交渉期間・06




「あ、そうだ」



 蓮李の部屋を出ようとして、ユリィは聞きたいことがあったのを思い出した。



「このまえ栄柊がひらいた夜宴で王太子と連れ立って来てた官吏を覚えてる?」



「ああ、覚えてるよ。若いのと髭の男だろ。若いのは王太子の側近で栄柊の甥っ子だって聞いて驚いたわよ。甥がいるのは知ってたけど、まさか宮廷勤めだとは知らなかったから」



「うん。それでもう一人の髭の官吏はあれから店に来た?」



「いいや、一度も来ないよ。あれは嫌な感じのする男だったねぇ」



「やっぱり蓮李も感じたんだね。あのさ、もしも私が城へ行く前に店にあの男が来たら教えて。そして私に相手をさせてほしいの」




「太子の事情と何か関係があるのかい?」



 ユリィは頷いた。



「それもあるけど。なるべく早く祓ってやらないと、あいつの邪気はかなり濃かったから」




 ***




 気鬱という心のやまいの中で邪気が強まっている症状を、ユリィは〈病み憑き〉と呼んでいる。


 稀にではあるが、強く濃い邪気の気配に妖魔が引き寄せられ、とり憑くこともあるのだ。



 綵珪は楊白ようはくという名のあの男を「試す」ために連れて来たと言った。



 呪について聞いてくるかもしれない、そして綵珪が調べている帝城内での騒ぎと関係がありそうだということも。



(邪気祓いが先決だな………)



 しかし向こうもこちらもお互い顔を見知っている。



 綵珪に占師として雇われ城に入っても、ユリィが華睡館の妓女であると楊白は知っているのだ。



 顔を合わせない限りはなんとか誤魔化せるかもしれないが。



(見なかったコトにする術など使って私の顔だけ記憶消去するべきだろうか)



「………あーっ、もぉ!」



 自室に戻ってからも答えの出せない思考内容の堂々巡りに嫌気がさした。



 ぐだぐだ悩むのは性に合わない。


 時間の無駄だとも思う。



 そろそろ開店時間だ。


 いい加減何か食べておかないと。



 ユリィは食堂へ向かった。


 慣れ親しんだ華睡館の食堂飯ともしばらくお別れになる。



(帝城内って食堂とかあんのかな………)



 綵珪に聞くことが増えていた。



 ───やっぱりあるじゃないの、積もる話が。


 と、蓮李の声が聞こえそうで癪だったが。





 その晩、占を求める常連客二人を相手にした後、ユリィに指名が入ることはなかった。




 そして日付が変わる頃になってようやく、裏門に綵珪を乗せた馬車が着いたとユリィに知らせがあった。











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