N男と妖怪

フーテンコロリ

おたくで悪かったな

人生は面白くない、そして長い。N男は正方形の薄暗い部屋でパソコンを開き今日も日がな一日中アニメを見続けている。今日は土曜日、N男くらいの年頃なら同い年くらいの若者と遊びに出かけたりして楽しくしているはずであったであろう。


そして何より、来週から賑わいをみせる夏休みがはじまるのだ。


だがしかし、彼はそんな訳にもいかず。


どこからか中年の鼾が聞こえる。時刻は午前1時を回る。


「何故だ!何故なのだ!?我輩のような幼少期から面食らって素直で好きなものは好き嫌いなものは嫌いで一貫痛烈し我が道を突き進んできた真っ直ぐで聡明かつ勇敢な若男児がこんなにも長い人生において負い目を食らっている!?恋路は無いのか!?金は無いのか!?敵はいないのか!?神はいないのか!?もう凶悪たる悪鬼でもよろしい!!いざ!出てこい!!!」


N男はパソコンを前にして戦場映画で上空からの救援ヘリを仰ぐ傷だらけ泥だらけの兵士のように叫んだ。そしてその場所は何を間違おうか、彼の唯一の根城。いやネカフェである。


N男には、金がない。

N男には、女がない。

N男には、車がない。

N男には、夢がない。

N男には、愛がない。

N男には、何もない。


いまだかつてこの広い世界で彼のように慈愛漂わし科学的正方形の個室で何も持たない持たざる者がはたして存在しただろうか、いやいないだろう。


「おやおや、世界は広い。君はその無量大数的に広い世界でたった1人の君なのだから、まだそう嘆くことはない」


何を言うか、何の慰めでもないわ。


「………?」


というか、今のは誰か?


むむむ、とN男はあたりを見回しパソコンを閉じる。どうやら如何わしい類のアニメイションを見ていたから何処からかの視線と声を警戒している。


壁に目あり…とか?


「うむ、君は大層立派な人間であると見受ける。他人に害はないし、真面目で素直な優男だ」


うむうむ、二度頷くN男。


「かなりの人徳者であるとみえる、あなたは何者ですかな?」


普通ネットカフェでこんな会話が成立しては可笑しいし、プライバシーのかけらも無いのだが。無論、N男にはそれすらもない。


「ほほーう、勢いのあるお方。君はなんら?そういう奇怪な者にも興味がおありで?」


今更ながら気づいたが、声の主は頭上にあった。


「……!?」


驚いてぐうの音もない。


「浮世は今、夏風が近づいておる。それはそれは大きな夏風だ。でな、とある者にだな、君をどうにか救って欲しいだのなんだのと重く願いを承ってだな。そう、浮世に届くまで君を浮かせ上げねばならんのらな」


何だ何だ?


「まあそう驚くも無理はなかろう、何せわしは神宮使の避小路道倉の御代使、竹原帽子の八海氏五六まさにその者なりてな」


やうみしごろく?なんとな?


「君には頑張ってもらう、どうやら君は現世にはばかるオタクという輩であるらしいのでな」


「…おたくで悪かったな」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

N男と妖怪 フーテンコロリ @iidanoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