第117話 薬の出所

「おい!」


男の一人がそう呼びかけると、残った一人も頷く。すると男達の体から、魔族と同じ瘴気があふれ出した。


「これは……!」

「驚いたか!? これが我等の奥の手だ!」


驚く私を見て勝ち誇ったように言う黒騎士。この技には見覚えがある。以前レブル帝国の勇者バルバロスと戦った時、奴を急激に強くした技と同じ気配がしたのだ。だが、バルバロスは戦闘力の向上と引き換えに、その体を大きく変化させていた。しかし目の前の男達は、瘴気以外これといった変化がないように見える。同じ技ではないのか?


「後悔しても遅いぞ!」

「死ね!」


先ほどとは比べものにならない踏み込みと剣速で、一気にこちらを両断しようとする剣。確かに驚きはしたものの、この程度では私に遠く及ばない。振り下ろされた攻撃を鼻先で躱し、すれ違い様に男の両腕目がけて剣を一閃する。


「が!?」


悲鳴を上げる暇など与えず、そのまま勢いよく男の体に蹴りを入れて吹き飛ばした。怯んだもう一人の攻撃も同じように躱し、こちらも両方の手首から先を切り落とした。


「が――ぎゃああ!」

「う、腕が! 俺の腕が!」


激痛と切断のショックで床を転げ回る男達。そんな男達の転がった腕を一瞥し、私は改めてユリアナの様子を窺った。彼女は目の前で刃傷沙汰が起きたというのに、相変わらず心ここにあらずと言った風に奇声を上げている。よく見ると服は薄汚れたボロだし、ところどころに汚物が付着して酷い有様だ。とても領主の娘とは思えない惨状に、再び怒りが燃え上がった。


暴れる二人組の内、一人の鳩尾に蹴りを叩き込む。男は息も出来なくなったのか、金魚のように口をパクパクさせて悶絶していた。残る一人の髪を掴んで引っ張り上げ、私は殺気の籠もった目で睨み付けた。


「もう一度聞くぞ。彼女はどうしてこんな事になっている? お前達は彼女に何をした?」

「う、腕が……! 痛え……!」

「素直に答えれば治療してやる。答えなければこのまま苦しんで死ぬだけだ。言え。彼女がああなった原因は何だ?」


苦痛に呻きながら尚抵抗を続けようとした男も、圧倒的な実力差を前にしては素直にならざるをえなかった。奥の手を使ってた上で、手も足も出ずに完敗。しかも気分次第でいつ命を奪われるかも知れない状況なのだ。その上で反抗するような気概を男は持っていなかった。


「わ、わかった。話す! 話すから腕を治してくれ!」

「治療は話し終わってからだ」


涙ながらに懇願しても無慈悲に却下され、男は一瞬言葉に詰まる。しかし観念したのか、少しずつ事の経緯を説明し始めた。


政変直後、スティード派は何かと優秀な彼を取り込もうと色々画策したそうだ。金や女、それに利権。欲望に忠実な貴族なら飛びつくであろうその報酬を目にしたグロム伯爵は、それらを全て拒否。のらりくらりと時間を稼いでマグナ兄上の居所を探っていたようだが、その時間稼ぎは調子に乗ったスティード派の怒りを買ってしまった。彼等は城に直接乗り込みグロム伯爵を拘束。そして彼の家族である婦人のミレーユと娘のユリアナを人質にし、自分達の味方をするよう迫ったそうだ。しかし、グロム伯爵はそれでも首を縦に振らなかった。業を煮やしたスティード派は、腹いせ混じりに彼の妻子に対して『実験』を行ったらしい。


「俺達が使っている薬とは別で、体に影響を与えず心だけに作用する洗脳薬だと聞いてたんだ! だが、使ってみたらこの通りだ! ミレーユは意識を失ったまま回復しないし、娘の方は正気を失ったように騒ぎ続けやがる! 鬱陶しいぜ全く!」


