第107話 咄嗟の嘘

二人の無事を確認するためには、二人を匿ってくれたギルドに乗り込んで聞いてみるのが一番手っ取り早い。しかしこの状況から考えて、ギルドに監視がついてないと思うほど俺達も脳天気じゃなかった。この面子は既に手配書が回っているから四人で歩けば一発でバレる。となると、どうするか? バラバラに動いて、尚且つ顔バレしないようにしなければならない。


「変装……ですか。正直言って得意ではありません。どんな服装が一般的なのか、あまり知識がないもので……」


一人難しい表情をしているのはルビアスだ。最近グロム様の城を出て生活を始めたとは言っても、生まれた時から他人に世話をしてもらうのが当たり前の王女と言う事もあって、彼女は服装選びにこだわりを持たない。ドレスなどはともかく、一般的な服に関してたぶん俺より知識がないはずだ。


「変装するのは良いんだけど、私も目立っちゃうからすぐバレるかも。なにせこの耳だしね」


ディエーリアは自分の長い耳を指さしながらそう言った。王都ぐらい人口の多い街ならエルフぐらい珍しくないが、このスーフォアの街だとエルフは目立つ。街の住民のほとんどが人間だからだ。


「そっか~。じゃあ、かなり思い切った変装が必要になるかな。ディエーリアはフードをかぶるか、頭に布でも巻いた方が良いかもしれないね。俺とカリンとシエルはそこまでしなくても良いだろうけど」

「あのねラピスちゃん。あなたも目立つ容姿なんだから、思いっきり変えないと駄目だよ」「そうだよ。そんだけ可愛い顔を晒してたらすぐバレちゃうよ」


唐突にシエルとカリンの二人から突っ込まれ、俺は今更ながら自分の容姿に対する他人の評価を思い出した。最近はほとんどなくなったけど、そう言えば街に来た頃、やたらナンパされてたっけ。てことは、俺もディエーリア並の変装が必要になるな。


「とりあえず、服の調達は私とカリンでやってみるから、三人はここで待機してて」

「それは良いけど、二人はそのまま行くの?」


何の変装もしてない状態じゃ危険すぎないか?


「そんなわけないじゃない。ちゃんと着替えるわよ。カリン、脱いで」

「……!? あ、そっか。そう言う事ね」


突然服を脱ぎ始めたシエルに呆気にとられると、何かに気がついたようにカリンも服を脱ぎ始めた。意図がわからず二人を眺めていると、二人はお互いの装備を交換してそれぞれを身に着け始めた。


「なるほど! そう言う事か」

「ああ、単純だけど効果的かもね」

「……頭良いな二人とも」


彼女達がやったのは互いの装備を交換することだけ。でもたったそれだけのことで、そこには緑の髪をした戦士と、茶髪の魔法使いの姿があった。


「ちょっと露出多めだから恥ずかしいけどね……」

「しょうがないよ。あれだけ修行でボロボロになったんだから」


普段ローブで体型が解りづらいシエルは、お腹が見えるようにまで破損したカリンの鎧を身に着けて恥ずかしそうにしている。俺達の装備は過酷な修行の連続で例外なく破損しているからな。でも、考えようによってはこれも変装の一貫だろう。


「じゃあ行ってくるね」

「適当な服を調達してくるわ」

「頼む」


手を振って去って行く二人を見ながら、残された俺達三人は顔を見合わせた。


「大丈夫かな?」

「ま、何かあっても自力で切り抜けるだろ。今の二人をどうこうするには、かなり腕の立つ人間をダース単位で集めないと無理だよ」


それだけあの修行は過酷だった。雑兵がいくら集まったところで無駄だろう。以前と違って、俺は彼女達の実力を完全に信頼していた。


――シエル視点


三人と別れた私とカリンの二人は、顔を隠すこともなく堂々と大通りを歩いていた。服装を変えているのに加えて髪型も縛って変えているので、たとえ知り合いでも一目じゃ気づかないはずだからだ。


