百話奇談 ―眠らぬ町の怪―

冬野ゆな

第0夜 「まえがき」

 まだ寒い、ある日のことだった。


「怪談、ですか?」


 変な声を出してしまったぼくに、編集長は脳天気に続ける。


「うん。最近、怪談が流行ってるから」


 そんな単純な理由からこの企画が持ち上がった。

 怪談かあ、幽霊がどうしたとかこうしたとかなんて、子供の頃以来だなあ……などとのんきなことを思っているうちに、あれよあれよという間にぼくが怪談を集めることになっていた。既に早すぎる涼を求める人たちが社内の大半を占めていたようだ。

 そりゃあまあ、夏に向けてはいいかもしれない。

 ぼくはずいぶんと楽観的に考えていた。

 タイムマシンがあったなら、そのときのぼくをしかりつけに行くところだ。


「ああ、そうそう。世見町よみちょうの怪談探しなんてどうかな」


 編集長がさらりと付け足した。

 ああ、本当にあのときのぼくを叱りつけに行けたら!


 何しろ世見町といえば、日本の一大歓楽地である。ぼったくりバーで身ぐるみ剥がされたかわいそうな観光客や、入れあげたホストに逃げられて呆然と店から出てくる女を探すほうがよっぽど簡単な町で、よりによって怪談を探してこいだなんて、無茶ぶりも過ぎる。


 だが編集長がやれと言ったら、ぼくはハイと言うしかないのだ。

 ここがライターのつらいところである。


 そういうわけで、ぼくは世見町の薄暗い闇の裏側へと足を踏み入れたのだ……。



 ライター・平野浩太朗

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