第19話不可解な記憶
「ねね、ともき! みんなで一緒にこれやろ!」
そう差し出されたのは世に言うRPGのパッケージだった。小さな頃からゲームは好きであったが、大学に入ってからロクに時間も取れず、しばしご無沙汰だった。
そう思いつつ、俺はスフレに快諾してしまった。
今思えばもう少し警戒しておくべきだった。このエキセントリック堕天使につれられるときは大抵いい思いはしていない。冗談だろ。
スフレに握られた手から闇が広がり、全身を包み込むほどになると、徐々に手足が動かなくなっていた。
去り際に少女はこう告げる。
「忘れちゃだめだよ。私のこともシュゼのことも……信じているよ。きっと大丈夫だから」
そう言い残すと、スフレは唯一俺に残った感覚を手放した。
暗い部屋。目の前には白い光を発する文字が浮かんでいる。
Continue or new game?
たったそれだけ。
続けるか、新しく始めるか。簡単な問いだった。けれど難しい。
手に残る優しい感覚を握りしめ、俺は選んだ。
ここで間違えたら終わるかもしれない。もう二度と元の世界には帰れないかもしれない。もう二度と――あいつに会えないかもしれない。
恐怖はあった。でも、立ち止まるわけにはいけなかった。きっとあいつは待っている。あいつを信じて俺は選んだ。
➡new game
文字に触れると、バラバラと音を立てて砕けていく。
それからの記憶はなかった。
Ж Ж Ж
青空の下に居た。木陰がちらちら芝生を照らし、穏やかな風が頬をさする。上体を起こし、緩やかに登った丘から町を見下ろす。
石畳、馬車、木造家屋、風車――何処か知らない場所。記憶にある、知っているようで知らない歯痒い思いをしつつ、昨日何をしていて、なぜここで目覚めたのかを思い出す。
――昨日飲み過ぎたか。
どう探っても昨日の記憶がなく、記憶をなくすくらい飲んでいたのだろうか。
――とにかく、家に帰ろう。
ゆっくりと起き上がり、身体の凝りをとる。丘を下り、通りと芝を仕切る策を越える。
周りの人々は仕事や買い物、それぞれの役目をもって行きかっていた。
ちらちらと視線を感じるも、その違いに気が付いたのはもう少し後の事。
どうやら町の人は俺の服装に違和感を抱いているようだ。全裸でないだけましだろうと、自身の身に着けている服装を確認する。――大した特徴のないジャージ。
それでも視線は集まっているようだ。確かに住人の服装とは大きく違う。
人々の視線を気にしながらも、世間話に耳を傾け、町を歩くが、何を喋っているのかは全く理解できなかった。
あまりにも飲み過ぎて、自分の話していた言葉さえも忘れてしまったのだろうか。しかし、話もできず、理解することも出来ないのは、よほどでない限り困ったことだ。
ここで本当に俺は生きているのか?
しばらく町を練り歩くも、手掛かりは見つからない。家も分からない。
腹が減った。ごく普通の生理的反応。だが、それを満たすものを持っていなければ、得るための術も考えなければならない。
物乞いをするか。盗みを働くか。稼ぐか。
もっとも、一番理性的なものが最後に来たのは、それが一番難しいという事だ。
とりあえず、己がまだ理性的であろうと証明するために、稼がせて貰える場所を探す。武器屋、花屋、飲食店、宿屋、鍛冶屋、新聞売り、町にある働けそうな場所に一頻り頼み込んでみるが、言葉がわからない、話せないでは当然無理があった。
途方に暮れた。
飢えは我慢できるが、それもずっとは続かない。働いて金を稼ごうと思うなら、明日の昼頃がタイムリミットだろう。それを越えれば物乞いか窃盗か、どちらかを選びしのがなくてはならない。
――ここは何処だ。
本当に俺はここで生きていたのか。俺はもしかすると、別の世界で生きていたのではないか。そう思えるにも当然であろうか。
割り切るか? 認めるか? 気が違っていた。
認めてしまえば何か変わるのか?
認めたことによる代償は?
何かを犠牲にしてしまうのでは?
空腹の所為か全くの空論だけが巡りつづける。
これは試練なのか、何かの罰なのか? この世界になにもわからない、デフォルトの状態で放り出されたのには、何か意味があるのでは?
そう思うと認めるという事は、諦めてしまうことだ。そう思えて仕方がない。気が違っていた。
気づけば夕暮れで橋から見下ろす川面は、内心とは反面の世界を映していた。考えすぎて知恵熱が出ていることに気が付き、苛立ちを右手に掴んだ石ころにぶつける。
川に落ちた石ころは小さな、嘆きのような小さな音を立てて沈んだ。
そんなことも気にせず、立ち去る――と。
――誰かにぶつかった。
白いマントに身を包んだ少女であった。フードを被っていたため顔は確認できなかった。だが、何かに似ていた。
「ご、ごめんなさい……」
白い少女はぶつかり際に言う。
「ああ、わるい」
どうしてそんな顔をする。
短く切ったはずだが、白い少女は俺の手を掴んでは離さない。もどかしい反応をするが、白い少女は手を放さず、何かを言いたげに口をパクパクさせていた。
「お、おぼえて……ない?」
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