第115話 怖い笑顔

――ルビアス視点


「はぁ……」


仲間達と別れた私は、何度となくため息を吐きながら城への道を一人歩いていた。別に敵が怖いとか心細いとか言う理由でため息を吐いているわけじゃない。ただ、これから自分がしなければならない仕事を考えて少し憂鬱になっているだけだ。


自分で言うのもなんだが、私はあまり人付き合いが得意ではない。話しかけられれば返事もするが、自分から会話の切っ掛けを振ることが出来ないので、私と話す多くの人は沈黙に耐えきれず、愛想笑いを浮かべて去って行く。


私としては特に威圧しているつもりも咎めているつもりもないのに、王族の――それも姫という立場からかけ離れたイメージを受ける人相が、彼等をそうさせるらしい。


「姫様は常に笑顔を意識なさいませ。それでは殿方が逃げていってしまいます」


幼少の頃から側仕えになったセピアが、時々そんな事を言っていたのを思い出す。もちろん最初は私も人々が望むような姫を演じられるよう、笑顔を意識したものだ。しかしある時、たまたま通りかかった通路の先で侍女達の会話を耳にして、私は女らしく演じる事を諦めた。


「ルビアス様の笑顔は怖い」


それ以来、少なからぬショックを受けた私は迷いを振り切るように剣の修行に没頭し、今現在に至るわけだ。そんな私が今更町娘に扮し、城の兵士や騎士から情報を引き出さなければならないのだから、憂鬱にもなる。


(師匠の手前何も考えずに承諾したが、少し早まったかもしれないな)


いつもよりゆっくりとした歩調ではあったものの、城までの距離が無限にあるわけじゃ無く、私はいつの間にか目的地に辿り着いていた。


街の大通りに面した正門には、頑丈な鉄格子が降ろされている。以前なら誰でも通れるように解放されていたのに、今は何かからの襲撃に怯えるように、その門は固く閉ざされていた。グロム伯爵の城は城と言うより大きな屋敷と言った方が正確なために水堀がない。


なので周囲は高く頑丈な防壁で守られている。


(見張りも増やされている……?)


城の周りには通常の倍以上の兵士が巡回していた。しかし彼等の様子を詳しく観察してみると、ある一つの共通点があった。やる気が感じられないのだ。この街の兵はグロム伯爵と言う人物の配下のためか、末端の兵士に至るまで規律良く行動している印象だったのに、今の様子を見る限り、明らかに手を抜いていると感じられる。これはやはり、グロム伯爵が軟禁されているのが理由なのだろう。


(この状況で城の中に侵入するのは難しいか。なら、兵士に話を聞いた方が手っ取り早いな)


私は一計を案じ、すぐ行動する事にした。物陰に身を隠した後、何度か通り過ぎる兵士達の顔を遠くから観察していく。そして目当ての人物が近くに来たその時、ふらりと前に進み出て、突然その場に座り込んだのだ。


「ん? おい、お嬢さん。大丈夫か?」


目論見通り、巡回の兵士二人組は座り込んだ私の様子が気になったのか、すぐさまこちらに駆け寄ってきた。


「大丈夫? どこか具合でも悪いのか?」

「え、ええ……急に気分が悪くなって……」


そう言いつつ、私は下げていた頭を上げる。その瞬間兵士達の顔が驚きに固まったが、彼等はすんでのところで言葉を飲み込んでくれた。


「少し具合が悪いのです。どこか休める場所に連れて行って貰えませんか?」

「そ、そうか。それは大変だな。なら詰め所で休むと良い。おい」

「は、はい」


そう言うと、兵士達は両脇から私の体を抱え、城の周囲にある詰め所に向かった。形の上では具合の悪い娘を兵士が抱えているのだが、近くによるとそうでないことがよくわかるだろう。何故なら、兵士達の額にはびっしりと脂汗が浮かび、何も喋ろうとしないのだから。


「ここまで来れば大丈夫か……」


兵士詰め所は街の中にいくつもあり、我々がやって来たのはその中の一つだ。ここは普段から様々な兵士や彼等に用のある街の住人が頻繁に出入りするので、具合の悪い町娘を休ませるのは不自然ではない。扉を閉め、人の目がなくなった途端二人いた兵士の片方――年嵩のいった者が口を開いた。


