臨時休業・02




「今宵は必要ない」



「お困りではないのですか?」



「困るとは?」



「よく眠れないとか」



「眠れてはいる」



(………悪夢はまだ見てないのか………?)



「眠る時間が取れてないだけだ」



(なんだ、単なる寝不足かよ)




 確かに、綵珪からはまだそれほど悪夢が溜まっている気配がない。



 ユリィの身の内に棲まう貘霊の反応も静かだ。




 だがしかし。


 綵珪を乗せて来た馬車が城へ戻ったことは蓮李から聞いている。


 ということは、朝まで相手をしなければならない。



「今宵も綵珪さまが私を一晩買ってくださったと女将から聞いていますので。きちんと料金分のお務めは果たさなければなりません」




「金を払って君を買ったのは確かだが………いや、もう交渉は成立したのだから買ったという言い方はおかしいだろ」




「臨時休業は明日からだと言ったの綵珪さまじゃないですか。なので今宵はまだ、私は華睡館の妓女です」




「だったら、占診でなくてもいいんじゃないか。君の仕事は占診だけじゃないだろ」



「………はぁ。では舞踏でも披露しましょうか? あまり上手くはありませんが。そうなると禿に頼んでこちらへ奏者を呼ぶことになるので、綵珪さまはまた覆面を────」



 付けてくださいね、と言いかけたが。



「舞踏ではなくて………」



 綵珪は首を振った。



「では美味しいお酒でも」



「こんな時間だ。酒など飲んだら眠くなる」



(そりゃそうだけど。だったら何しに来たんだよ………)



 ユリィはふと、昼間に蓮李が言っていたことを思い出した。



『契約書の件とは別で、おまえに会えないかと何度も言ってきた───』と。



「契約の件以外に何かお話でも? そういえばあの楊白という男は私の素性を知ってますが、大丈夫でしょうか。

 それから依頼の件についてまだ詳しく聞いてないことがありましたね。

 行方不明になっているという三人のこととか」



「その話は君が城へ来てからにする。今はそういう話ではなくてだな………」



 綵珪はユリィをじぃっと見つめた。



 椅子に座ったままなので、見上げているとも言うべきか。



 疲労からか目の下にうっすらと隈があり、美麗な顔立ちに翳りが見えた。



(せっかくの美貌がもったいない)



 王太子の仕事は寝る時間がないほど忙しいのか。


 とはいえ、ここでの門前払いも睡眠不足の原因のひとつとして考えられるので、多少は同情もしているユリィだった。



「では何がお望みですか?」



「望み?」



 何も考えていなかったような綵珪の表情が意外だった。



 占も芸もいらないのなら。


 妓女に残っているのは色しかないが。



 王太子が女に不自由はしているとは思えない。



(まさか私に夜伽を望んでいるなんてことないよね?)



 万が一そうであっても絶対阻止!



 妓女を名乗ってはいるが身体は売ったことがない。



 綵珪は王太子で契約上の主人あるじになったが。



(………命令されたら絶対服従なのは仕方ないだろうけど)



 けれどやはり肉体関係をもつ気になどなれない。



〈見なかったこと〉にする術が綵珪に効かないとしても、睡眠不足であれば催眠療法で眠らせることは可能だ。



(押し倒されてもたぶん大丈夫………)



















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