慧麗宮・06




 宮殿の中へ入り面布を外したユリィを見つめ、綵珪は微笑んだ。



「待っていてくれ。着替えてくる」



 綵珪が指示した部屋の中に入ると、凛凛が卓子テーブルに朝食を並べていた。


 そしてユリィに気付くと申し訳なさそうに言った。



「私がお迎えに行きますからと言ったのですが。どうしても自分が行くからと仰って」



 ユリィは頷き苦笑した。



「せめて身支度を済ませてからと言ったのですが………」



「今着替えてくるそうよ」



「真っ先に会いたかったんですよ、きっと。よほど嬉しかったんですね」



「何が?」



「そりゃ決まってるじゃないですか。ユリィさまが来てくれたことがです」




(………どうだか。そのわりには不機嫌だったじゃないか)




「それじゃあ期待に沿えるよう、しっかり仕事をしないとね」




 まず何から訊こうか。



 考えながら待つこと数分。身なりを整えた綵珪が戻った。



「誰かと一緒に朝食の時間を過ごすのは久しぶりだ」



 食事をはじめた綵珪にユリィは質問した。



「なぜ慧麗宮には女官も護衛兵もいないんですか?」



「必要ないからだ。凛凛だけで充分間に合う」



「凛凛が来る前はどうだったんです?」



 仕えていた者がいるはずだ。



 綵珪は答えることなく食事を続けた。




「綵珪さまに仕えることを皆嫌がるのだと、李昌さまが言ってましたが。それはなぜですか?」



「さぁな」



 綵珪の態度から察するに、どうやら何も言うつもりはないようだ。



 そのうち噂が耳に入ると李昌が言っていたので、ユリィは別の質問をすることにした。



「では妖獣を見たという五人の者について聞きます。行方不明だという三人の人物について詳しく聞かせてください」



「それについては今はやめておこう。食事が不味くなる」



「では次に」



「まだあるのか?」



「ありますよ。私が依頼を引き受けたら詳しく話すと言いましたよね。綵珪さまが事件の調査に関わっている理由や呪には敏感だという理由ワケも」




「あぁ………。そうだな、時間のあるときに話そう」



「今お話しください」



「今は食事中だ。話は長くもなる、食事に集中したい」




 ユリィは立ち上がった。



 話さないつもりなら朝食などに付き合ってやるつもりなどない。



「お話してもらえないのでしたら離れに戻ります。荷物の整理もまだですから」



「えっ。お、おい待て。ユリィ」


 ユリィは綵珪を見ようともせず部屋を出た。




「なぜあんなに怒るのだ」



「綵珪さまがいけませんね」



 突っ立ったままでいる綵珪に凛凛が言った。



「ユリィさまはお立場をわきまえてる人です。遊びに来たわけじゃないんですから。ここまで来てきちんと説明がなければ信頼も失いますよ。話すと約束していたのなら尚更。あちらも不安になるでしょうし」



「………信頼か。そうだな、不安なのは俺の方かもしれん。話しにくい事ばかりだからな」



 椅子に座り直し、ゆっくりと食事の続きをはじめた綵珪の表情からは鬱屈したものが感じられる。



「あの方をここへ呼んだのは綵珪さまなのですからね」



「……ああ。わかっているよ、凛凛」



 顔を上げ微笑する綵珪に凛凛はホッとした様子をみせた。



 自分よりずっと年下の少年に諭され心配をかけたことを恥じながら。



 綵珪は食事を済ませると離れへ向かった。




 仮住まいとなる小邸離れでユリィが荷物の整理を終えた頃。


 玄関口の軒先に取り付けられてある鈴が鳴った。



 寝室の小窓からあか髪の訪問者の姿が遠目に見えた。



 話す気になったのだろうか。



 綵珪の態度に心はイラついたままだ。


(まったく。 遊びに来たわけじゃないんだから!)



 不機嫌な顔のまま出迎えたユリィの前で、綵珪は言った。



「さっきはすまなかった。ちゃんと話すから聞いてほしい」




 朝食のときの会話にはなかった真剣さが、その眼から伝わる。



 ユリィは頷き、綵珪を邸内へ迎えた。




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