勇者と魔王の現代転生(リスタート)
moai
プロローグ
プロローグ
深い深い谷の奥底に禍々しくも荘厳な魔城はあった。濃い霧に覆われながら佇むその居住まいは見る者に言い知れぬ恐怖を抱かせる。
「女帝様」
その魔城の最奥。禍々しい赤黒い魔法陣の中央に位置する玉座に女帝と呼ばれた魔王の姿があった。見る者を性の傀儡にする流れるようなプロポーション。蠱惑的な微笑を湛える端正な顔立ちは幾多の挑戦者たちを魅了し、物言わぬ骸へと変えていった。
「もうすぐ世界は我ら魔族の手中に落ちるのですね」
側近の悪魔が待ちきれないというように訊いてくる。嬉々として話すその様はまさしく魔族らしくあった。
「ええ、そうですね……。ひとつだけ訊いてもいいですか?」
「なんでしょうか?」
側近は女帝からの直々の問いに居住まいを正した。
「どうして我々は争わないといけないのでしょう……」
いまいち要領を得ない問いに側近は困惑した視線を返す。それは問いというよりも願望のようでもあったからだ。
「どこかお身体でも悪いのですか?」
側近が逆に心配気味に聞き返す。七大王(セブンス・クラウン)の一角にして、精霊王、祖龍すら退けた稀代にして最強の魔王である女帝がそんな世迷い言を口にするのが不思議でならなかったからだ。
「そういうわけでは……。すみません、決戦前に変なことを口走ってしまいましたね」
曖昧な笑みを浮かべて謝る女帝に悪魔は畏れ多いというようにひれ伏す。
「女帝様! 勇者が間もなくこちらへ!」
鬼気迫る表情でやってきた別の悪魔は女帝の前で傅く。その悪魔の一言によって城内は一気に緊張感で包まれる。
勇者――人間でありながら魔族や竜などといった人外の存在に匹敵する魔素量を持つ人間を指す。この魔城に向かっている勇者は女帝と同じ七大王の一角であり、過去の勇者と比肩しても類を見ないほど優れた才覚を持っていた。人間でありながら七大王に名を連ねることはこれまで歴史ではあり得ないことだった。その歴史を塗り替えたのが今向かってきている勇者なのだ。ゆえに今一番に警戒すべき存在なのである。
「皆さん、ついにこのときがやってきました」
城内にいる全ての魔族に呼びかけるように女帝は声高に宣言する。
「まもなく、雌雄を決する戦いが始まります。どちらが七大王の中で世界を統治するのに相応しいのか。勇者と魔王、古より続く長い戦いの歴史に終止符が打たれようとしています」
ざわめきが増して、城内のボルテージは徐々に高まっていく。
「世界を統治するのはどちらが相応しいか、私はそれが魔族であると考えます」
魔王の歴史は戦いの歴史だ。魔王の傍にはいつも戦いが付きまとっていた。だから、魔王である以上戦いから逃れることはできない。
「――魔族に勝利を」
「魔族に勝利を!」
魔族たちの士気は最高潮に達し、女帝の言葉を何度も繰り返す。
「それでは皆さん、配置についてください」
女帝の言葉を以て、勇者と魔族の戦いは幕を開ける。各々が各々の配置につき、宿敵である勇者を迎え撃つ。
「……ふぅ」
「どうかなさいましたか?」
おもむろに玉座についた女帝が物憂げにその端正な顔をうつむかせるのを見て、側近の悪魔はそっと声をかける。
「……いえ、なんでもありません」
この因縁の戦いにおいて、魔族側の指揮を執るのは魔族の頭領たる女帝だ。その頭領が腑抜けていては悪魔たちの士気も下がるというものだ。いかな優秀な軍勢であっても、指揮系統が脆弱では真価を発揮できない。ゆえに魔王である女帝は常に気丈であってもらわなければならない。
「女帝様! 尖兵隊がまもなく勇者と接触します」
「女帝様、ご指示を」
その第一報を受け、側近が女帝に指揮をうながす。ついに始まる勇者と魔族の戦いだ。出端を挫かれるわけにはいかないよう女帝には的確な采配を振ってもらいたい。
「分かりました」
己の中に流れる抗えぬ魔族の血に従って女帝は軍勢を指揮する。
その瞳の奥に悲しげな彩を宿しながら――。
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