第9話バジルを添えて


 帰宅すると買ってきた調理器具やらを整頓しはじめる俺。

 ついでに半年ぶりに見えた床を拭き上げ、数多の学術書擬きの束を辱めを受ける気分で古紙回収にだし、約二年の歳月を待ちに待った清掃家電たちを振るいにふるい、部屋を完璧なまでにデキる大学生の部屋へと変貌させた。  


 スフレはついでにと買った赤いエプロンを身に着けた。


「どお? 似合ってます?」


エプロンを着終えたスフレはえっへんと腰に手を当て、自慢げに胸を張る。


「ああ、似合ってる似合ってる」


頬をエプロンと同じ色にしたスフレはくるりと回り、ブイサインをすると。


「それじゃ、早速始めますね」

「ああ、よろしく頼む」


 そういった天使は新しく買った包丁とまな板を水ですすぎ、それぞれの食材を切っていく。トマト二つを八分の一のくし切りにし、切ったトマトはボールに入れ塩とコショウオリーブオイルで和えていく。


 次にお湯を沸かした鍋に塩を入れ、パスタを茹でていく。


 パスタの基礎知識ではあるが、茹でるときに塩を入れる。塩分濃度は一パーセントから二パーセントと言われることが多く、パスタと和えるソースの種類によって塩分濃度は考えていただきたい。


 ついでに、どうしてパスタを茹でるときに塩を入れるのかというと、パスタを造る際に塩を使わないかららしい。うどんや蕎麦などは作る過程で塩を入れるため、茹でるときに塩を入れる必要はないという事だそうだ。


 茹でる際の注意点としては、お湯をあまりぐらぐらさせる必要はない事。


 なぜ? と聞かれるが、簡単に言うとお湯が煮立っているとパスタ同士が擦れあい、表面のざらざらが無くなってしまうからだ。そうなってしまうと、パスタとソースが上手くからまらなくなってしまうからだ。


 バイト先の店長から教わったことを再確認している間に、スフレはニンニクを薄くスライスし、オリーブオイルを垂らしたフライパンに入れ、過熱を始めた。


 たまに思うが、ニンニクを使わないパスタってカルボナーラ以外何があったかな。ほんとイタリアンってニンニクとトマトだらけだな。ニンニクの芽を気にする人は結構シビアだし、焦げやすいという理由もあるが、一番は生食時にお腹を壊しやすいとかかな。


 そうこうしているうちに、パスタが茹で上がり用意していたザルに流しいれる。

流水で粗熱を取った後、ザルごと氷水に入れ熱とヌメリを取っていく。流し終わったパスタを今度はキッチンペーパーに乗せ、十分に水分を取っていく。


 こうすることで後にパスタがふやけたり、ソースの味がぼやけるのを防ぐのだ。


 そうして、水分をきったパスタをボールに入れ、先ほど作ったニンニクのオイルを入れ、塩で味を調えたら、黒いネコや足跡が装飾された平たい皿に少し平たく盛り、その上に初めに作ったトマトを乗せ、そして最後にバジルを散らした。


 かなりの手際の良さであった。



 ――ッうまい! あれほど自信たっぷりだったスフレの料理はたいそう美味であった。それに加え段取りも十二分に良い。スフレに料理の感想を伝えると、さも当然かのように、えっへんと腰に手を当て、胸を張っていた。


 だが、よほどうれしかったのか口元は緩んでいた。


「そういや、天使は何か食べたりしないのか?」

「食べますよ、もちろん! お腹空いちゃうじゃないですか」


 だが、スフレが用意したものは俺の分だけであった。


「でも、お前俺の分しか作ってねじゃん」


 今更気づいたようだ。涙を滲ませ暗い顔をするスフレに感謝の意を込めて半分譲る。


「い、いいんですか?」

「ああ、お前が作ったもんだし、ちゃんと味確かめないと上手くならないだろ」


 嬉しそうに頬張るスフレは、料理を作るのと食べることが好きなようだ。




 食事を終えた後は各々好きなことをやっている。ベッドにもたれ本を読んでいると、スフレが話しかけてきた。


「何を読んでいるのですか?」


 俺は本の表紙を見せて答える。


「ミステリー小説、読んでみる?」


 本を渡すととても真剣な表情でそのまま読み始めた。


「す、座ったらどうだ?」


 めちゃくちゃ話しかけづらい。本を読んでいるときや音楽を聴いているときに話しかけられるのは、気分が悪い。真剣な表情を崩さないスフレは、俺の声が聞こえていなかったのかそのまま突っ立っていた。俺はスフレの前から退き、食卓テーブルの椅子に座りしばしスフレを眺めていた。




 一時間ほどそうやっているとスフレが動いた。


「んー」と天井に腕を伸ばし脱力した。

「いやー、面白かったですねー!」


 その言葉に驚いた。


「は? 面白かったって、もう読み終わったのか?」

「はい。最後はべたな展開でしたが、それなりに楽しめましたよ!」


 それほど長い作品ではないが三百頁はあったぞ。それをたった一時間で、俺には考えられん。


「あーでも、あのどんでん返しには驚きましたね。ま、タイトル通りでいいんじゃないですか?」

「ちょちょちょ、ネタバレやめい。それはそうと、お前本が好きなんだな。良かったら他のも読んでみる?」


 本を閉じ、クルリと俺の方を向いたスフレは。


「い、いいんですか⁉」


 目を輝かせ何度も問う。


「ほんとに、本当にいいんですか?」


 迫るスフレを払うように本棚の場所を示す。


「あそこにいろいろあるから好きに漁れ」


 本棚の前で目を輝かせているスフレを横目でみやり、俺は寝る支度をする。


「あら、もうお休みになるのですか?」

「ああ。今日は疲れた」

「それでは、私も」


 と言ったスフレは本をしまうと、俺の布団に潜り込んできた。


「ちょ、ご一緒するってそういう事かよ! あーもー、お前はここで寝ろ!」


 ベッドにスフレを残し俺はというと……仕方なくテーブルの椅子を並べ、そこで毛布に包まる形となった。



 そんなこんなで始まってしまった憧れの可愛い女の子との同居生活。みたいなノリで始まってしまったわけだが……。


 可愛い女の子に見えて実は天使(驚異的な破壊力を持つ)正直、とてもあいまいな気分だ。

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