第141話 前哨戦

戦いが始まった。軍隊と軍隊の戦いに開始の合図などは存在しない。まず互いが航空戦力を投入して制空権を確保しようとぶつかり合う。空を埋め尽くす――と言っては大げさだが、こちらと比べものにならない数の翼竜やペガサスライダー達が各自の武器を構えて向かって来ていた。それをいち早く発見した見張りが上空から地上へと合図し、味方の航空戦力が迎撃のため一気に空へと駆け上がっていく。


「では、行ってきます」

「ご武運を!」


ライドさんに短い挨拶を交わした俺も、味方部隊と共に空へと舞い上がる。高度を上げれば上げるほど、こちらに接近している敵地上戦力の陣容がハッキリ見えてきた。流石に大軍だ。しかし、訓練された正規兵と出自の定かじゃない黒騎士の混成軍のためか、その行軍は乱れに乱れていた。士気の高い軍隊は行軍一つとってもピッチリとしているため、これだけでも敵の士気が低いのが解る。


「敵地上軍と味方が接敵するまでに空の敵を全て落とす! 続けー!」

『おおー!』


先陣を切って一気に加速した俺に味方が続く。互いの速度が速いため、敵の姿が豆粒大に見えても直接ぶつかるまでは一瞬だ。人が操ることの出来る魔物の中で、最もスピードのある翼竜を上回る加速をみせた俺は、敵の先頭に位置していた翼竜隊の一部へと迫ると、片手をかざして魔力を巡らせる。


「喰らえ!」


俺の手から放たれた稲妻は、放射状に拡散して翼竜隊を直撃した。先頭を飛行していたドラゴンライダー達は驚愕の声を上げる暇も無く、自らの相棒である翼竜と共に、きりもみしながら地上へ落ちていく。威力を抑えて広範囲に亘る電撃は敵を焼き尽くすようなものじゃないが、感電させて身動きを取れなくする程度はできる。空の上で痺れれば、待っているのは墜落死だけだ。


落下する敵の間を縫うように飛んで、俺は素早く敵の集団へと突っ込んでいく。右手からは複数の火炎球、左手からは氷の矢を連続で放ちながら、敵の間を自由自在に跳び回る。昔なら俺と同じように飛行魔法の使える魔法使いが妨害してきただろうが、今の時代はそんな相手もいない。話には聞いていただろうが、初めて目にする飛行魔法への対処に彼等が戸惑っている間に、俺は敵の混乱に拍車をかける。


「回り込め! 囲んでから押しつぶすんだ!」

「駄目です! 相手が速すぎて!」

「くそったれ! 避けろ! 魔法が来るぞ!」


負傷して次々と落下していくペガサスライダーやドラゴンライダー。しかし敵の数はまだまだこちらの数倍は残っている。引っかき回す俺を何とか墜とそうと敵が殺到するが、スピードと小回りで俺に追いつける者は存在しない。敵は翼で飛行しているため、方向転換や停止には時間がかかるのだ。大して俺は魔法の力で飛んでいる。猛スピードからの急停止は勿論、真っ直ぐ飛んだ状態でいきなり後ろへ飛び始めるなど、簡単にできる。


「流石に正規軍だけあって士気が高い。これだけやられても向かってくるのか……」


戦闘開始早々に全体の一割や二割は墜としているはずが、混乱はしているものの逃げる素振りが見られない。本来なら敵対する必要のない彼等をなるべく殺さず、運が良ければ助かる墜落という形で排除しているためか、思ったより排除に時間がかかっていた。その時、乱れに乱れた敵の隊列へ向けて、ようやく追いついた味方の部隊が襲いかかる。


接近に気がつかなかったペガサスライダーは愛馬ごと翼竜の牙で食いちぎられて、断末魔の叫びを上げながら地上へと落ちる。投擲された槍に腹を貫かれ、翼竜の上で痙攣しながら息絶える騎士。回避中に空中で衝突し、互いに空に放り出された者は手足をバタつかせて墜落する。敵味方問わずそこかしこで壮絶な殺し合いが始まり、地上には彼等の体や血飛沫が雨のように降っていた。


「これ以上時間はかけられないか……なら」


乱戦になっている味方を巻き込まぬよう、狙いを未だ健在な敵の集団へと定めた俺は、両手にかざした魔力を一気に解き放った。瞬間――猛烈な突風が前方へ押し寄せる。地上であれば木々をなぎ倒すような風の勢いを空中で浴びたのだ。敵の集団は文字通り吹き飛ばされていく。中には騎乗する己の相棒にしがみついて耐える者もいたが、大半は姿勢を乱して飛行どころじゃなくなっていた。羽ばたかなければ飛べない生物を無理矢理密集させたのだ。自らが助かるために飛ぼうとすれば、必ず周囲が邪魔になる。もたもたしている内に多くの敵が地面との激突を余儀なくされた。


空の上に限って言えば、数の不利はこれでひっくり返しただろう。後は味方に任せて地上の支援を優先すべきだ。


――ライド視点


ラピス殿が飛び立ってまもなく、空中では彼女が放ったらしい大規模な魔法がいくつも炸裂していた。その度に敵が面白いように落ちていく。あれだけ威容を誇ったボルドール王国の航空戦力が、まるで羽虫のように落とされていくのだ。我が目を疑ったのは私だけではなかったようで、周囲には実際に自分の目をこする騎士や兵士が続出していた。


