第10話
『続いてのニュースです』
朝も暑くなってきた頃。
いつものように勇人が学校に向かう前に朝食を食べていると、父親が付けっぱなしで出掛けていったテレビから原稿を読み上げるニュースキャスターの声が聞こえてきた。いつもどおり聞き流そうとしていたが、次に聞こえてきたニュース内容が朝食に向けられていた勇人の視線をテレビに釘付けにした。
『全国で相次いでいる未知の睡眠障害について、政府は非常事態宣言の発令を決定しました。引き続き世界保健機関と連携を取り、事態の早期解決と原因究明に――』
ニュースキャスターが原稿を読み上げている途中で勇人のスマートフォンが震えた。意識がそちらに流れ、画面を確認する。なんとなくそんな気がしていたように果たしてソフィアからだった。しかも、メールではなく着信だ。緊急性が窺えた。
『勇人、今朝のニュース見た?』
「ちょうど流れてる」
通話を開始した途端のソフィアの切迫した声。先日、橋で互いの考えを話して以来、勇人はソフィアと会話をせず今日まで過ごしていた。別に嫌いなったとかではないのだが、時間を欲しい言われた手前、どのタイミングで話しかけていいか分からなかったのだ。ゆえに声を聞くのは久しぶりだ。
『なら話は早いわ。今から出られる?』
「どこかに行くのか?」
『少し……病院にね』
少しだけ憚るように言うソフィア。さきほどニュースで流れていた内容が蘇る。これ以上は言わせるべきでないと判断し勇人は端的に答える。
「分かった。すぐに出る。行き先は追って連絡してくれ」
『助かるわ。それじゃあとで落ち合いましょう』
それきり電話は切れる。もうソフィアの声は聞こえない。
勇人は残った朝食を手早く喉の奥に押し込んで食器を片付ける。そのままの流れで制服を着て身支度を調える。
「病院……か。身内か知り合いか。いずれにしても望ましくないな」
病院に行くと言っていた以上、なにかしらの繋がりのある人物であることは間違いないだろう。直接自分と関係あることではないにしても、やはり気分のいいものではない。
「ソフィアのやつ、大丈夫だろうか」
つい先日、橋で会話をしたときも少しばかり精神面で陰りが見えていた。どちらの世界にいるべきか悩んでいるところにこの状況だ。敵対していた間柄とはいえ、あんな顔を見せられて心配するなというほうが無理だ。
戸締まりを確認したあと、勇人は足早に歩き出した。
メールで指定された場所で勇人はソフィアと合流し、その足でソフィアに連れていかれるまま病院に向かった。病室に通され、その先にあった光景に勇人は言葉が出なかった。病室ではふたりの女の子がベッドに横たわっていた。まるで寝ているかのように静かに。
しかし、本来あるべきものがない。寝息がないのだ。それなのに心拍に異常はなく、それが余計に医師たちを混乱させていた。
そんな現状を目の当たりにしたあと、勇人とソフィアは学校があるため、来た道を戻っていた。
「医者曰く、生きてはいるみたい」
道すがら話題になるのはやはり先のことだ。
「にしては、浮かない顔だな」
一瞬だけ安堵したような表情を見せたソフィアだったが、その表情はすぐに霧散し暗澹とした顔になる。
「これまでに類を見ない症状……。しかも、これがあちこちで偶然に起きたなんてこと、あるわけない」
怒りの感情が言葉の端々に感じられる。ソフィアの所見については勇人も同意できるところがあった。さきほどのふたりに限った症状であれば偶然と言えるかもしれない。だが、それが全国で同時多発的に起きたとなれば話は変わる。
「……なにかが動き出した、とみるべきだと思うか?」
ソフィアは首肯する。おそらく同じ結論に行き着いているのだろう。
「あたしたち以外の強力な能力を持つ何者が仕組んだとしか思えないわ」
ずっと頭の片隅で恐れたいた事態がついに現実になってしまった。ひとり、ふたりならまだしも、全国でそれも同時多発的になんらかの能力で何人も眠らせているとしたら、それ相応の能力の持ち主であることは間違いない。
「七大王の誰かか、あるいは……」
これだけの大掛かりなことができる存在としてまず思い付くのは七大王だろう。彼らの実力だけでなく、多芸さはアルカディアで嫌というほど味わった。
「具体的に誰かまではまだ想像の域を出ないけど、少なくともあたしたちに準ずるか、それ以上に強い奴だと思うわ」
ソフィアは久しぶりに女帝らしい怜悧な表情を見せる。
「……勇人、この前、あたしは自分がどうしたいか分からないって言ったのは覚えてるわよね。その答えはまだ出てない。でも、その答えを出す前にやることができた」
そこでソフィアはいったん言葉を切って、そして身を引き締めるように息を吸う。
「このままふたりを見て見ぬ振りなんて、あたしにはできない。もし、あたしたちと同じ世界にいた奴らがなにかを企んでいるのなら、それは止めないといけない」
今はまだ国内だけの被害のようだが、いつ全世界に波及するか分からない。
「だから……だから、勇人。あたしに協力してほしいの。お願いできる義理も、立場もないことは分かってる。それでも……お願い、力を貸して」
ソフィアは立ち止まって深々と頭を下げた。道行く人々は何事かとこちらを通り過ぎながら見ている。とりあえず、これでは目立ちすぎるのでソフィアに頭を上げさせる。
「……分かった。俺も力を貸すよ」
「本当!?」
「もし、俺たちと同じ世界の連中が悪事を企てているんなら、それを止められるのは俺たちくらいだからな」
ソフィアの言うとおり、互いに協力し合えるような立場ではない。しかし、それはアルカディアで限った話であり、現在は一時的とはいえ休戦状態だ。それにアルカディアで起きていたことの数々はこの世界にとってはなんら関係のないことだ。
「向こうの争いをこの世界で繰り広げるわけにはいかないし、元の世界に戻る方法が見つかったとしても、この世界の問題を無視してまで帰るわけにはいかない」
この世界にはこの世界の平和がある。それが今脅かされつつあるのだ。アルカディアで勇者として行動してきた勇人もそれを見過ごすことはできない。
「目星を付けるにしても、まずは取っ掛かりが必要だが、それはどうするんだ?」
「それについては大丈夫。実はネットで妙な広告が話題になってるみたいなの」
「妙な広告?」
その情報は初耳だ。
「たまたまエレナが見つけたみたいなんだけど……」
そこまで言いかけたところで、いつの間にか正門の目前まで来ていた。
「続きは放課後だな」
「そうね。それまでに少しでも今ある情報を整理しておくわ」
本当は学校をサボって今すぐにでも調査に乗り出したいふたりではあるが、それはそれで両親に迷惑をかけてしまう。それに首謀者も嗅ぎ回られていると知れば、行方をくらましてしまかもしれない。あくまで一学生を装って調べたほうが色々と都合がいいだろう。
「それじゃまた放課後に」
そう言って、ソフィアは一足先に学校の敷地内を進んでいく。行く先は中等部用の昇降口だ。
勇人も遅れて高等部用の昇降口に向かう。少しずつなにかが侵食し始めたことを感じる勇人だった。
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