瞬間、私は男の顔面を殴り飛ばした。もともと抵抗する力のなかった男はまともに食らい、回転しながら壁に叩きつけられた後ピクリとも動かなくなる。そんな男に冷たい目を向け、私は怒りを抑えるように深く息を吐いた。


自分達で精神を壊しておいて鬱陶しいとは何だ!? しかも相手はこんな子供なのだぞ? コイツらの心には罪悪感というものがないのか? あまりにも自分とかけ離れた考え方を目の当たりにして目眩すらしてくる。心を落ち着かせた後、改めてもう一人の男に話を聞くことにした。


「それで、彼女はもとに戻せるのか?」

「わからないんだ! 俺達は薬を渡されただけで、出所までは知らない! 本当だ!」

「じゃあ、誰から渡されたのかを言え。それぐらいはわかるんだろう?」

「直接渡してきたのは上官だが、その時ボードワン子爵が一緒に居たのを見た!」


ボードワン子爵……? たしか、このグロム伯爵領に隣接している小領主の貴族だったはず。晩餐会で一度見かけた事はあるが、誰に対してもおべんちゃらを使う、小狡い男と言う印象しかないな。しかし、そのような男なら進んでスティード派の味方をするかも知れない。最低限の情報は手に入れたし、もうここに用はないと判断した私は、一刀の下に鉄格子を切り裂いた後、騒ぎ続けるユリアナを気絶させた。


「お、おい! 俺の治療がまだ……!」

「ん? ああ、そう言えばそうだったな」


私が片手をかざした途端、安堵したように男の表情が緩む。しかしその直後、男の顔は恐怖に凍り付くことになった。なぜなら、私の手の平から出たものは治癒魔法などではなく、火炎魔法だったのだから。


「ぎゃあああ! 火! 火が!」

「貴様等を生かしておく必要を感じない。自分の罪を後悔しながら死んでいけ」


全身火だるまになり、バタバタと短くなった手や足を振り回しながら男は悶え苦しんでいたが、その悲鳴も階段の中程までくると次第に弱々しくなり、しばらくすると聞こえなくなった。


両手の中に眠る気を失ったままのユリアナを見て、その痛ましさに思わず眉を寄せた。自分でぶつけたのだろうか? 体のあちこちに打撲や擦過傷があり、乾いた血がところどころに貼り付いたままだ。歯も何本か折れているようだし、剥がれている爪もある。直接虐待されたのか、それとも気が狂って自らを傷つけたのかは不明だが、酷い怪我なのは間違いがなかった。


「ヒール」


ユリアナの体を治癒魔法の光が優しく包む。すると彼女の体はみるみる回復し、もとの愛らしい少女の姿を取り戻していた。


(体の傷は治っても……心までは治せない。私の魔法では解毒まで出来ない)


奴らの使っていた薬がどんな効果を持っているのか、それはこの際どうでも良い。問題は、一度薬で汚染された体の治療が可能かどうかだ。師匠ならあるいは……先に神殿での治療を頼むべきか。連絡の取れなくなった師匠を当てにするより、身近にある神殿を頼るのが最善だろう。しかし――


「それもこれも、グロム伯爵や妻のミレーユ殿を助けてからだ」


ユリアナを連れたままだと、目を覚ました途端に騒がれる危険性もあるが、彼女を外に連れ出す時間的な余裕も無い。


(仕方ない。少し我慢してくれよ)


私は短剣をつなぎ止めるのに使っていた革紐をほどき、ユリアナと自分の体をキツく縛り付けた。少々不格好だが、これならちょっとやそっと暴れたところで振り落とされはしないだろう。ただ、このままいつもの感覚で剣を振ると、後ろのユリアナまで怪我をさせる危険があるので、動きには細心の注意を払う必要がある。


「次はミレーユ殿だな。こっちの地下牢にいないと言うことは……あそこか」


この城に地下牢は一カ所だけだ。となると、貴人を捕らえておく為の場所など限られてくる。城の尖塔――見張りとして使われているあの場所なら、ミレーユが居るかも知れない。まあ、外れていたところで虱潰しにするだけなんだが……。私は背中のユリアナを抱え治し、その場を一気にかけ出した。

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