「なんか……全体的に元気がない感じだね」

「そうね。スティード派の貴族が幅を利かせてる影響かしら」


街に始めてきた人ならわかりにくいかも知れないけど、ずっとこの街に住んでる私やカリンには今までとの雰囲気の違いがよくわかった。まず、いつも元気に呼び込みをする宿の客引きや、商店の丁稚が大人しい。それら加えて、彼等がサボっていたら容赦なく鉄拳を振るうはずの店の店主が、何も言わずにしかめっ面をしている。大声を出さないようにしている……と言うより、出せない状況なの?


それに通りに並ぶ露店の数もいつもより少なくなっているし、棚に並ぶ商品の数が減っていた。あまり仕入れが上手く行っていないみたいだ。街全体を締め付けて、経済活動が悪くなるように仕向けている? スティード派はこれを意図的にやっているのかしら?


早く何とかしないと、貴族達を追い返した後も大変なことになりそうね。急がなきゃ。


「ごめんください」

「……いらっしゃいませ」


通りにいくつかある服飾店の内の一つに目星をつけて中に入ると、奥から現れた店主の覇気のない声が迎えてくれた。


「何かご入り用で? 冒険者の方ならおすすめのローブがありますが」

「そうね。ええと……普段着を五人分と頭が隠せるような帽子を二つ欲しいの。体型は私を基準にしてもらって良いわ。予算はこれだけで」


時間のある時なら自分でゆっくり選びたいけど、今はそんな時間の余裕が無い。プロの目でいくつか選んでもらった方が手っ取り早い。私は懐から金貨を一枚取り出して、店主の前に差し出した。


「わかりました。ではいくつか見繕ってみましょう」


そう言うと、店主は私の体を頭のてっぺんから足のつま先までゆっくりと観察し始めた。別にいやらしい意図で向けられた視線じゃないと解ってはいるものの、やっぱり他人にジロジロと見られるのは苦手だ。やがて店主は「ふむ」と一声漏らすと、棚に畳んである服をいくつか引っ張り出してきた。


「これなんかいかがでしょう?」


並べられたのは街に住む一般的な若い女性が普段着にしている服ばかりだった。それと冒険者がよく使うローブに、少し埃を被った革の帽子に三角巾。装備屋じゃないので帽子の方は期待していなかったんだけど、どこかから引っ張り出してきてくれたみたいだ。


「こちらの服でしたらお客様の体型にピッタリでしょう。それとこちらのローブ。見た目は安物ですが作りはしっかりしているので、外で寝袋代わりに使っても破けませんよ。そしてこの革の帽子ですが、深く被れば顔の半分ぐらいまで被ることが出来ます。頑丈ですし、防具としてもそこそこ使えるはずです。三角巾は大きめですので、頭に乗せれば全体的に覆るでしょう。これ全部で金貨一枚と銀貨が三枚と言いたいところですが、金貨一枚に負けておきましょう」

「……ありがとう」


恩義背がましい発言に思わず鼻を鳴らしそうになった。何が金貨一枚だか。本当ならもっと安いはず。私の見立てじゃ、これ全部でも銀貨八枚半てところよ。でも交渉するのも面倒くさい。さっさと帰らないと。私は用意していた金貨を店主に握らせ、カリンに目配せした。


「じゃあこれで失礼するわ。カリン」

「わかった」


買ったばかりの服をカリンと二人で手に取り店を後にした私達は、そのまま今来た道を引き返し始めた。これで全員分の服が用意出来た。後は何の問題もなく、無事に合流すればいいだけだ――と思った途端、前方からあまり見かけない集団が歩いてくるのが見えた。


そいつらは身なりこそそこそこ整っているものの、醸し出す雰囲気からゴロツキを連想させた。六人ほどが一塊になって歩き、周囲を威嚇しながら我が物顔で大通りを歩いている。彼等に視線を向けられた人はサッと顔を伏せ、因縁をつけられないように我先にと距離を取っている。なるほど、あれが街に乗り込んできた貴族達――か、その手下ってところね。


