幸せにありがとう

小雪杏

プロローグ

第1話 始まり? かな

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こちらは2018年より投稿していた『幸せにありがとう』に大幅な加筆、改稿を踏まえて【第15回GA文庫大賞(後期)】に応募させていただいたものです。

 未発表の為、矛盾や特定の人物に対して不快にさせる至らない点があるかもしれません。

 


 読んで下さった全人類に、ほんの少しの幸せが訪れることを願っています。


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「はあああぁぁぁあぁー」


 と、深々とため息をつき、俺のベッドに寝転がり雑誌を読む少女を見つめる。

 先に言っておこう。俺には可愛い妹も優しい姉も、海外に住む幼馴染もいない。


 ――なのにだ。


 俺の部屋にはだらける女の子がいる。

 無論、彼女ではない。親戚の子守をしているわけでもない。


 じゃあ、なぜ?


 理由はわからない。平穏な日常を崩すのはいつも唐突で、神様の気まぐれでしかないのだ。運命があるとするなら、その選択を安易に受け入れた自身を咎めるとしようじゃないか。


 一人暮らしを始めて早一年と半年が過ぎ、程々の哀愁が漂い始めたこの手狭なワンルーム。どこぞの神や地蔵に奇天烈破廉恥卑猥大妄想を願った訳でもなく、誰もが褒めて崇めるような健全健やかな学生生活を送っている訳でもないにせよ、神様の手違いなのだろうか、俺の部屋には女の子がいる。


 豊満な胸こそないが、華奢な体型と人形のように整えられた顔は、些かジュリエットのようである。青藍の瞳が瞬きをする度、小鳥が羽ばたいているかのように愛おしく思える。

 自身の所業をありのまま他人に伝えると、十人の内八人が勿体ないと答えるであろう。どうしてジュリエットか、俺はロミオであろうか。彼女の本性を垣間見れば、二人を隔てるベランダに過ぎない。


 あえて言うとするなら、私は小石である。僅か一年足らずで、腐海の迷宮を作り出してしまった我がエスプリを咎めようとも唾棄すべき事象である。


 自炊はおろか、有象無象の非卑猥卑猥物の書物が山々を連ね、到底人なんぞ招かざる迷いの森となり果てていた。部屋を見渡しても生活のかけらもない。至極一般的な誇り高き男子大学生である。異論は認める。解せぬ。


 やはり、運命というには嘆かわしいではないか。

神域であったはずの一人暮らしの空間が台無しにされ、節約生活の真只中であるというのに、クーラーを一日中つけゲーム機やパソコンでこれまた一日中遊んでいる。


 これではただの貧乏神にとりつかれたようではないか。早急に近くの寺で除霊してもらうべきだろうか。してもらったところで変わりはしなさそうだが。

 かくまっているのか、はたまた生かされているのかはわからないが、呑気に居候をしていることは間違いない。


 白い脚を無造作に退かされた布団にぱたぱたさせている少女は、何かを見つけたのか動作をやめ「歩く洗濯機……」とつぶやく。

「何言ってんだあのバカ!」

 真剣に雑誌を読む少女から逃避するように、脱力にまみれたため息を吐き捨て床に寝転がる。


あいつもあの時はまだかわいく思えたんだがな――。



   Ж Ж Ж



 とある世界のとあるお城の中――。

 とてつもなく大きな木が、飲み込まれるようにそびえ立つお城が一つ。

 ひっそりと佇むところに、彼女たちは暮らしていた。


「スフレ・ヘカンツェル、貴方は人間界に天使の見習いとして降り立ち、人の下で一人前の天使になるために修行に励みますか?」


 広く白一色に塗りたくられた部屋の中央に、玉座のような大きな椅子、それにふさわしいほどの美貌にあふれた女性、それらに向かい膝を折る少女がいる。


 名は、スフレ・ヘカンツェル。天界に住む天使だ。


 ――天界。それは、天使の生息域。神々の住まうところ。人間の住む場所とははるか彼方に存在し、確認すらされておらず、航空技術が発達し、宇宙空間にまで到達した現在でもなお、その実態を明らかにした者はいない。

 まさに、ファンタジーというやつだ。


 そんな謎に包まれた世界で、彼女たちはひそかに暮らしていた。

 冷たい床に膝をつき、誓いの言葉を述べるべく、手を顔の前で結んだスフレは、深い決意を示すべく言葉を繋いだ。


「はい。必ずやご期待に添えるべく、日々の修行に精進することを誓います」


 白く長い髪に透き通るような白い肌、青藍のような瞳は真っ直ぐに女性を見つめ、赤いドレスから這い出る脚は、バービー人形の様に細い。勇ましい誓いを立てたスフレを見つめる地位の高そうな天使は、クスリと微笑みスフレに最後の忠告を促す。


「人間界には、多くの危険が待ち受けています。様々な困難に行き当たることでしょう。 そんな困難に立ち向かい、自身の力で解決する覚悟はありますか?」

「はい。もちろんです」


無論、即答であった。


「わかりました。では、こちらから転送を行います。陣の中に入ってしばらく待っておいでなさい」


 天使は立ち上がり、スフレが位置につくまで見つめる。

 その目には少し迷いがあった。なにか不安を装うような。少し……ほんのすこし寂しいような――。

 そんな目を向けられたことには気づかないスフレは、陣の真ん中に立ち、魔法の発動を今か今かと期待を大いに膨らませていた。


「魔法陣起動」


 その言葉とともに床に描かれた文字列が発光をはじめ、大きな魔力が流れていくのが目に分かる。


 ――魔法。科学や物理学などとは違い、エネルギー保存の法則に依存することなく、ありとあらゆる物理法則や現象、存在を否定または肯定するのも。その実態に証拠もなければ根拠すらもない――まさに、異次元。その存在すら未知である故、立証することができるのかもわからない。現在においてもその実態を明らかにした者はおらず、架空のものと認識されている。


だが、今ここに起こっている出来事は魔法によるものだ。

そこには科学も数学も物理学もない。

すべてが摩訶不思議な出来事で済まされている。


 魔法によりふわりと浮いたスフレを見上げ、心配そうに見つめる瞳は口を開いた。

「一度人間界に降りれば、修行を終えるまで帰ることは許されません。それでも、よろしくて?」


 忠告を促す天使を見てスフレはニコリと微笑み。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。そんなに心配しなくたって」

 どうやら二人は姉妹のようだ。元気そうに手を振るスフレに、姉カヌレは不安げに手を振り返し、最後に言葉を繋げた。


「人間界にはたくさん先輩たちが居るから。もし、何かあったときはしっかり頼るのよ」


先ほどの忠告のように突き放すことはなく、カヌレは妹のスフレのことを大変心配しているようだ。またそれは、天界から人間界に行くために最低限必要な行いであったのだろう。


「くれぐれも大規模な魔法は使わないようにね」

「わかっているって。もし、使うようなことになれば、そのときはちゃんと考えているから」


 人間界への期待を抑えきれないスフレの返事を聞いたカヌレは、不安ながらも笑顔で妹を送ろうと笑顔を作る。


「じゃあね、しっかりやるのよ」


 と言い、魔法を最終発動させた。陣から発する白い光は、スフレを包み込みさらに強く光を放ち、瞬く間に消えた。


 広く、ただ白いだけの部屋に一人取り残されたカヌレは、ため息をこぼした。




「本当に良かったのかしら……」と、寂しそうにつぶやくのであった――。

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