「凄い……!」

「流石ラピス殿だ!」

「見ろ! 敵がどんどん減っていくぞ!」


空の戦いを目にした兵達の士気はうなぎ上りだ。興奮して同僚の肩を叩き、子供のようにはしゃぐ者までいる。まるで戦争が終わったような浮かれ具合だった。


「気を引き締めろ! 敵は目の前にいるんだぞ!」


私の怒鳴り声を耳にした兵達が慌てて正面に目をやる。浮かれていた空の戦いを気にしている場合じゃない。目の前には敵の大軍が迫っているのだから。


『わああああ!!』


鬨の声を上げながら、敵の大軍が地響きを上げて迫ってくる。機動力の違いで先頭は騎馬隊だ。その彼等を追い越す形で、敵の魔法がこちらへと降り注いでくる。


「対魔法防御!」


味方の神官が一斉に防御の結界を前面に張る。それにぶつかった魔法が大きく弾け、炎や氷と言った、様々な飛沫をあげて消えていく。それに対抗するべくこちらの魔法使い達が攻撃魔法を一斉に放った。迫ってくる敵の騎馬隊は突出しすぎて神官の守りが間に合っていないのか、少なくない数が被弾して落馬していく。それでも数の圧力は健在だ。まるで壁が迫ってくるような錯覚をおこしつつも、私は次の指示を飛ばす。


「弓隊構え……放て!」


味方陣地から放たれた矢は、放物線を描きながら地上へ降り注ぐ。全身に鎧を纏った騎士の多くは、その防御力もあって矢を弾いてしまう。しかし彼等の騎乗している馬は違った。体の前面や上部分を鎧で守っている軍馬だが、その機動力を殺さないため、それ程ぶ厚い鎧を身に着けているわけではない。せいぜい薄い鉄板を貼り合わせた、盾とも言えない鎧だ。だから十分な運動エネルギーが上乗せされた矢の一撃は、簡単にそれらの鎧を貫いていく。


「ぐ!?」

「おわあ!?」


自分の乗っている馬が突然バランスを崩し、頭から地面に激突したのだ。当然上に乗っている騎士は放り出されて地面へと叩きつけられる。本来、騎乗した騎士の役目は、ランスを手にしての一撃離脱戦法だ。その衝撃力と突破力で敵陣を崩すのが役目であるため、彼等の身を守る鎧は重装甲だ。そのため一度落馬すれば、本来身を守ってくれるはずの重みが、自らの体を傷つける事になる。背中から地面に落ちれば良い方で、首から落ちて頭が変な方向に曲がって絶命する者、手や足を折り、身動き取れなくなる者が増えていく。


目前に迫った敵に反応してか、騎馬隊が反射的にランスを構えるのを手で制する。数の不利があるため味方の騎馬隊は温存だ。まだやるべきことがある。敵の突進に備えて、前に出た兵士達が長大な長槍を前面へと突き出した。三メートルはあろうかというそれらを並べ、まるで壁のような密度で防護壁をつくる。自然、それらを避けた敵の騎馬隊は回避しようと左右に避けていく。しかしその直後、彼等の多くはその姿を消すことになる。


「――!」


声を上げる余裕も無く、彼等は突如出現した落とし穴へ騎馬ごと地面に吸い込まれていく。カモフラージュに布を張った上に土を被せた簡単な落とし穴だが、激しく動く騎馬の上だと判別しづらいだろう。落とし穴と言っても、槍などを無数に配置してある凶悪なものじゃない。地面に砕けたガラス片や、錆び付いた矢じり、槍の穂先や折れた剣などをばらまいているだけだ。しかし、数が集まれば十分ダメージを与える事は出来る。もとより、数メートルの高さで地面に叩きつけられては、無事で済むはずがないのだ。


慌てて方向転換した後続の部隊だったが、落とし穴は一つだけとは限らない。行く先々で味方が地面の下に消えるのを見た彼等の機動力は、みるみる落ちていった。


「今だ! 騎馬隊、突撃せよ!」

『おおおおお!』


雄叫びを上げながら味方の騎馬隊が突進していく。散々言い含められているだけあって、彼等は落とし穴の位置を頭の中に叩き込んでいる。器用に避けながら敵に迫った彼等は、狼狽える敵集団に向けて、容赦なくランスを叩きつけた。


すれ違い様に槍の一撃を受けて落馬する敵の騎士達。ランスで攻撃と言っても、別に突き刺すのが目的じゃない。重装甲の敵相手に突き立てたところで、その重みで槍ごと手放すのがオチだ。だからこういった騎馬隊同士のぶつかり合いは、いかに敵を落馬させるかにかかっている。


ガキン、ガキンと、分厚い鉄同士がぶつかり合う乾いた音が響き渡る。敵の先方はこちらの罠にはまり、その勢いを完全に失っていた。しかし、敵の本体とも呼べる大軍はゆっくりと確実に、こちらに迫ってこようとしていた。

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