第108話 別行動

――カリン視点


「き、貴様等! 本当に間者なのか!?」


リーダー格の男は焦ったように声を上げながら咄嗟に腰の剣に手を伸ばした。けど、それを抜く余裕を与えるほど今の私達は弱くない。あっと言う間に距離を詰めて首筋に一撃入れると、狼狽える男達をそれぞれ一撃ずつで昏倒させた。


「まったく、よく咄嗟に思いついたわね」

「へへ、たまには私も頭を使わないとね!」


手際の良さに感心しているのか、それとも呆れているのか、シエルがため息をついていた。自他共に認めていることだけど、私はあまり考えるのが得意じゃない。だけどその分直感や咄嗟の思いつきは頭の良いシエルみたいな人を上回っているつもりだ。


「こうなったらのんびりしていられないわ。急いでラピスちゃん達と合流して、服を渡した後は出来るだけ目立つように動いて身を隠しましょう。私達が目立ったら、それだけラピスちゃん達が動きやすくなるわ」

「だね。マリアさん達は三人に任せて、私達は囮役をやろう」

「じゃあ行くわよ。もう人が集まってきてるしね」


その言葉で周囲に目をやると、建物の影や窓の奥からこっちを凝視している人達の数が多いことに気がついた。おまけに恐る恐る近づいてこようとしている兵士や冒険者の姿もあったから、モタモタしてられそうにない。シエルに目配せした後、私達は今来た道を急いで戻っていった。


§ § §


買い出しに向かった二人が慌てて戻ってきたのを出迎えた俺達は、いきなり事態が急変した事実を告げられて呆気にとられてしまった。


「いきなりそんな事になってんの!?」

「まあ、見つかった異常は遅かれ早かれこうなったはずよ。と言うわけだから、後のことはみんなに任せるわ」

「それは良いんだけど……二人で大丈夫?」


俺の問いに、二人は余裕の笑みを浮かべる。


「大丈夫。ちょっと戦ってみたけど、あの程度なら百人いても余裕で切り抜けられるよ」

「そうね。実際カリンが素手で全員叩きのめしちゃったし。いざとなったら私の魔法で飛んで逃げるから問題ないわ」


確かに。今の二人を止めようと思えば、最低でもゴールドランクの冒険者がダース単位で必要になるはずだ。修行前と比べたら別人と言って良いほど腕を上げているしな。


「そうだね……。わかった。じゃあ囮役は二人に任せるよ。出来るだけ目を引いてくれ。あと、出来れば王都の様子も探ってくれると助かる。マグナ王子の居場所がわかれば最高だ」

「マグナ王子の?」


今や敵の本拠地とも言える街の探索と、生死不明となっているマグナ王子の捜索を頼まれると思っていなかったのか、流石に二人は驚いているようだった。


「俺達は出来るだけ正規の手段で情報収集しようと思ってる。だから二人には非合法なやり方での情報収集を頼みたい。たぶんまともなやり方じゃ、マグナ王子は見つけられないと思うから」


彼が身の安全を確保するために地下に潜ったとしたら、まず第一に考えるのは、側に置いておく人間の厳選だと思う。スティード派の奇襲攻撃が成功したのは、彼に従ったという謎の集団の武力もあるだろうけど、恐らく内通者の存在もあったはずだ。一口にスティード派、マグナ派と言っても、その大部分は自分の利益を最も重視している貴族達のはず。ならスティード王子から持ちかけられた報酬に目が眩んで、マグナ王子を裏切った貴族がいても不思議じゃない。一度忠誠を誓って裏切らないなら、彼等は互いの陣営を拡大させようと政治的な駆け引きをする必要がないからだ。


となると、この劣勢の状況でマグナ王子にまだ使えようとする人は、確実に彼を裏切らない人間。それもかなり警戒心の強い人々のはずだ。そんな彼等にマグナ王子の居場所を聞いたところで素直に話すわけがない。なら、少しばかり強引な手段も必要になってくる。


「拷問――とは言わないまでも、少し脅すぐらいで口を割る人間ならいるかも知れない。それか、見つからないように見張って潜伏先をみつけるとかね。方法は二人に任せるよ。連絡方法だけど……」


と、そこまで言って顔を見合わせる。この状況で安全でかつ確実な連絡方法があるだろうか?


