第十六夜 偶然

 これは鬼王警察署で語り継がれている話だ。


 鬼王警察署は世見町のすぐ近く、鬼王駅を挟んだ西側にある。主な管轄は鬼王区の西側で、当然その中には鬼王駅や世見町が含まれている。


 当時、警察署には津曲という警察官がいた。

 最初に気付いたのはその津曲という人だと言われている。

 主に交通事故や事件の調査などを専門にしているところにいたのだが、ある日のこと。いつものように事件の処理をしていると、部下の一人がやってきた。


「津曲さん。昨日の役所通りの事故なんですが、確認お願いします」

「おう、わかった」


 そう言われて渡された調書には、昨日起こった事故の詳細が書かれていた。

 世見町の南にある弁天通りは車の往来が多いせいか事故が起きやすいのだが、東側にある役所通りは後年に整備されたおかげで見通しも良く、事故は珍しい。もちろん絶対に無いなんてことはないが、珍しい部類だった。

 それでまあ、調書を見ていたわけだが、見ているうちにどうにも違和感を覚えた。


 場所は役所通りの北側。

 被害者の名字は竹内で、男子大学生。

 加害者の名前は佐々木で、役所の職員。

 車と歩行者の接触事故だった。


 津曲にはどうにもその名前に覚えがある気がして、何度も調書を眺めた。


「なあ、おい。これって……昨日の事故だよな?」

「はい? ええ、そうですけど」


 この違和感は何だろうと思って、ふと以前に起きた事故のことを思い出した。

 ひょっとしてと思ってファイルの中を探ってみると、それはすぐに見つかった。事故は何ヶ月か前に起きたもので、同じ役所通りの北側で起きていた。

 それがなんと、被害者の名前は竹内という名で、加害者のほうも佐々木という名前だったのだ。


 ははあ、なるほど。

 津曲は納得した。

 だから聞き覚えがあったのだ。


 同じ場所で、同じ名字を持つ者同士が事故を起こしたのだ。年齢や職業を見ると違っているのだが、はあ、こんな偶然もあるもんだなあと思ったが、少しぞっとしたことにはその時間だ。

 夜中の十時十四分。時間もほぼ同じだった。

 ひどい偶然もあるものだ。


 だが、それからまた数年ほど経ってからの出来事だ。

 また役所通りの北側で夜中に事故が起こって、たまたま警察署にいた津曲も呼ばれた。

 今度は車同士の事故で、タクシー運転手と歩行者だった。


「今から調書を取りますので、お名前教えてもらえますか」


 津曲が加害者を落ち着かせながら言うと、相手はこういうわけだ。


「佐々木です」


 ……と。


「えっ!? ああ、佐々木さん……」


 ぎょっとしたが、さすがにこれ以上顔に出すわけにはいかなかった。

 鈴木や佐藤という名字に比べて、佐々木という名字の人間がどれほどいるかということを考えた。


 後のことを部下に任せ、津曲は今度は病院に向かった。

 被害者は軽傷だというが、一応病院に運ばれたのだ。

 病院には一人の女性がいて、今は包帯が巻かれていたものの、全治一週間程度の軽い怪我だという。頭を打った気配もないとのことだが、何かあれば病院に来るように言われていた。

 恐る恐る名前を尋ねる。


「××です」


 今度は竹内ではなかった。

 津曲はホッとして言った。


「一応、身分証みたいなものは今、ありますか?」

「ええ、はい。カバンの中に」


 女性がそう言ってカバンの中から免許証を取り出したとき、津曲の顔色が変わった。

 そこには彼女の顔写真とともに、竹内の名があったのだ。


 するとそれに気付いた女性が先に言った。


「あ、すいません。実は私、少し前に結婚して姓が変わったんです。以前の姓は竹内です」


 調書で事故の起きた時刻を見ると、十時十四分になっていた。

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