テーマ別一話完結短編集

八ッ坂千鶴

テーマ『試験』ジャンル:恋愛

  ――ジリリリリリリ……。ジリリリリリリ……。


『いつまで寝てるの? 今日は高校入試の説明会でしょ?』

「母さん……。あと5分……。5分だけ寝かせ……」

『そう言ってる場合じゃないでしょ‼』


 閉じ目にされた自室のベッドで布団にくるまる俺。勉強が嫌い。それもあって、一切復習をしていない。

 一階から二階へ繋ぐ階段が、ドタドタと音を立てる。誰かが近づいてくる。外に出たくない恐怖で、身体にまとわりつく布団を広げて潜り込む。


 ――バシュン。バタンッ‼


 勢いよく自室のふすまひらかれる。布団とシーツの隙間からチラリと覗けば、激おこ状態の母さんが仁王立ちしていた。


「たーくーやー‼ あんた何歳なのよ? 今度高校生になるんじゃなかったの? いい加減制服に着替えて朝ごはん食べて顔歯磨きしなさい‼」


(きょ、今日の母さん怖すぎィィィィィ⁉)


「わ、わわ、わかりました今すぐ準備しますからそんなに怒らないでくださいィィィィィ⁉」

「分かってくれたなら良し。さっさとしなさい。あと30分もないわよ?」

「ハ? ハイィィィィイイイイイィィィィィ‼」


 焦りに焦りが混じった俺の絶叫が、家全体を振動させる。早朝から喉が潰れてしまいそうだ。

 その後も、大慌てで階段を駆け下りると、すってん転げて頭にたんこぶ一つ。

 リビングに置かれた椅子の角に右足をぶつけて、膝小僧に青あざ一つ。

 急いでご飯を食べている最中に、タイミング悪くテレビ番組の茶番で吹き出し、鼻の中に米粒が数個。

 そんなこんなで制服に着替えて顔歯磨きを済ませると玄関へ向かうが、足場悪く段差を踏み外して、硬いタイルに顔面殴打。

 通常ならワクワクドキドキの説明会だが、類を見ないくらいの最凶モーニングデイだ。不幸の連続が、行きたくない気持ちの火に油を注ぐ。


「神様ってば、どんだけ行ってほしいんだよ……。出発前からボロボロなんだけど……」

「それ、卓也が早起きしなかったからに決まってるじゃない。もっと早く行動していれば、こうはならなかったはずよ?」

「すみません……」


 完全に落ち込んでしまった。こんな朝はもう二度としたくない。そもそも、青あざなら学ランのズボンで隠せるが、たんこぶと米粒は隠そうにも隠し切れない。

 それより、鼻の中がものすごいムズムズして気持ち悪い。早く取れてほしいんだけど、咳き込んだら、きっと嫌な目に合ってしまう。


「卓也。もうすぐ着くわよ。ほら、ホコリをしっかり叩いて、シャッキリしなさい」

「はい……」

「落ち込まないの‼」

「はい……」

「らしくないわよ?」

「そう言われても……」


 全身ボロボロ。合格する期待値0パーセント。勉強量皆無。頭の回転は冬眠直前の蛇のように、ものすごくのろい。

 それなら、高校に行かなくてもいい。その一言で、俺は高校の校門から後ずさる。そんな姿に母さんは愕然としているが、入試はもってのほかだ。


「それに俺……」

『ねぇねぇ、未来璃みくり? あの子相当汚れてない? 勉強のしすぎで寝ぼけてたりして』

『だよね‼ 穂流歌ほるかちゃん‼』

「よ、汚れてるって……。俺?」


 別の学校から来たのだろう、違うデザインの制服を着た、二人の女子中学生が噂話をしている。誰のことかは予想ができていた。

 しかし、校門とは逆方向に向かう足は、止まることがない。ここから全力で走って逃げて、自室に閉じこもりたい。


「勉強不足の俺なんか……。ってうわぁ⁉」


 ――ドサァァァ……。


 よそ見をしていたせいで小さな段差につまづく。さっきホコリを払ったばかりの制服を、また汚してしまった。ドジにも程がある。


「あ、あの……。怪我大丈夫ですか?」

「えっ?」

「あ、えーと、はじめまして。日比谷穂流歌と言います。その。勉強疲れなんじゃないかと……思いまして……」

「俺が?」


(完全に勘違いされてる)