「驚きましたぞルビアス様。まさか貴女様がそのような格好をしているなんて」

「すまないな。他に接触する方法が思いつかなかったのだ」


膝をつこうとした二人を止める。王族相手に直立のまま話すことに二人は戸惑ったようだが、いつ誰が入ってくるか解らない状況だと少しでもリスクを避ける必要がある。


私が彼等を選んだのは、単に顔を覚えていたからだった。城の兵士達とはあまり会話もないのだが、全ての兵士に対してそうではなく、剣の修行などで接点のある兵士とは話すこともある。この二人とはそんな関係だった。


「私がこんな格好をして近づいた理由、何となく察しているんだろう?」

「伯爵様の事で?」

「そうだ」


やはり――と言う風に彼は頷く。彼等兵士のやる気の無さは、見ているだけでその理由が察せられる。いきなり王都からやって来た出自不明な貴族とその配下が、長年この街で善政を敷いていた自分達の主を軟禁したのだ。これで真面目に仕事を――特に私達勇者パーティーの捕縛を行おうと気にはならないだろう。


「単刀直入に聞こう。グロム伯爵は今どんな状態だ? 彼の家族も含めて、出来る限り情報を教えてもらいたい」

「わかりました。他ならぬルビアス様の願いです。私が知っている限りの情報を提供しましょう」


年若い兵士が少し不安そうな顔をするが、彼はそれに対して笑みを浮かべただけだった。もちろん、こんな事がバレたら後でどうなるかわかったものじゃない。彼やその家族に危害が及ぶ可能性もある。しかし今はそんな事を言ってられる状況じゃない。少しでも味方をしてくれそうな人を見つけて、その力に縋るしかない。


「伯爵様はご無事です。ただ、奥様とお嬢様が牢に閉じ込められているそうです」

「!」


牢屋に入れられている? 罪を犯したわけでもないのにか? スティード兄上の指示なのか、それともこの街に乗り込んできた貴族の独断か。いずれにせよ無茶なことをする。


「二人は無事なのか?」

「管轄が違うので私が直接目にしたわけではありませんが、話に聞いたところ随分衰弱しているそうです。食事や水は与えられているようですが、慣れない牢獄暮らしで心身共に疲れ切っていると……」


言いながら、彼は悔しそうに唇を噛む。慕っていた領主の妻と娘なのだ。その心中は察してあまりある。


「伯爵が動かないのは、妻子が人質に取られているからか?」

「そうです。当初は兵を引き連れて解放しようとしたのですが、奴らの連れている黒騎士の力は圧倒的で……。我々では全く歯が立ちませんでした」


この街の兵士は全体的に腕が良いと感じていたのだが、彼等ですら敵わないのか。となると、救出は迅速に、かつ秘密裏に行う必要があるな。私が腕組みしてそんな事を考えていたその時、兵士達は突然その場に跪いた。


「お、おい!?」

「無理を承知でお願い致します。ルビアス様! どうか、我が主とそのご家族をお助けください!」

「助けたくても我等にはその力がないのです! どうかお願いします!」


指名手配されているのが戦う力のない普通の王女なら、そんな頼み事をされたとしても断るしかないだろう。しかし私は違う。まだまだ力及ばないとしても、私は勇者だ。かつて世界を救った師匠の弟子でもある。その私がこの状況を放っておいて良いわけがない。私は彼等に頷き。苦手な笑顔を無理矢理に浮かべる。


「心配しなくてもそのつもりだ。国の現状を見る限り、このまま私が雲隠れをするわけにもいかん。なら覚悟を決めて、立ち上がるしかあるまい。まずは目の前のグロム伯爵から助けよう」

「あ、ありがとうございます!」

「感謝します! ルビアス様!」


口にしてしまった以上、今更後戻りは出来ない。まずはグロム伯爵を縛り付ける鎖――つまり彼の妻子を助ける必要がある。しかしどちらか一方を助けていたら、最悪もう一方が殺害される危険性もある。事は同時に行う必要があった。


「私だけでは手が足りないな。街の様子を見に行った師匠かディエーリアの力を借りなければ」


感謝を述べる彼等に必ず助けると約束し、私は一度街へ戻ることにした。

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