第140話 前夜

戦いに備えて、こちらからは多数の見張りを派遣してある。王都に近づくにつれ危険度が跳ね上がる命懸けの仕事だが、彼等も戦場に立つ俺達同様死ぬ覚悟で仕事をしているんだろう。個人間で使える遠話の魔道具など今の所存在しないので、連絡はもっぱら鳥に頼っている。鳥といってもある程度戦闘が出来てスピードが要求されるので、その数は決して多くなかった。飛んできた鳥を中継地で一旦集め、そこから疲れていない別の鳥を飛ばす。そうすれば連絡の遅れや見張りの発見の有無を確認出来るからだ。


そして彼等が集めてくれた情報によって、敵の本体が動き出したことも確認されていた。こちらの狙い通り、大きく四つの部隊に別れて。


「狙い通りですね」

「この場合、スティードが敵の親玉だったことに感謝しないといけませんね」


伝令からもたらされた情報を耳にして、俺とライドが顔を見合わせて苦笑する。散々挑発した後、これ見よがしにこちらが軍を分けたと言う情報を流したものだから、頭に血が上ったスティードは簡単に食らいついたようだ。


こちらに比べて敵は圧倒的に多数だから、本来愚策と言われる戦力分散もあながち間違いと言えないが、今回の相手には俺達勇者パーティーがいるからな。普通の軍隊だと思っている限り付け入る隙はいくらでもある。俺がスティードの立場なら、わざわざ戦力分散などせずに、大軍を直進させて一気にスーフォアの街を落とすだろう。その方が簡単だし、街を守るために分散した俺達は引き返すしかなくなる。それをしないというのは、挑発によって奴の目的が敵の殲滅より、俺達の首を取る事に優先順位が変わったためだ。


俺の部隊は大軍が動きやすい平野に陣取っているから、スティード本人の率いる一軍が向かって来ている。軍の主力である第一騎士団と多数の黒騎士。それだけでなく、翼竜隊とペガサス隊、そして魔法師団の三分の一がこれに含まれるようだ。総数は合わせて一万ほど。十倍の敵と何も無い平野で戦うのは自殺行為なのだが、それぐらいしないとスティードが奥に引っ込む可能性が高いから仕方がない。


スティードはよっぽど俺の挑発が腹に据えかねたのだろう。仲間達の向かう場所には残りの戦力を均等に分配する適当さをみせている。それでもかなりの戦力差なので厳しい戦いには違いないのだが。


決戦場に指定した地点に到着した俺達は、早速陣地の構築に入る。魔法使い達が一斉に土を抉って深い堀を作ると、兵士達が木で出来た組み立て式の柵を地面に打ち込んでいく。簡単な防護柵だが、これだけで騎馬の突進は食い止められるだろう。そして対空用の弩弓やバリスタを、距離を空けながら等間隔で並べる。目標に対する矢の密度は下がるが、これは強力な攻撃で一気に壊滅する可能性を低くするための処置だ。


「時間に余裕はあるから、簡単な砦程度なら作れそうですけどね」

「それはそうですけど、それだと逃げ場もなくなりますから」

「ですね」


ライドさんとうなずき合う。予想される会敵時間は明日の昼前。砦を作って籠城するなら楽に戦えるのは解っている。しかしそれでは四方八方を敵に囲まれ、援軍のない絶望的な戦いになるのが目に見えていた。おまけにこちら側唯一の利点である機動力も殺されてしまうので、籠城案は最初から除外されている。


準備に奔走する周囲の兵をチラリと見る。備蓄用だけでは足りず、街の商人から買い上げたポーションを腰に固定していた。高級ポーションの数は少ないので、彼等の持つ大半は低級ポーションだ。重傷は癒やせないが、軽い裂傷程度なら問題無く癒やせる。


