に無勢。あまりにも魔法結晶の数が多すぎる。

 だが、


「『疾風乱斬』!」

「『村時雨』!」


 急に和風テイストな名前!?


 二人は駆け出したと同時にそれぞれのユニーク・アビリティを発動。目にも止まらぬ早さで斬撃を繰り出し続け、寄せ来る魔法結晶の雨を全て撃ち落としていく。

 それはまるで剣撃の壁。

 ディアは二本、ムラサメは一本の剣をもう何度振り回したのか数えることすらできないほど素早く斬撃を繰り出していく。

 やがて魔法結晶の生成よりもディアたちが撃ち落とすペースが勝り、一気に距離を詰めることに成功した。


「お、おい! おじさんは操られているだけじゃないのか!?」


 あのままではおじさんが切り殺されてしまう。

 それを危機した俺は二人に問いかけた。もし、操られていただけだとするなら何も罪のない人間が命を落とすことになってしまう。

 

「フッ、私たちの狙いは」

「こうだよ英雄っ!」


 ついに二人はおじさんを捉える。

 ああっ、このままじゃ……!


「「ハァッ!」」


 そのまま斬りかかると思っていた二人の動きがおじさんを目前にして止まる。

 二人は交差するように上空へ飛び上がり、数ある魔法陣全てを斬ったのだ。

 斬られた魔法陣は火花を飛ばして砕け散っていく。

 これこそがディアたちの狙い。


「今だ。お嬢様!」

「了解。『フローラル・ギフト』!」


 サラがユニーク・アビリティを発動させると彼女の周囲を花びらが舞った。

 見るのは二度目だが、文字通り華やかな能力だ。


「『ポピー・インビテーション』!」


 彼女を包むように舞っていた花びらは一斉に白い花びらに変わり、おじさんの方へと向かって行く。

 魔法陣を壊されたおじさんは身動きが取れなくなっているようだ。どういう原理なんだろう。


「説明するわ! 『ポピー・インビテーション』とは敵を眠らせてしまう技。敵の動きを一度止める必要があるけれど、この花びらはどんな者でも眠らせてしまう強力なものなの。厄介な敵も眠らせてしまえばこっちのものよ!」


 誰も頼んでいないのに意気揚々と技の説明を開始するサラ。

 割と緊迫した場面だったはずなのにこちらが優勢になると一気に調子に乗り出すんだから……。

 

「ぐぁっ……う…………」


 白い花びらがおじさんに粉塵のようなものを撒き散らしている。

 いや、花粉……か? でも花びらだしなぁ。

 その粉塵に睡眠作用があるのか、おじさんはすぐにその場に倒れ眠ってしまった。


「よし、なんとかなったな。一体何がどうしたというのか」

「うーん、何者かによって操られていたというのが一番可能性が高そうだね。しかし、いつからこうなってしまっていたのか」


 剣を鞘に収め、ディアたちが眠ってしまったおじさんへと近づく。

 眠ったからといって邪気を振り払ったわけではない。また目を覚ませば俺たちを襲い始めてもおかしくないだろう。

 英雄の使う『アイギスの盾』ならその邪気を焼き払えるのだが……。


「とりあえず暴れ出さないように閉じ込めておこうか。『ホーリー・ケージ』」


 レティが新しい魔法を唱えると、おじさんの周囲を光が包み込み、檻を生成して閉じ込めた。

 もはやこれでは籠の中にいる鳥のようだ。ちょっとかわいそうにも思えてくる。


「これでもう安心、かな」

「一時は……どうなることかと、思った……」

「全くだ。吹き飛ばされた馬もどこかへ行っちゃったし、ここから歩くしかなさそうだな」


 幸い、アンリクワイテッドの近くまでは来ているそうなので歩ける距離ではあるだろう。

 少々面倒だが仕方ない。

 この林道にも敵が潜んでいるかもしれないが歩くしかないだろう。


「うーん……」

「どうしたリープ?」


 今まで戦闘に参加したことがないリープは何やら自分の顎に手を当てて考え事をしている。

 数日この異世界で過ごしてきたが、リープの能力については未だ不明のまま。

 戦闘しないパーティのマスコット役とかそういうのかな?


「……よし、じゃあゲートを開く……ね」

「え?」

「よい、しょっと……」


 そう言うとリープは宙に手で円を描いた。

 するとあらまビックリ、空間の裂け目のような物が出来上がり、なにやらその先はどこかの町へと続いているようだった。

 どこでも〇アかな?


「……よし。みんな、来て」

「まぁ馬車ももう無いし、しょうがないわね」

「ありがとうリープちゃん」


 みんな特にリアクションすることなくその裂け目へと侵入していく。

 どうやらそのまま繋がった向こうの場所へと移動できているようだ。


「なあリープ……」

「?」

「なんで最初からこれで移動しなかったの?」


 これを使ったら半日使って馬車で移動することなかったじゃん!

 一瞬で移動完了できたじゃん!

 おじさん操られることもなかったじゃん!

 なんで!? どうして!?


「馬車で移動するの……、好き」

「…………」


 照れっぽく答えるリープに俺は返す言葉を見つけることができなかった。

 自由すぎるよ君たち……。

 

 

 

 

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