噂・03
「そういえば、李昌様が凛凛は私の手助けになるからと言ってましたが」
「言葉の通りだ。凛凛には君が華睡館の妓女だと言ってあるが、ここでは俺から妖力者捜査を頼まれた占師で李昌の異母妹だという設定を守るようにと約束させている。凛凛の仕事の中には君の補佐も入っているから。ああ見えて彼は特殊な訓練を受けている子でね。頼りになるはずだ」
「そうでしたか。でもなぜ女装なんです?」
「仕事柄、素を見せない方がいいのだろう。趣味だとも言っていたし、動きやすいからとも言っていたな。いいじゃないか、似合っているのだから」
(仕事柄に特殊な訓練? 密偵のようなことでもしてるのか)
「わかりました。ではもう結構です」
「えっ。もういいのか?」
ユリィは頷いた。
「聞けた話を参考に、今日はこれから〈占〉を行います。綵珪さまもお仕事にお戻りください」
「占で調べられるのか」
「必ず答えが出るとは限りませんが。結果はまた夜にでもお話します」
「そうか。わかった」
立ち上がった綵珪だったが、表情はまだ何か言いたそうだ。
「その〈占〉を見ていてはダメか?」
「お断りします。時間と集中力が必要な〈占〉ですので。気が散っては上手く占えません」
むすっとした顔のユリィを残念そうに見つめてから、綵珪は
綵珪の姿が蓮池の向こうに消えると、ユリィは大きく息を吐いた。
───鬱陶しい奴にいつまでも居られたくない。
あの忌まわしい華睡館での
思い出すだけで頭に血が上るほどなのに。
涼しい顔でいる綵珪が忌々しい。
(それとも私が気にし過ぎている⁉)
酔っ払い客の悪ふざけなんて日常茶飯事だったはず。
(口づけが初めてだったからって……)
自分は妓女なのだ。
今は臨時の雇われ占師だけれど。
「あーっ、もう! あいつのせいでイライラする! 」
(外見は美丈夫でも中身は気鬱症で悪夢持ちのくせに!)
お茶でも飲んで気分を変えようと、ユリィは湯を沸かしに調理場へ向かった。
◇◇◇◇◇
「あれ。戻っていたんですか」
執務室の扉を開けた李昌が驚いたように
「まだ離れにおいでかと思ってましたが」
「いつまでもいては仕事に差し支える」
「へぇ……」
「ユリィも〈占〉に集中したいと言うから」
「ほぅ……」
「なんだ。何か言いたそうだな」
綵珪は読んでいた書簡から顔を上げた。
「いえなにも。私は綵珪さまがサボらずに執務をおこなってくださればそれで」
「占の結果は夜に話すとユリィが言ったのだ。だから今日の分の仕事は夜までに片付けておこうと思ってな」
「なるほど。それでいつもより真剣なのですか」
「いつもより、は余計だ」
「ひとつ、お話しておきたいことが」
「なんだ」
綵珪は渋顔で返事をしながら、一度伏せた視線を再び上げた。
綵珪に所望され、この慧麗宮へ迎えられた占師、ユリィの存在が予定より早く宮廷内に知られることになったと李昌は告げた。
「
「範家の存在は知っているが面識はないな」
「花葉位の
「そうか。では後宮にユリィの噂が広まるのも時間の問題だな」
わずかに思案気な表情でいた綵珪だったが、すぐにまた執務に集中する。
李昌も雑用を済ませるため一礼をして執務室を後にした。
◇◇◇◇◇
───さて。なにで占うか。
香りの良いお茶で気分を落ち着かせ、ユリィは道具箱の中を眺めた。
得意とするのは
ほかにも火や水を扱って行う〈占〉もある。
使う道具も占い方も、そのときの気分や相手との相性、占う内容によって様々だ。
ここへ来てすぐ、意識を集中させたときに聴こえた騒めきをユリィは思い出す。
微かに聴こえた女たちの声は東の方角だったように思う。
あとで凛凛に東にある殿閣のことを聞いてみよう。
慧麗門の外に出て散策したいが、今日着いていきなりは無理だろうか。
(とりあえず方位占いからはじめるか)
今後、自分が行動を起こす範囲内に福運や災いのある方位や方向を占ってみることにした。
ユリィは箱の中から必要な道具を取り出し、卓の上に並べた。
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