湊家の占姫・01



 綵珪の待つ部屋へ通され、卓に並べられた料理を見て、ユリィは首をかしげた。



 内厨司で渡された食材は綵珪の分だけのはずが、卓の上にはしっかりと二人分の料理が並んでいる。



「ねえ凛々、内厨司からの食材って一人分よね?」



 けれど目の前に並ぶ料理はどう見ても渡された食材だけでは作れそうにない献立と量だった。



「どこか他所から調達しているものもあるの?」 



 凛凛は頷いて答えた。



「はい。ソウ家から李昌さま経由で色々と運ばれてくるんです。あまり公にはできませんでしたが、今日からはユリィ様が湊家のお嬢様としてこちらに滞在しているのですから。食材が多めに運ばれてきてもべつに問題ありませんよ」



「以前は厨司の食材も怪しいときが度々あったからな」



 椅子に座り手酌を始めていた綵珪が意味ありげな顔で言う。



「怪しいって?」



「ここで働いていた料理人が毒味も兼ねて味加減を調べていたんだが、腹をこわしたり寝込んだりすることがあってな。調理担当者は幾人も代わったが中にはかなり重い症状が出た者もいた」



「それって毒が仕込まれたってことでしょ?」



「まあな」



「ずいぶんな嫌がらせね。今は違うの?」



「諦めたんだろうな。多少の毒には慣れているし、食いものに仕込んでも死にそうにないと分かったんだろ」



「慣れてるですって?」



「幼少期に耐性を付けるために飲まされた毒もあるからな。王族とはそういうものだ」



 平然と当たり前のように言う綵珪にユリィは呆れた。



 毒に慣れ〈呪〉には敏感だとか、いったいどんな生活をしてきたのだろう。



「───さあさあ、お二人とも。お話は後にして冷めないうちに召し上がってくださいませ」



 凛凛の言葉にユリィは頷き、綵珪の向かい側の椅子へ座った。


 漂う匂いに食欲がそそられる。とてもお腹が空いていたのだ。



「いただきます」


 ユリィは遠慮なく食べ始めた。




「もう外へ出たようだな」



 綵珪の言葉にびっくりして箸が止まった。


 気付かれないように出かけたつもりだったのに。既にバレている⁉


 凛凛も目を丸くしてユリィと視線を合わせた。



「知ってたの?」



「偶然、な。午後に茶を飲もうかと思ったら凛凛はいないし、おまえも留守だった」



「綵珪様、勝手をして申し訳ございません」



 頭を下げる凛凛に、綵珪は「いやべつに」と答えた。


「こそこそ出かけなくても。外へ出るなとは言ってないし、宮女にでも変装したのなら構わない。だが結果報告だけはしてくれ。閉じこもっていては何の進展もないだろうからな。充分気をつけるように」


 それだけ言って綵珪は料理を食べ始めた。


 二人はしばらく無言で食事を進めていたが、再び綵珪が尋ねた。


「で?なにか収穫はあったのか?」



「あなたは呪われてるの? 呪いを受けたせいで髪色まで変わってしまったという噂を聞いたわ」



「へぇ、そんな噂が?」



「とぼけないで。髪色は染めてるだけでしょ? 私の目はごまかせないわよ」



 何年か前、栄柊が華睡館へ連れて来た異国のお客の黒髪が一部分だけ青色で、不思議に思い聞いてみると、髪を染める薬品があるのだと教えてくれた。


 けれど東の大国として名高いこの橙藍でさえも、それはまだ売買されていないものだと言っていた。


 髪染薬に使われている原料は珍しいものばかりで、難しい製造法だという。そのためとても高価な代物でもある。


 庶民が買い求め購入できるはずがない。そんな高価で珍しい代物を手に入れられる者がいるとすれば。それは染薬の取り引きができ、他国からの買い付けが可能な『豪商』か裕福な『王族』くらいだろう。


 けれど綵珪はそんな『王族』で。『豪商』で名高い湊家とも繋がりを持つ男なのだ。


 きっと簡単に手に入るのだろう。


 

「その髪色は呪いのせいじゃない。まだこの国で取引されていない染薬を使っただけよね」



 綵珪から呪の気配は感じない。感じるのは『悪夢憑き』の気配。


 それは心労や気鬱を抱えた者に起こる症状なので〈呪〉とは違う。───ただ、ワケあって術の効かない身体だとか、呪には敏感だからとか。本人が言っていた言葉と妓楼で術が完全に効かなかったことがどうにも引っ掛かる。



「あなたからは〈呪〉の気配がしない」



「じゃあほかには?」



 訊かれてユリィは怪訝な顔を向けた。



「呪以外で俺になにか感じるものはないか?」



 ───これ。そういえば、初めて会ったときも同じことを聞かれた。


 あのときは『悪夢持ち』だと思っても口には出さずにいた。



 今回もなぜか言う気になれなかった。



 出逢ったときからときどき感じていたことだが、彼の本心や本音は見えたと思うと急にどこかへ隠れてしまうときがある。


 誰もが皆、心の中をさらけ出して生きてはいないが、綵珪の場合はどこかにまだ迷いが多く残っている気がするのだ。


 事件の真相をはっきりさせたいという本心は確かにあるのだろう。行方不明者を案じている気持ちも本物だ。



 けれど綵珪はまだ何か心の奥に定まらない想いを抱えている。


 妖力のせいか、そんな綵珪の繊細で厄介で病んでいる部分をユリィは感じるのだ。


 じっと綵珪を見つめ、考えるふりをしてユリィは答えた。



「綵珪さまの場合、もっと時間をかけて占診する必要がありそうですね」


 これはユリィの本心だ。


 今すぐこの男を眠らせてその身体の隅々、意識の最奥までじっくりと占診してみたい衝動に駆られる気持ちを我慢している。



「そうか。必要ならば時間を作ろう。いつでも言ってくれ」



 挑戦的とも思える微笑みで返し、綵珪は酒の注がれた盃に口を付けた。



「噂話はどうでもいいですね」


「いいのか?」


「所詮、噂です。今夜はもっと重要なことを」


「なんだ。なにか分かったのか?」



 外で見たこと、感じたことを全て話すつもりはなかった。


 まだ独自で調べたいこともある。


 部屋に戻ってから最優先しなければならないことをあれこれ考えていた。



「綵珪さまに、ひとつお願いができました。楊白という名のあの男を慧麗宮へ呼び、私に占診をさせてください」



 ユリィは微笑みながらこう言って、焼売シャオマイを美味しそうにはふはふと頬張った。





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