「……カリン、わかってるわね?」

「もちろん。あの挙動から見て、大した腕前じゃなさそうだしね。一分もあれば全滅させられるよ。ぶちのめしてくる」

「じゃなくて! 手を出すなっていってるのよ!」


嬉々として拳を握りしめたカリンの肩を慌てて掴む。頭が痛くなってきた。前から考えの足りない子だったけど、修行を終えてから更に好戦的になってる気がする。ここは私がしっかりと手綱をにぎらないと……。


「暴れて済むならとっくにやってるってば。まずは相手の出方を見るのよ。マリアさん親子やセピアさんの安全を先に確保しないと。それにグロム伯爵も助け出した方がいいわ。だから今暴れるのは我慢よ」

「そっか~。じゃあしょうがないね」

「おいソコ! 何をこそこそ喋ってる!」


私達のやり取りが目についたのか、例の集団の一人が大きな声を出しながら大股で近づいてきた。この身のこなし……本当に大したこと無いわね。私でも簡単に取り押さえられそうだわ。男は集団のリーダー格なのか、他の連中はゾロゾロと後に付いて来ている。


「いえ別に何も。今夜の宿をどうしようかと話していただけですよ」

「宿だと……? ふむ」


男はいやらしい目で私の体をなめ回すように眺め始めた。途端にゾワッと鳥肌が立つ。さっきの店主と違い、男の目は自分の欲望を隠そうともしていない。きっと頭の中で良からぬ事を考えているはずだ。


「お前達、冒険者か?」

「ええ。そうですよ? それが何か?」

「本当に冒険者か? 名前は?」

「――マリーです。こっちはシェリー」


咄嗟に自分の名前を答えそうになり、一瞬言葉が出てこなかった。でも男はその隙を見逃さなかったみたいで、目つきを鋭くする。


「マリーにシェリー……ね。ランクは?」

「シルバーです。二人とも」

「ほう、そこそこ腕が立つようだな」


感心したように男は言う。しかしそれで質問を終わらせる気は無かったみたいだ。


「ではプレートを確認させてもらおう。出せ」

「え」


プレート……そこまで用意してないわよ! 私達が持ってるのはゴールドのプレートだけ。そんなのを出したらすぐに嘘だとバレてしまう。


「どうした? 出せないのか?」

「ええと……どこにやったかな? このへんにしまったはずなんだけど……」


探す振りをして懐をゴソゴソやって時間を稼いでも、焦るばかりで良い考えが思いつかない。ヤバい。これ、詰んだかも知れない。


「怪しいな。無くせば高額の罰金を取られるプレートを紛失した? お前達、本当に冒険者か? 他国の間者じゃないだろうな?」

「まさか……。そんなはずないですよ」

「いや怪しい。俺達が直々に調べてやるから、ちょっと詰め所まで来い」


脂汗が浮かぶ私の肩に男の手が掛かる。マズいな……このままじゃ――と思った次の瞬間、私に手をかけていた男が派手に吹っ飛んだ。


「な!?」

「貴様! 何をする!」


そこには拳を振り抜いて自信満々のカリンが立っていた。彼女は振り返ってニッコリ笑うと、信じられない事を言い出した。


「マリー。私達が間者だって、なんかバレちゃったみたいね。しょうがないからコイツらぶちのめして逃げようよ」


マリーに間者って……。一瞬混乱しそうになった私はハッとした。男のでっち上げに乗っかろうというの? ルビアスやグロム伯爵に疑惑の目を向けない苦肉の策だけど、咄嗟の思いつきにしては上出来よ!


「……そうね。あなたがそう言うなら覚悟を決めましょうか。行くわよシェリー!」


私は使い慣れない剣を引き抜き、カリンと共に男達へと駆けだした。

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