第16話 問題が連鎖的に発生していた

 俺、サラ、レティ、ディア、それにリープの5人にムラサメを加えた6人を乗せた馬車は町を出発した。

 二頭の馬が俺たちの乗る箱を引くオーソドックスな馬車だ。小さい個室のようになっていて意外と居心地がいい。

 馬車は車と違いそれほどスピードはなく、歩くよりかは少し早いくらいでゆったりとしている。快適だ。


「それでムラサメ、なぜ貴様がここにいる? 私は何も聞いてないぞ?」


 あの衝撃的な登場から流れるようにして俺たちに同行しているムラサメをディアはずっと不思議がっている。

 ターゲットはディアなのか隣の席は譲らない。


「そんな怪訝そうな顔をしないでくれよディアちゃん。何も僕が自分の判断だけで来たわけじゃないんだからさ」

「む、そうなのか?」


 これまでおちゃらけた雰囲気だったムラサメの顔が一瞬にして真剣な表情へと変わる。

 これから何か重要な話が始まる、俺たち全員は自然とそう感じ取っていた。


「これは命令だよ。それも国王のね」

「こ、国王命令だと!?」

「うん、今の言葉で薄々感じ取っているだろうけど今回の見回りはただの見回りじゃない」


 俺は息を飲んでムラサメの次の言葉を待った。

 既に馬車の中に出発の際までにはなかった緊張感が漂っている。


「最近また魔族が現れるようになったのは耳に入っているだろう? 君たちが魔王を倒して滅んだと思っていたが、また目撃情報をよく耳にするようになった。これは国王も深刻な事態と踏んでいる」

「魔族……」

「それって……」


 俺とサラは目を見合わせた。

 一昨日、俺たちが霊鳥の森に出向いた際に現れた紫肌の大男。

 彼は自らを魔族だと名乗り、さらには死んだ魔王の意志を継ぐ者がいるとまで言っていた。

 魔族もまだ生き残りがいるようなので、そいつらが国に現れているのだろう。


「今僕たちが向かっている『アンリクワイテッド』。ここは特に魔族の目撃情報、さらには被害なんかが多いらしくてね。調査という面で国から僕が派遣されたというわけさ」

「なるほど、また魔族が現れた原因はまだわかっていないのか?」

「そうなるね。ただ……」


 ムラサメは一度サラの方へと顔を向け、数秒間見つめた後、意を決したのか言葉を続けた。


「隣国である『バイフケイト』が戦争を企てているという情報が入ったんだ」

「なっ……!?」


 せ、戦争……!?

 やはり俺の読みは正しかったようで、この国以外にも国家というものが存在しているみたいだ。

 そこまではいいのだが、戦争だって?

 この世界は魔王を倒して平和になったんじゃないのか?


「そ、そんなのおかしいわよ! 『バイフケイト』とは平和条約を結んでいる。それを破ろうとしているってこと!?」

「おそらくね。その伝達には『バイフケイト』の国王が変わったという情報もセットだった。このタイミングだ、因果関係がないとは考えにくい」

「その新しい国王とやらが条約を破ってまで戦争を起こそうとしている、だということか」

「これはおくまで憶測に過ぎないよディアちゃん。ただ、可能性は高いと見て間違いないだろう」


 平和条約破って戦争しかけてくるとかやばすぎるだろそれ、現実だったら大問題どころの話じゃない。

 全てが終わったエピローグ後の世界だと思ったらとんでもなかった。

 まだこの世界の物語は終わっていないんだ。

 

「この戦争問題に魔族再出現問題。厄介な案件が二つも重なってしまって国も大慌てさ。ははは、参った参った」


 重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、ムラサメはこの場を和めようとするが、俺を除いた他の4名、その中でも特にサラは深刻な表情を浮かべている。

 一方俺はただただ困惑することしかできなかった。


「けど、三日前にあった認定式は普通に行われたよな? その時にはまだわかっていなかったのか?」

「ウィ、その通りだ英雄。何を隠そうこの伝達があったのは昨日。それ故に君たちに情報を伝えることもできず、こうして僕が急ぎで合流したというわけさ」


 俺がこの世界に来た頃には浮かび上がっていなかった話、というわけか。

 こうも短期間に俺のこと、魔族、元魔法猟団の男たちを操っていた者、そしてこの戦争疑惑と立て続けに起こってしまうと何か因果関係があるのではないかと勘ぐってしまうところではある。

 できれば偶然単発で起こった事件が重なっただけで、事件同士が線で結ばれていないといいのだけれど……。

 ていうかそうであってほしい。


「まぁ、そういうわけでディアちゃんと同じくフローラ家に使える家柄であり、国にも使えているこの僕が調査のために同行させてもらうよ。改めてよろしくね」

 

