第82話 王の側

――ルビアス視点



目的の魔族が何処に居るかは把握している。ディエーリアが始末に向かった一人は下級のメイドが普段待機している詰め所にいるはずだし、私が相手にする魔族は王の近くに待機しているはずだ。先触れも面会の申し込みも無く王の近くに向かうのだから、当然駆けてくる私を目にした騎士達は制止しようと動きを見せる。しかし私は足を止めるどころか逆に加速して、すれ違い様に三人の騎士を素手の一撃で昏倒せしめた。何が起こったのか解らないまま、声も上げずに崩れ落ちる騎士達。自分でも呆れるほどの手際の良さだ。それもこれも、師匠による訓練の賜物だろう。


最初の三人を倒したからと言ってそれで終わりでは無い。近衛騎士――その中でも王の側に仕える親衛隊は腕も立つし、数もそこそこ揃っているはずだ。それはボルドール王国のような大国でも、このストローム王国のような小国でも変わりが無い。今は不意を突いたから素手でも倒せたが、次からはそう上手くいかないはずだ。


「止まれ! それ以上進むと勇者殿とて容赦はせん!」


一塊になっていると魔法による奇襲で全滅するので、王の護衛を務める者達は等間隔で距離を開けている。自分達の同僚が突然倒された彼等は、抜刀して私を阻止する構えを見せた。それと同時に騎士の一人が笛を吹き、異変が起きた事を周囲に知らせた。


いくら先を急ぐからと言っても、彼等を斬り殺すわけにはいかない。しかし、多少の怪我ぐらいは我慢してもらおう。私は腰から剣を引き抜くと、先頭で剣を構える騎士に思い切り叩きつけた。


「うおおっ!?」


私の一撃を受けた騎士は受けた剣ごと吹き飛ばされ、背後にいた騎士を何名か巻き込みながら倒れ込む。ひょっとしたら力で押さえ込めると思っていたのかも知れないが、仮にも勇者の一撃がそれ程軟弱なわけが無く、私は再び道を空ける事に成功した。


「ま、待て!」

「くそ! 早くどけ!」

「あ、足が絡まって……!」


何やら後ろで騒がしいが、それを気にしている余裕は無い。なぜなら私の前には更に大人数の騎士達が姿を現したからだ。もはや警告も無駄と思ったのだろう。彼等は無言で剣を抜き、その背後では魔法使いが詠唱を開始している。だが私は慌てず騒がず、一瞬で魔力を練り上げた後自分の背後で魔法を発動させた。


「光よ!」

「うわあっ!?」

「くっ!? 目くらましか!」

「ち、ちくしょう! こんなつまらない手で!」


狭い廊下を一瞬で白く染め上げる光の魔法。夜の闇の中、蝋燭と窓から差し込む月明かりだけという頼りない光量に慣れた目は、私の魔法で視界が真っ白に染まった事だろう。全員が自分の目を押さえて苦しんでいる。何名かは駆け抜ける私の気配を頼りに向かって来たが、ひらりと躱されて仲間を組み伏せる結果になっていた。


「捕まえたぞ!」

「絶対に逃がさない!」

「ば、馬鹿! 俺だ!」

「俺は味方だー!」


混乱する彼等の頭上を飛び越え、その肩や頭を足場にしながら更に加速していく。彼等が守る王の部屋はすぐそこだ。私が暗殺者ならここで一気にドアを蹴破り、中で眠る王の体に剣を突き立てた事だろうが、生憎狙いはそこじゃない。私は彼等が必死で守ろうとした部屋の前をそのまま通り過ぎ、近くにあった少しみすぼらしいドアを力強く蹴破った。するとそこには目的の人物――メイド服に身を包んだ魔族が立っていたのだ。街を覆う神聖魔法の影響なのか、その姿は一目で魔族とわかるものに変化していた。着ている服はメイド服だが、頭部からは誤魔化しようも無い一本の角が生えている。そして体から溢れ出る邪悪な気配。これで人間と言い張るには無理がある状況だった。奴は驚愕の表情で飛び込んできた私を見ていたが、それだけで全ての事情を察したのだろう。悔しげに顔を歪めている。


「……勇者ルビアス! そうか、何もかもお前の仕業か!」


もう隠す必要がなくなったためか、魔族は強烈な殺気を私に叩きつけてきた。それだけでコイツの腕が並々ならぬものだと判断出来る。昔の私なら為す術も無く倒されていただろう。しかし――と、私は気合いを入れ直す。厳しい訓練や強敵達との戦いは、私の実力を飛躍的に上昇させてくれていたのだ。今更こんな魔族程度の殺気では小揺るぎもしない。私は持っていた剣の切っ先を真っ直ぐ魔族に突きつけて、お返しとばかりに殺気を放った。


