第三章
第11話
「これが例の広告か?」
放課後。
ソフィアとエレナが合流するのを待って、三人で件の広告と対面していた。ソフィアのスマートフォンに映し出された広告は画面下部に小さく表示されている典型的なもので、そこに書かれている内容は一言だけなのにどこか異質さを秘めていた。
「新しい世界を見てみませんか?――なんというか、すごく怪しい広告だな」
かれこれ十五年ほどはこの世界に住んでいるが、ここまで露骨に怪しい広告はなかなかない。
「こんなに怪しいと、誰も広告の中身なんて見たりしないんじゃないか?」
もっともな意見である。少なくとも勇人自身は見ようとは思わない。
「逆だ、腐れ勇者。その怪しすぎるゆえに一部の人間が面白半分で見ているらしい」
「確かユーチューバーとか言ったかしら?」
慣れない横文字にソフィアは片言になる。勇人も彼らのことはいちおう知っていた。ネタになりそうなものを見つけては撮影し、それを動画という形にして世の中に発信している人たちだ。彼らからしてみれば、こんな露骨に怪しい広告はある意味で良いネタになっていたのかもしれない。
「その動画を見た人たちにも被害が及んでいる可能性があるってことか」
しかも、動画という性質上ネットに残りやすい。インターネットが普及しているこの世界では、見ないようにするほうがむしろ難しいかもしれない。
「そうね。これだけ大勢となると、かなり強力な呪術かもしれないわね」
多くの人を巻き込んでなにを企んでいるのだろうか。それにしても、ネットという媒体を通じて呪いを撒き散らしているとは思わなかった。首謀者はかなりこの世界のインターネット環境の活用方法をよく理解しているようだ。
「広告が実際にどんなものか見てみたのか?」
自分よりも先にその存在を知っていたソフィアに問う。首謀者もその目的も分かっていない今、唯一の手掛かりは呪術の仕込まれている広告だ。
「いえ、まだよ。どれだけ強力か未知数だし、迂闊には手が出せないと思って、三人で集まれるときまで待っていたのよ」
確かに下手に手を出してこちらが壊滅してしまっては元も子もない。先日仲の良さそうだったふたりのお見舞いに行ったときは怒りを滲ませていたソフィアだったが、そこはさすがは女帝と言うべきか。感情に身を任せることはしなかったようだ。
「女帝様は貴様とは違って、思慮深いお方なのだ」
相変わらず自分のことでもないのに得意げなエレナのことは置いておいて、勇人は話を先に進める。
「だったら、今は三人いるんだし見てみようぜ」
タイミングを待って保留していたというのなら、三人が揃った以上は確かめない手はない。
「勇人が確認するの?」
「別に俺じゃなくても構わないが、いざというときにソフィアは動ける状態のほうがいいと思うぞ」
三人の中で一番実力があるのはソフィアだ。ソフィアなら呪術の心得もあるだろうし、もし勇人が呪術を受けてしまっても対処のしようがある。
「無理はしないでよ」
「分かってる。異常を感じたらすぐに離れるさ」
ソフィアがいるとはいえ、現時点ではどれだけ強力な呪術が仕込まれているか分からない。勇人としても無計画で申し出たわけではなく、それなり警戒はするつもりである。
(鬼が出るか蛇が出るか……)
少しだけ冷や汗が頬を伝う。自ら志願したとはいえ、すでに何千人にという人数を手にかけている呪術だ。緊張しないわけがない。
スマートフォンの画面に浮かぶ広告を勇人は指で押す。数秒の読み込みが入ったあと、ついに件の広告が画面に表示された。
その瞬間、勇人は気を失った。
勇人が次に意識を取り戻したのは茫洋とした感覚の中でだった。ふわふわとした感覚で現実感が希薄だ。これが夢なのか現実なのか判然としない。
(ここは……?)
目覚めてすぐに違和感があった。さきほどまで旧校舎の一室にいたはずなのに、今は違う場所にいる。どこかの廃墟のような印象を受ける。少なくとも、ここがさきほどまでいた場所とは全く異なる場所というのは間違いないようだ。
(どうなってるんだ……)
いったいどんな肉体や精神への負担がくるのかと身構えていたが、この状況は全く以て予想外だった。さすがに元の世界に戻ってきたと思うのは都合良く考えすぎか。
「久しぶりだな」
困惑している勇人の耳朶に人の声が飛び込んでくる。驚いて声のするほうを振り向くと、そこに誰かが立っていた。姿に見覚えはないし、ここで会う初めての人のはずなのに、初対面ではないような気がしているのはなぜか。
「誰だ?」
警戒気味に勇人は問う。ここが何千人という人間を巻き込んでいる呪術の中であることを忘れてはならない。いざというときのためにいつでも聖剣を顕現できるようにしておく。遭遇する存在がまともであるという保証はないのだ。
「誰だとは冷たいねぇ。まあ、分からないならそれでいいぜ」
都合がいいと言わんばかりに不詳の存在は厭らしく笑う。こんな非道な呪術を仕込むような奴だ。名を知られたくはないのだろう。勇人の警戒感は上がるばかりである。
「そんなに警戒しなくてもなにもしねぇよ。……今はな」
勇人を嘲笑するように不穏な含みを持たせて不詳の存在は語る。ただ向こうが久しぶりと言った以上、どこで相見えていることは確かだ。そう思って考えてみると、ふと思い当たる節があった。
「……まさか、ゲルギオスか?」
いつぞや電車の中で頭の片隅を掠めた存在。かつてアルカディアで七大王に比肩する能力を有していたが、謀反を起こし、同族の悪魔からもその存在を危険視されていた大悪魔だ。もう決して相見えることなどないと本気でそう思っていた。
「さて、どうだろうな?」
不詳の存在は肯定も否定もしない。実際、勇人もソフィアもこの世界に転生して、容姿を大きく変えている。見た目での判断はほぼ不可能に近い。
「ここはどこだ? なにが目的なんだ?」
ここで目の前の存在について論じても無駄と判断した勇人は、少しでも情報を引き出すために対話する。相手の正体がなんであれ、それは目的を追求していけばおのずと明らかになることだ。
「他の奴らと同じようにお前の意識を支配した。まあ、自我がある時点でさすがは七大王のひとりと言うべきだな」
「支配だと?」
気になる単語である。掘り下げていけば、解決の糸口が掴めるかもしれない。
「そう。少しばかり試したいことがあってな」
「無関係の人もこうして巻き込んでいるのか!」
己の正義に障る発言に勇人は声を荒げる。
「無関係? 悪いが、この世界に無関係の人間なんて誰ひとりいねぇんだよ」
悪魔のように冷え切った声で不詳の存在は吐き捨てる。
「こんな非道なことをして、いったいなにが目的だ?」
あの大悪魔が意味もなく、何千人という人間を巻き込むとは思えない。そこにはきっと危険な目的があるはずだ。それを聞き出さなくてはならない。
「それは自分たちで考えることだな。そっちには地頭が良い奴が三人もいるんだ。せいぜい頭を捻ることだな」
「待て! まだ話は」
踵を返して去っていこうとする不詳の存在を勇人は呼び止める。
「さすがは七大王のひとりと言うべきだな。お前の意識を留めておくのはこのくらいが限界のようだ」
意識が再び朦朧としてくる。まだ聞きたいこと、知りたいことが山ほどあるのに身体がうまく動かない。呂律が回らない。
「ま、て……ゲルギ――」
ぷつりと糸が切れたようにそこで勇人の意識は再び深い闇に落ちた。
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