第159話 ソルシエールの真意

――カリン視点


シエルがソルシエール様に連れられて別室に行ってからしばらくすると、彼女は何事も無かったかのように戻ってきた。


「あの……ソルシエール様。シエルは……」

「彼女なら修行を始めたところよ。それより、君達は自分の修行をしないとね。ついてらっしゃい」


有無を言わせぬその迫力に、私達は顔を見合わせて彼女の後に続いて歩く。滅多に見ることの出来ない珍しい町並みに視線を右往左往させながら、私達は森の入り口に近い場所にある、少し開けた場所にやって来ていた。クルリと振り向いたソルシエール様は、手に持つ杖の先を地面に向けて、コンと叩いてみせた。


「今更言うまでもないぐらい自覚しているだろうけど、君達の実力不足は深刻よ。これから先、激化する魔族との戦闘を考えると、十中八九死ぬでしょうね」

『!』


改めて厳しい現実を突きつけられて、私達は言葉も発せず俯くだけだ。魔王と同化した皇帝――レブル五世と対峙した時、心の底から恐怖を感じた。初めて命のやり取りをした時以上の恐怖や緊張に絶望して、死を覚悟した。でもソルシエール様はそんな私達の様子に構うことなく、杖で地面をいじりながら話を続ける。


「このままじゃ死ぬ。だとすれば、解決策は何?」


そう言いつつルビアスを指さす。突然の指名に目を白黒させながらも、ルビアスは迷いなくこう言った。


「……強くなることです。今よりももっと。比べものにならないぐらい」

「その通り。生き残るためにはそれしかないわね」


我が意を得たりとでも言うように、ソルシエール様は笑顔で何度も頷いた。でもそんな彼女と対照的に、私達は苦い表情だ。強くなれば良い――そんな事は今さら指摘されなくてもわかってる。でも、あの竜の巣での厳しい修行を終えて、並の戦士や魔法使いを大きく上回る力をつけたと思っていたのに、私達は魔王にまるで歯が立たなかった。命懸けで修行した結果がこれってことは、つまり才能がないんだと思った。才能がない人間が今更修行したところで、何かが変わったりするんだろうか? そんな事をポツリポツリと愚痴のように言い訳がましく私達が口にしていると、ソルシエール様の機嫌が一気に悪くなっていくのがわかった。


「グダグダと言い訳ばかりしない! 君達がしなければいけないのは愚痴を吐くことじゃなくて、まず目の前の現実に対する対処よ。かつての仲間として、今の君達があの子におんぶに抱っこの今の状態は見てられないの。勇者の仲間だと言うなら、後ろにいるんじゃなくて肩を並べて戦いなさい」


私達はラピスちゃんの手伝いどころかお荷物になっている。ハッキリとそう言われて返す言葉もない。そうだよね……。今回も私達に力があれば、ラピスちゃんがあれだけ弱ることもなかったんだし。


「わかりました。ラピスちゃんの足手まといにならないぐらい強くなれるなら、私に出来ることがあれば何でもやります!」

「私もだ。今回の事で師匠にはかなりの負担をかけてしまった。この状況は何としてでも改善したい。それにもたもたしていると、魔族が動き出すのが目に見えている。急いで強くなる必要がある」

「私も強くなりたい。これでもラピスちゃんの仲間のつもりだし。ゼルビスを守りたいしねも」


決意を込めてそう宣言した私達を見ると、ソルシエール様はニコリと笑った。


「よかった。これでまだグダグダ言うようだったら街から出さないつもりだったのよ。手間が省けたわ」


その言葉を聞いて全員の顔色が変わった。この人のことだから、今のは絶対本気だったはず。危なかった。下手に返事しなくてよかった。


「さて、それじゃさっそく修行してもらうわね。と言ってもする事は単純よ。私の作ったゴーレムと戦ってもらうだけ」


そう言うと、ソルシエール様は地面についていた杖に魔力を流す。すると次の瞬間、土が一気に盛り上がり、戦士の姿をしたゴーレムが三体、私達の前に姿を現した。


「ゴーレム……? これが?」


ディエーリアが呆然としたように呟く。言葉にこそ出さないけど、私もルビアスも同じ気持ちだ。目の前に立つ戦士は、土から出来上がったと思えないほど生々しい作りをしていて、人間のようにしか見えない。肌色こそ少し悪いものの、間近で観察しなければどこからどう見ても人間にしか見えない。それぐらい精巧な作りをしていた。