高級ポーションもあるにはあるが、持ち歩く人間は少ないし、軍も支給することが稀だ。何故かと言うと、腕や足を切り飛ばされたり、体に穴が空くような状況なら、ポーションを使う間もなく殺される可能性が高いからだ。仮に与えたところで、痛みでのたうち回る人間が腰のポーションを取りだし、冷静に飲める余裕があるだろうか? 答えは否。よほど精神的にタフな奴か、痛いのが大好きなド変態以外、そんな傷を負った場合大半の人間がパニックになる。だから最初から持つだけ無駄だのだ。


だからそんな薬は後方に集められている。前線で無理にポーションを飲もうとするより、負傷者を引き摺って帰って、後方で回復させた方が確実だから。


そして一般の兵士と違い、少数いる魔法使いや神官は魔力を回復させるマジックポーションを装備していた。彼等の主な仕事は後方からの攻撃や回復なので、体の傷を癒やすポーションは必要ないからだ。


全員ではないが、鎧の上から水を含んだ薄い布を羽織る者も居る。これは炎の魔法に対する簡単な対処法だが、直撃を喰らうとほぼ意味を成さないので実行する者は少ない。陣地構築が終われば戦いに備えての休息だ。こちらが引き連れてきた軍馬やペガサス、翼竜にに餌を与えたり、仲間内で集まって食事を楽しんだり、各自が思い思いに過ごしている。もちろん斥候役の兵士や上空を見張る飛行隊も活動しているから、この開けた大地ならたとえ敵が現れたとしても問題無く戦闘準備が整うだろう。


ライドさんと共に陣地の様子を見て回りながら、兵達の様子も観察してみた。死ぬ確率の方が高いというのに、彼等からは不思議と悲壮感が感じられない。ヤケクソになっているのか、それとも自分は死なないと思い込んでいる楽観主義者なのか、判断に迷った。


「ラピス殿! どうですか、良かったら一杯おごらせてください!」

「おいズルいぞ! ラピス殿! 酒ならこっちの方が美味いですよ!」

「支給品なんだから味なんて全部一緒だろうが!」


陽気に誘う兵士に他の兵士から突っ込みが入り、皆が笑い声を上げる。つられて自然と笑みを浮かべた俺は、誘ってきた兵士に近づくとその手にある木製のカップをヒョイと取り上げ、一気に中身をあおった。


「おお~!」

「いい飲みっぷりだ!」


口の中に広がった生ぬるいエールは、ハッキリ言ってマズい。しかも、兵士達に一時的とは言え戦場での恐怖を忘れさせるために強めの酒だ。もともと酒があまり好きでない俺は一瞬むせ返りそうになったが、我慢して飲み干した後、兵士達に笑顔を向ける。


「ありがとう。美味しかったよ」

「どういたしまして! ラピス殿が口をつけたこのカップ、家宝にして持ち帰ります!」

「……出来れば止めて欲しい」


いきなりの変態発言に若干引きつつ、俺とライドさんは見回りを続行した。手を振る兵士達にいちいち答えながらグルリと陣を回り、それが終わりかけた頃、ライドさんがクツクツと笑い出した。


「どうしました?」

「いえね、みんな思ったより大丈夫そうだとわかったんで。……きっと、覚悟が決まっているんでしょう」


笑みを浮かべながらそう言うライドさんは、どこか寂しさを漂わせていた。ひょっとしたら、さっき兵士達も、彼自身も、自分が生き残るとは考えていないのかも知れない。……無理もない。この戦力差だ。普通なら戦う前に逃げ出すよな。


「大丈夫です」


ライドの前に立ち、俺はそう言い切る。


「俺が勝たせてみせます。スティードを戦場で討ちさえすれば、敵には戦う大義がありませんから、あっさり引くでしょう。そうすれば無駄な犠牲は出なくなる」

「……ですね。ラピス殿がやり遂げてくれるまで、なんとか踏ん張ってみせますよ」


いくら俺の力があったとしても、戦場で味方の犠牲者をゼロにするなんて不可能だ。それを解っているはずなのにライドさんは口に出さない。指揮官が言ってはならない言葉だからだ。だから俺もその部分には触れず、あえて明るく振る舞った。


「明日の戦いが終わったら、この国は元通り平和になりますよ」


不安を押し殺しながら、俺は無責任にもそう言った。

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