習作集 ―イチノメ―

伊場 敬@あれんすみっしー

ふりだし 「答え合わせ」

 一体、何が答えなんだろう?


 けたたましいアラーム音が鳴った時、僕はそんな事を考えていた。

 ふぅと息を吐き、携帯電話のアラームを止めた。シャープペンシルをノートの右脇に追いやり、代わりに近くに用意していた赤ペンを手元に置いた。そして、開かれていた参考書をパラパラとめくり、「模範解答」と書かれたページを抑え付けるように開いた。


 一週間後、僕は試験を控えていた。といっても、大学の定期試験ではない。社会人のマナーや冠婚葬祭についての問題が出る検定試験だ。

 大学生3年生の秋。僕の学部の同期達は、せこせこと就活の準備に勤しんでいた。彼らの間では、この検定を受けると就活で優位になれるという噂が立っていた。僕はその噂に乗せられて、受検票を出し、書店で適当な参考書を買った。

 そして今、僕はそれに載っていた模擬試験を解き終え、マルつけをしている。


 ノートに書いた自分の答案に、淡々とマルやバツを書いていく。

 敬語の使い方の問題は2番。正解。ドアを叩く回数の問題は3番。不正解。

 祝儀袋の紐の結び方の問題は4番。正解。手紙の季節の挨拶の問題は1番。不正解。

 その間、僕は一喜も一憂もしなかった。むしろ、早くこの作業を終わらせたくなった。マルの形はどんどん歪になり、解説を読みとばす速度もどんどん速くなった。


 どうして僕はこんな試験を受けるんだろう?そう思った。


 確かに、長い人生の中のどこかで役に立つ知識なのかもしれない。それに、この手の試験勉強は本来嫌いではなかった。なのに、心のどこかから「こんなの受けなくていい」という声が聞こえてくる。それは勉強を重ねる度に強くなっていた。事実、問題に出てくる知識を実践している自分が想像できなかった。ご丁寧に祝儀袋を書いている自分など、むしろ想像したくもない。

 しかし僕は、その声が聞こえないふりをしながら、お金や時間、労力を消費して律儀に問題を解いている。心はそれを「馬鹿らしい」とも言う。

 じゃあ、辞めるのか?僕は自問した。

 結論は、結局ノーだった。就活に詳しい友人達と違う行動を取るのは、何となく良くない気がしたし、何だか嫌だった。それに今更キャンセルしたところで、払った受検料は戻ってこない。


 採点の結果、正解率は8割に達していた。むろん合格圏内であり、優秀な成績だと言える。それなのに、何故か素直に喜べない自分がいた。やはり心が「無駄な時間を過ごしている」と嘲笑ってきたのだ。


 周りの皆も、僕の理性も、受けた方が良いと言う。しかし、僕の心はそれに反対する。

 僕の頭は混乱していた。問題の答えはわかっても、答えの無い問題には、どうやって答えたら良いかわからなかった。


 僕は参考書をどさりと閉じ、赤ペンを机に放りだした。そして、頭を掻きながらこう言った。


 「一体、何が答えなんだろう?」

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