交渉期間・03
◇◇◇
「ユリィ。占を頼みたいのだけど、今いい?」
開店までにはまだ時間がある夕刻前に、ユリィの部屋を訪ねて来たのは先輩妓女でもある
麗蓉は華睡館で「三華姫」と呼ばれる売れっ子妓女の一人だ。
視線のやり場に困るような色っぽい部屋着で訪れた麗蓉に、ユリィはお茶と菓子を出しながら言った。
「いつものアレですね?」
「ええ。いつものね」
麗蓉はにっこり微笑むと、
麗蓉は季節の変わりめ頃に決まってユリィに占を頼む。
前回占ったのは春になったばかりの頃だったので、そろそろかなと思っていたところだった。
健康運から人間関係、金銭運まで。
「いつものアレ」とは、毎回その
麗蓉に行う占にはいつも数種類の
道具にも占う相手と波長が合うものや合わないものがあるのだ。
ユリィは麗蓉と相性の良い天然石を用意して占いをはじめた。
麗蓉は今年二十代後半を迎える年齢で、華睡館の中でも最年長だ。
長年の稼ぎで既に借金もなく、年季も明けているのだと聞いている。
そして身請け話も一番に多い妓女だった。
なのでいつ華睡館を辞めてもいい身の上なのだが。
本人にはなぜかその気がないらしいという噂で。
数ある身請け話の中から選び放題であるにもかかわらず、未だ彼女のお眼鏡に叶う者がいないのだと囁かれてもいる。
───麗蓉姐さんの
「春に続いて全体的に好調ですけど。健康運が少し心配かな。姐さん、夏はいつも体調を崩しやすかったですよね。その辺を気をつけることと。あとは………焦らず慎重に、という意味のある札も出てますよ」
「………そっか。ね、ユリィ。今回は特別に占を追加したいのだけど。勿論、料金も追加するわ。いい?」
「いいですけど。料金なんていらないですからね」
他の妓女にもときどき占いを頼まれるユリィだったが、華睡館の妓女仲間には無料で占うことにしている。
商売相手は通いの客だけと決めているのだ。
「なにを占いますか?」
「人よ。占ってほしい人がいるの。彼の運勢と私との相性を」
(彼との相性………。姐さん、もしかして⁉)
ほんのり頬を染めた麗蓉の眼差しは、どこか恥ずかしそうに落ち着きがない。
「ほら、春の占いで良い出会いがあるって、あなた言ったじゃない?
それ当たりよ。春から通ってくれるようになったお客様なんだけど。なんかね、不思議なんだけど、いつものご贔屓さんや今までのお客様と全然違うの。意気投合できるというか、趣味も合うしね。とにかく一緒にいて楽しくて。………この人となら家族になってもいいかなぁとか思えてね。で、彼も私を身請けしたいって女将さんに言ってくれたの」
(うわ!姐さんがついに‼)
「受けるつもりなんですか?」
ユリィはドキドキしながら訊いた。
「受けてもいいかなぁってね、ようやく思えた人なんだけど。ただね………女将さんがね、もう少し様子を見なさいって言うのよ。通いの期間がまだ浅いからって」
「ああ、なるほど〜」
「私もさ、この仕事でいろんなお客の相手をしたから女将さんの言うことも判るの。断られても諦めずに、何度でも何年でも通って本気を見せてくる男じゃなきゃね。すぐに飽きられて幸せにはなれないって女将さん、よく言ってるしね」
「そうですね」
お客といえど新参者には厳しい蓮李だ。
それに麗蓉は三華姫の一人。
年季が明けているとはいえ店にとっては稼ぎ頭でもある。
麗蓉目当てに何年も通っているご贔屓客がいる手前、そう簡単に新規の客に身請けをさせるつもりはないのだろう。
それにしても。
(お金持ちっているもんだなぁ)
麗蓉のような上級妓女を身請けするとなると、かなりの額のお金が必要だ。
店に借金がなくても麗蓉があと何年稼げるのか計算されたり、麗蓉ほどの妓女であれば送り出すときも盛大に祝うこととなる。
そんな諸々のお金も身請け金の中に含まれるのだ。
とはいえ金持ちだからというだけで簡単に身請け話を進める蓮李でもない。
麗蓉を本当に幸せにできる男かどうか。評判を調べたり、通わせることで人柄を見定めてもいるのだろう。
「きっと私の方がものすごく好きになっちゃってるのかもね」
「姐さん………」
麗蓉の微笑みはそれまで見たどんな笑顔よりも眩しくて、優しくて。
とても美しかった。
「さっき占ってもらった札に出た意味を聞いて、ああ、やっぱりって思ったわ」
「焦らず慎重に、ですか?」
うん、そう。と言って麗蓉は続けた。
「今のままもうしばらく彼との関係を保つべきか。それとも女将さんに我儘言って身請け話を進めてもらってもいいのか。彼を本当に信じてもいいのか………。考えるほど不安になってね。ユリィの占ならよく当たるから参考にもなるし。
(………姐さん。真剣に恋してるんだね)
ユリィは頷いた。
「わかりました。その人の生年月日と質問をいくつか判る範囲で答えてください。姐さんとの相性や今後の運勢も多少は占えます。………良い助言ができるかはわからないけど………」
「ありがとう、ユリィ」
ユリィは麗蓉に追加の占をはじめた。
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