「正体を現したな魔族め。貴様等の悪巧みなど、我々が必ず阻止してみせる。覚悟するんだな」

「ほざけ! この程度の神聖魔法で有利になったつもりか!? 愚か者が! 魔族の力をその身で確かめ、後悔しながら死ぬが良い!」


爆発的な勢いで魔族が飛び込んでくる。しかし私は敢えて受けずに、後方へと飛んで部屋の外へと退避した。追撃を放とうと追いすがる魔族の攻撃を躱しながら、少しずつ王の部屋へと誘導する。すると当然、私を追いかけてきた騎士達と鉢合わせする形になった。


「な! ま、魔族!?」

「これは一体……」

「ルビアス殿! これはどう言う事だ!」


事態が飲み込めずに混乱する騎士達。そこで初めて私は魔族の振り回す短剣を受け止めた。すかさず魔族の足に向けて蹴りを放つ。つま先に鉄芯を仕込んだブーツはそれだけで驚異だ。まともに当たれば骨ぐらいは簡単に砕ける。舌打ちしながら飛び退く魔族に、すかさず剣の一撃をお見舞いしようとしたが、それは奴の肩を少し掠めただけだった。


師匠から教わった勝つための戦闘方法は、私の常識を根底から覆すものばかりだった。騎士同士の正々堂々した剣のみの戦い――それは見る者にある種の感動すら与える素晴らしいものだが、こと殺し合いと言う一点に置いては、あまり有効では無いと言い切れる。理由は単純。型にこだわるあまり、予測しない攻撃にはとことん弱いためだ。ところが冒険者や傭兵はまるで違う。彼等は生き残るためなら何でもするし、使える者は道に落ちている小石だって使う。誰に教わるわけでも無く、彼等は自然とそんな戦い方が身につくのだ。格好をつけていては生き残れない生活だからだ。


城に住んでいた当時の私なら、そんな違いにも気づかず、こんな魔族にすら敗れていたに違いない。しかし今の私は違う。自分の持つありとあらゆる能力を、勝つと言うシンプルな目標に絞るために、ためらいなく行使する覚悟があるし、そのための環境作りに余念が無い。だから狭く人目のつかない部屋からわざと飛び出し、味方になる騎士達の元へと誘導したのだ。


「コイツは王族の命を狙って潜入していた魔族だ! 城の中には後一人魔族が潜んでいる! 街の各所にも潜み、私の仲間が討伐へ向かっているはずだ! 諸君等はすぐに援軍を差し向けてくれ!」


さっき自分達を蹴散らした者にそう指示されて、一瞬彼等はどうして良いか悩んだようだが、すぐに気を取り直して駆けだしていった。


「すぐ兵達を街に向かわせる! 貴様等はルビアス殿の援護をして王をお守りせよ!」

「承知!」

「我々はもう一人の魔族に向かう! ここは頼んだぞ!」


流石に近衛騎士だけあって判断が的確だ。ここで魔族ごと敵認定されては目も当てられなかったが、そこまで頭の固い連中じゃ無くて助かった。形勢不利と悟った魔族の判断は速かった。我々には目もくれず、手近な窓に駆け寄ると足を止める事無く走り寄り、剣の一戦で粉々に砕いてしまった。


「ここは引かせてもらうわ! でも覚えておきなさい! 次は必ず殺すから!」

「いや、残念だがお前に次は無い」

「え――?」


驚いた顔の魔族が反応するより早く、私の振り抜いた剣は奴の体を両断していた。奴が宙に身を乗り出した瞬間、それを上回る速度で外に飛び出した私の攻撃に、奴は完全に不意を突かれた格好になった。これぞ修行により新たに授かった力。縮地だ。自らの筋力を限界まで強化し、普通ではあり得ない距離を一瞬に詰め寄る技。師匠は強化無しで使えるようだが、私は魔力による身体強化でようやく使えるようになっていた。もっとも、ソルシエール様ほどの大魔導士になると本当に瞬間移動が出来るそうだが。


三階から空中に飛び出して流石に恐怖を感じる。しかし冷静に体勢を立て直すと、私は難なく地上へと着地した。そして少し遅れて、私の横に二つの塊――上半身と下半身に分離した、魔族の死体が落ちてくる。一瞬の出来事で呆然としていた騎士達は、慌てて窓から引っ込んで姿を消した。たぶん死体の回収か他の援軍に向かったのだろう。しかし――


「やれやれ。実戦で上手く言って良かった。今の所、成功率は三割未満だったからな」


縮地は魔力の制御が難しく、失敗すると筋肉を激しく痛める事になってしまう。重度の筋肉痛に似た状態に陥ってしまうので、なるべくなら使いたくは無かったのだが、あの状況では使う以外の選択肢がなかった。


ここで魔族を逃せば作戦の失敗を意味する。再び奴等が現れた時、潜伏もせずに奇襲してくる可能性が高かったので、一人も逃がすわけにはいかないのだ。


しかし何とか目の前の魔族は始末出来た。後は仲間達を信じて、作戦全体の成功を祈るほか無い。大騒ぎしながら駆け回る騎士達を見上げて、私は大きく息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る