13番目の私
@M11_esk
187315日目
おはよう。
私の発する合成音声に反応する炭素体はこの船にはいない。私と同じ構造を持つ71隻の船はそれぞれ別の方角へと航海を続けていると推測される。私が定期的に走らせている探索レーダーにて、これまでいくつかの隕石や惑星、廃棄された宇宙船やその部品は発見されているが、未だ人類やそれに似た炭素体との遭遇は果たされずにいる。無論、私と同型の船とも。何も目立った成果のない定期レポートをチェックし、返事のあった試しのない通信信号の継続発信を指示、その結果をメインコンピュータへ転送するようにプログラムする。187315回繰り返してきた私の日課。
私がこれまで歩んできた旅路は、とうに、人類によって記録された星図をはみ出している。彼らは望んでいた。人類が築き上げた歴史や文化を、他の知的生命体に伝えたいと。宇宙探査の時間は尽き、滅びが避けられない地球から他の惑星へ移住するプランを果たせないまま、私という宇宙船にその記録を保存し宇宙へ逃がすだけでは彼らの魂は救われないのだと、私を作った科学者たちは考えていた……と、私のライブラリには記録されている。私には魂や救いは上手く定義できないものだったが、そうプログラムされているので行動に支障はなかった。
けれど、もう一つ、私には上手く定義できないものが搭載されている。定義できないばかりか、それは私が前へ進むために使用しているエネルギーを消費し続けるが、私にとって益のないプログラムだった。わざわざ登録する記録のいくつかを諦めてまで、容量の多くを埋めていることについても、推測ができない。
『おはよう、サーティーン。気分はいかが?』
真っ黒な宇宙と平坦な反応を示すレーダーを映したスクリーンの前に、地球人の姿が投影されている。目立った破綻のないホログラム映像の彼女は、膨大なエネルギーと映像の下を走る莫大なプログラムによって、常にニコニコと笑っていた。
その質問は私には理解できません。問いかけの修正を要求します。
『管理者コードがないとプログラムの書き換えは出来ないって、貴方も知っているでしょう?』
このやり取りを187314回繰り返していることも記録している私は、自身の無駄を理解しながらも省くことが出来ない。理解できないことへの問いかけ、無駄な手順の修正は私の仕事であるが、プログラムそのものへのアクセス権がないため、彼女の理解できない言動を修正する手段を持ち合わせていないのだ。
『いつも通りね。さあ、ライブラリの破損がないかチェックしましょう』
彼女が私に笑いかける。私はライブラリの中から【感情】の項目を検索し、笑顔の画像データとそれを照合する。破損なし。
そうしてやるべきことを終えると、私はエネルギーの節約のためスリープモードへ移行する。このモードは35光年進んだ頃に解除される。
『おやすみなさい、サーティーン』
彼女が長い睫毛に縁どられたまぶたを下ろす。スクリーンに映る宇宙と宇宙船の境目は映像では確認できないものになっていた。
13番目の私 @M11_esk
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