 そう言って女性陣にウインクを飛ばすムラサメだったが、それは誰も受け取らなかった。

 なぜなら既にサラたちからは朝までの軽い雰囲気はなく、鋭く真剣な眼差しへと変貌していたからだ。

 英雄「シン」と共に死期を乗り越え、魔王を倒したパーティである彼女たち。

 普段はあんな感じでもこの切り替え様は流石といったところだろうか。


「なぁに、まだ戦争が始まると決まったわけじゃないさ。この後すぐ戦争が始まるってわけでもない。今は自分たちに与えられた仕事をこなすのを優先しよう」

「そう……だな。いや、いきなりこんな話を聞いたものだからつい」


 とりあえず知識として頭に入れておいてくれ、とムラサメは続けた。

 みんなもとりあえず肩の力を抜いたようで先ほどまでの鋭い眼光ではなくなっている。

 その身の毛がよだつような鋭さは俺までビビってしまっていたのでちょっと安心した。


「おじさーん、アンリクワイテッドまではどのくらいかかるー?」

「うーん、日が暮れる頃になるかなー」

「わかりましたー、ありがとおじさん」

「ほいよー」


 レティが窓から身を乗り出し、馬車を運転するおじさんへと確認を取る。

 今はお昼前ぐらいだ。ここから数時間かかると考えるとそれなりの距離はあるみたいだな。



   ◇   ◇   ◇



「日も完全に沈んだな。そろそろか?」

「ふむ、どうやら近くまで来たようだな。この林道を抜けるとアンリクワイテッドに着くはずだぞ」

「アンリクワイテッドは『バイフケイト』と隣接している町。つまり現在この国で一番危険が孕んでいる町よ。着いたら避難の誘導しておいたほうがいいんじゃない」

「その通りだサラお嬢様。僕は町の警備を指示できる権限を国王から貰っている。調査と同時にそっちも実行するよ」


 周りには木々しかない一本線の道を馬車が通っていく。

 日が落ちたこともあってかかなり暗く、俺たちはランプに火を灯して馬車の中を明るくさせていた。

 道に石が多いのか馬車の揺れる回数が増えている。

 なんだか肝試しのような雰囲気で不気味だ。それになんだか変な音も聞こえる。


「……なんか聞こえないか?」

「なんだろう……金属が擦る音? ……小さいけど、なにか聞こえる」

「おじさん! 何か聞こえない?」


 不審に思ったレティは窓から身を乗り出し、おじさんへと問いかけた。

 が、昼間のようなおじさんの返事はない。

 馬車が前進しているので、いなくなったりはしていないはずはないのだが、全く応答する素振りを見せてくれないのだ。


「おじさん……? あれ、おかしいな……」


 嫌な予感がする。

 こういうパターンっていつの間にか運転手に何かあったパターンだろう。

 あいにく運転手用の背もたれがあるせいで運転手が本当に存在しているのかがこちらからだと確認することができない。この暗さも相まって余計にだ。

 

「おじさん、馬車を止めてくれ。嫌な予感がするんだ」


 俺も問いかけてみるが返事はない。

 馬車も止まることなく道を進み続けて行く。


「え、おかしくない? なんで反応してくれないの? 寝ちゃったのかな……」

「そうだといいのだけれど、流石におかしいわ。あの人は運転中居眠りをするような人ではないから」

「音が、さらに大きく……」


 ギリギリッと金属を擦るような音は次第に大きさを増し、耳を澄まさなくても聞こえるほど大きくなっている。

 導火線に火を点けた時のような、段々と音の発信源が進行しているようにこちらへ近づいているようにも聞こえるが……。


「音…………ハッ、マズイッ!」

「レティっ!?」

「『ホーリー・バリア』!!」


 何かに気付いたのかレティは急いで馬車の中でバリアを展開させた。

 その瞬間と同時に謎の擦る音が途絶え、


「うわあああっ!!!!」


 大きな光と音を発しながら馬車が爆発した。

 爆発に巻き込まれた二頭の馬は林の中へ投げ出され、運転手のおじさんもどうなってしまったか不明。馬車はバラバラになって木っ端微塵だ。

 俺たちはレティが展開したバリアによって被害を免れたが、レティが気付くのがもう少しでも遅れたら俺たちも巻き込まれていただろう。

 

「一体何が……?」

「魔法だよ、『サイレント・エクスプロージョン』。さっきみたいにじわりじわりと迫ってくる音がその証拠。ただ、迫ってきたのはどうやら前方からなんだよね……」


 前方?

 進んでいたはずの道に俺たち以外の人の気配はなかった。

 後は二頭の馬と……運転していたおじさん?


「この魔法は罠として運用することが主だから、それほど長距離で使うことはできないんだ。近距離時間差爆発魔法って例えたほうが早いかもしれないね。で、それを使える場所にいた人間は一人……」



「ふふふ、よく防ぎましたなぁ……」



「お、おじさん……!?」


 俺たちは自分の目を疑った。

 爆発に巻き込まれたと思われたおじさんが怪しげにゆらゆらと煙の中から現れたのだ。

 出発した際に見た優しい顔とは打って変わって口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべている。

 目も焦点が合っていない。明らかに様子が変だ。


「あの運転手は魔法を使えるなんて聞いたこともないわ。……敵ね」

「シン、これって昨日と同じ……」


 確かにおじさんからは昨日レティを襲った男たちと同じような邪気が感じられる。

 ゼウスのじいさんに聞かないと正確なことはわからないが、おそらくそうだろう。

 元から操られた状態だったのか? 

 それとも運転している間に何か?

 一体、おじさんの身に何があったというんだ。



「ふふふ、お覚悟を……!」


 

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