 というのはさておき、俺に声をかけて来たのは、絶世の美女と言えば説明できるくらいに顔立ちが整っている、俺のタイプの人だった。

 このままでは一目惚れしてしまう。ずっと見ていれば、ほっぺたがとろけそうだ。余計に逃げたくなった。のだが……。


 ◇◇◇◇◇◇


『以上を持ちまして、説明会を終了します。受験希望者は、出入口前の職員に従って、手続きと受験番号の控えを受け取ってください』

「説明会終わったね。えーと名前は?」


 何故か分からないが、俺は説明会に参加していて、隣に座る穂流歌が名前を聞いてくる。

 俺の母さんは、完全に彼女だと勘違いして、ほんわかな表情。

 最悪なことに、体育館に並べられた椅子で囲まれ、親を含めた不特定多数に監視されている。逃げたくとも脱出不可能だ。


「その……。俺も名乗れば良いんですか?」

「だって、私が名乗ったのにあなたが名乗らないのは不公平でしょ?」

「た、たしかにそうですよね。その、三島卓也です。で、俺の母さんの三島寿美かずみ


 俺は母さんの分も自己紹介して、静かに体育館の外へ向かった。受付はスルーで校庭に逃げるために……。


「ねぇ卓也? もしかして、あの子のこと好きなんじゃない?」

「かか、母さん⁉」


 神出鬼没に近いくらいの母さんが怖い。しかも見透かされて、なおさら怖くなる。全能母さんか?


「ほらやっぱり……。告白してきたら?」

「ここ、告白?」

『あ、いたいた。卓也くん探したよ?』

「穂流歌ちゃんまで⁉」


(どど、どうしよう……)


 いつの間にか女性陣に囲まれた俺。必然的に抜け道を失ってしまった。高確率で勤勉者だと思われているに違いない。


「卓也くん。私に告白したいの?」

「え、あ、そ、その……。えーとですね……」

「それじゃあ、私ここ受験しようと思っているから、一緒に合格したら考えてあげる」

「ごご、合格ゥゥゥゥゥ⁉」

「卓也くんなら簡単でしょ?」


(いや、100パーセント無理なんだけど……)


「よかったじゃない。卓也のこと応援しているわよ? はい、受験番号」


(あ、ああ……。最悪だ……。結果的に受験することになってしまった……)


 まさか、こんな目に合うとは思っていなかった。勉強したくない。告白したいけど勉強はしたくない。そこまで頭良くないから……。


〈必須事項、受験勉強をして試験に合格。穂流歌ちゃんへの告白を成功させる〉


 とんでもない壁が立ちはだかってしまった。これを攻略するだけの自信がない。自信がないけど、頑張るしかない。


 ◇◇◇帰宅から数時間後◇◇◇


「漢字難しい……。習ってない漢字だらけで限界。文字が汚いし……」


 ◇◇◇さらに数時間後◇◇◇


「因数分解できない……。あと、二乗って何乗? わけがわからないよ……」


 ◇◇◇さらにさらに数時間後◇◇◇


「日本史と世界史どっち優先に勉強すれば……。やっぱり日本人だから日本史? いや、世界からも偉人が来ているから、世界史からか?」


 ◇◇◇さらにさらにさらに数時間後◇◇◇


「気体を冷やすと液体になって、液体を熱すると気体になって、液体を凍らせると固体になって、熱すると液体になって……。ややこしすぎ‼」


 ◇◇◇さーらーにー数時間後◇◇◇


「英語わからん‼ それよりだんだん眠く…………」

『卓也。ご飯よー‼』

「今日はもう寝かせて……」


 ◇◇◇それから数日後 合格者発表◇◇◇


 俺は疲れきったまま高校へ向かっていた。約2か月の間勉強したせいで、頭の中がパンパン。試験合格の期待度は自信がない。


『卓也くんお疲れ様‼』

「あ、穂流歌ちゃん……。おはよう……」

『先に卓也くんの名前探して来ちゃった。結果知りたい?』


(結果聞く以前から、不合格なの知ってます……)


「えへへ」


 何故か俺の前で嬉しそうに微笑む美少女。何がなんだかわからない。そこまで嬉しいこととは、どういうことなのだろうか?


「卓也くん」

「な、何?」

「合格おめでとう‼」

「へ?」

「だから、合格おめでとう‼」

「う、嘘だろ……」

「見ればわかるよ」


 この時俺は、穂流歌の言葉が信じられなかった。急いで合格者発表の掲示板を見に行く。食らいつくように群がる人だかり。

 掻き分けて見えた先には、たしかに俺の名前があった。


「卓也くん。私と付き合ってください」

「穂流歌ちゃん⁉」

「よろしくお願いします」

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