そのゴーレムの戦士は重厚な鎧を身に纏い、左手には盾を、右手には大きな両刃の斧を持っている。頭には頬を覆う形の兜。目つきは鋭く、感情を抱かせない冷たさだ。身長は180センチぐらい。これより大柄な戦士は沢山見てきたけれど、実際の身長以上に大きく感じさせる圧力がある。ただのゴーレムなのにこのプレッシャー。対峙しているだけで冷や汗が出てきた。


「あの、ソルシエール様。このゴーレムはいったい?」


ルビアスが油断なくゴーレムに意識を向けながらそう質問すると、ソルシエール様は気軽に、とんでもない答えを返してきた。


「このゴーレムのモデルはバラデロ。私と共にブレイブと旅をした戦士よ。近接戦闘のスペシャリストだから、君達を鍛えるにはこれ以上ない相手よね」


バラデロって……あのバラデロ!? 世界を救った勇者ブレイブの仲間で、パーティーの前衛を務めた最強の戦士だ。襲いかかる魔物をものともせずに、仲間の盾になって戦い続けた伝説の戦士。ゴーレムとは言え、まさかそれが目の前に現れるなんて思いもしなかった。


「ゴーレムだから冷たく見えるけど、本人は気の良い奴だったから勘違いしないでね。もちろん、本人に比べたら話にならないぐらい弱いから安心して。あ、そうそう――」


突然口笛を吹いたソルシエール様に反応したように、どこからともなく大きな箱を持ってウェアウルフが現れた。彼がガチャガチャと音の鳴る箱を地面に降ろして蓋を開けると、そこには謎の液体が入った沢山の瓶が入っていた。


「これは私が作った特製ポーションよ。かなりの負傷も問題無く治せるから、遠慮なく怪我してくれて良いわ。動けなくなった場合はポーションをかけるように、ゴーレムには命令しておくから。はい、じゃあ初めてちょうだい」

『!』


突然の開始宣言。それでも反射的に武器を構えた私の目の前に、いつ移動したのかゴーレムが現れていた。


「はやすぎ――」


全身に衝撃が加わり、気がついたら宙を舞っていた。追撃がくる! 手放しそうになった剣を強く握りしめ、必死で体勢を整えた私が着地した時、ゴーレムは第二撃を放ってきた。


「う!?」


斧の一撃を受け止めた剣があっさり弾かれる。腕力が比べものにならない。力勝負は分が悪い。一旦距離を取って反撃をと考えたその時、私の足が地面を蹴るより速く、ゴーレムの盾が顔面に叩きつけられていた。


§ § §


――ソルシエール視点


「あら。思ったより早かったわね」


全員が昏倒するのにかかった時間は二十秒ほどかしら? 血まみれになってピクリともしない彼女達に、ゴーレムが瓶の中身を振りまいている。あの様子ならすぐに復活するでしょ。そんな光景を眺めながら、私は深く息を吐いた。


ブレイブは……ラピスのやり方は甘すぎる。あの子は根っこが優しいから、無意識の内に仲間に対して手加減してしまっている。でもそれじゃ駄目。強力な魔族との戦いを想定するなら、普通のやり方で修行しても絶対生き残れない。何度も死ぬような目に遭って、それで自分の限界を超えていかないと、戦力どころか足手まといにしかならないからね。ここは心を鬼にしても、私が憎まれ役を買ってでも、あの子の仲間を強くしなくちゃいけないのよ。


「……少しは期待させてよね。あの子が選んだ仲間なんだから」


ラピスと一緒に旅が出来る彼女達に軽く嫉妬している自分を自覚しつつ、私はその場からクルリと背を向けた。

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