「遠話の魔道具が使えれば良いんだけど、あれはグロム様と共に抑えられているだろうからね。取り戻しても相手側がスティード派なら使うのは危険だし、今回は別な方法がいいだろう」

「となると……何があるかしら?」


ディエーリアがかわいく首をかしげると、彼女の金髪がさらりと流れた。俺はそれを目にした時、ふとある人物を思い出していた。金に近い銀髪を無造作に伸ばした、かつての仲間を。


「……あいつに協力して貰おう」

「あいつって?」

「ソルシエールだ」

「!」


俺以外の全員が息をのむ。俺の居場所を作ると言うただそれだけの為に、森の中に幻とも言える街を作った伝説の魔法使い。この時代の魔法使いの間では、まるで神のように崇められているかつての仲間。彼女の治めるあの街なら、誰にも見つかることなく顔を合わせることが出来るし、マリアさん達の安全も確保出来るに違いない。


「……協力してくれるかしら?」

「わからないけど……頼むだけ頼んでみるよ。たぶん大丈夫なはずだ」


ソルシエールを尊敬しているシエルは、軽々しく彼女を頼ることに消極的だった。下手に干渉して機嫌を損ねる事を恐れているのかも知れない。でも俺は内心の不安を隠しつつ、無理に笑いかけてみせる。


「ソルシエールは外のゴタゴタに干渉する気は無いと言ってたけど、困ってる人間を見捨てるほど冷たいやつじゃないよ。こっちから頭を下げて筋を通せば、きっと協力してくれると思う」

「……わかったわ。じゃあ、そっちの交渉はラピスちゃんにお願いする。私とカリンは何か情報を掴んだら、とりあえずあの森の中に向かうことにするわ」

「うん。前回のこともあるし、森にさえ入ればあっちから見つけてくれると思うよ」

「ええ。じゃあカリン、行くわよ」

「了解! 三人とも頑張ってね!」


買ってきたばかりの服を俺達に押し付けた後、カリンとシエルの二人は大通りへと駆け戻っていった。これから貴族の手下相手に大立ち回りをするつもりなんだろう。なら、こっちはこっちで動かないと。


「じゃあ着替えようか。カリン達が目を引いてる内に、まずギルドに向かおう」


俺は三角巾で人目を引く金髪を隠し、町娘風の服に着替えた。すこしうつむき加減で歩けば、あまり目立たないはずだ。ルビアスはいつも束ねている髪をほどき、流れるがままに髪型を変えていた。少し癖のある彼女の髪は軽くウェーブがかかっていて、普通の服を着れば普通の女の子のように見えなくもない。


「なんだか落ち着かない気がします。スカートは滅多に穿かないもので……」


まるで初めて女装する男のような台詞を吐くルビアスに、思わず苦笑してしまった。俺も女になったばかりの頃は、随分足下がスカスカすると不安になった経験があるからだ。ただ、格好こそ普通の町娘だけど、少々眼力が強すぎる気がする。普通の男なら睨み付けられただけでもビビってしまうだろう。


「私は商人……のつもりなんだけど、どう?」


ディエーリアは、体全体を覆うローブと耳まで隠れるターバンを身に着け、目元以外は見えなくなってしまっていた。商人と言うより長距離を移動してきた貧乏な冒険者に見える。でも冒険者を名乗るとカリン達のようにバレる可能性もあるから、ここは商人で押し通してもらおう。


「何を商っている設定でいくの?」

「木材か薬かな? エルフの里特製って事で、取引先を探しに来たって言えば良いんじゃない?」


……良いのかな? まぁ、特に問題もないか。


「うん。ならそれでいこう。じゃあ二人とも、それぞれ目的地を決めようか。俺はこのまま大通りを通ってギルドに行ってみるよ。二人は家と城、その周辺を探ってくれ」

「では、私が城周辺を探ってみます。接触出来そうな人物がいれば話を聞いておきますよ」

「なら私が家の方ね。みんな強いから問題ないと思うけど、安全第一で動きましょ」


三人で顔を見合わせた後、少し時間をずらしながら、それぞれが別の方向へと歩き出した。よし、まずはギルドの様子を見てみよう。

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