相田秀介

黒いからもずくと呼ばれて


 僕は全身が真っ黒な猫です。


僕の日課は寝床としている広場からドーム前通りを抜け、

近くのアトラクションも通り抜け、ちょいと行った先のパン屋に行く事。

ここのパン屋のパンはどれも美味しくて、人々に人気なんだ。

何でそんな事を知っているかって?

それはね、ここのお店のお姉さんがパンを少し分けてくれるからさ。

だからその美味しい味を知っている。

もちろん、今日もこのパンを食べにこのお店に行くんだ。


 ○本編


「今日もまたもずちんは来てるみたいね」

「毎日決まった時間に来るんだよねぇー、もずく」

 お姉さんがこちらに視線を向ける。

僕はにゃーと泣きながらお姉さんたちを見上げる。

千秋さんはあきれた顔をして、由巳さんに抱かれた僕を覗き込む。

「そういや、もずちん……いっつも由巳の腕の中にいるわね。たまには私にもなつきなさい!」

ドキッ!!

「なぁーんてね! 気にしないでもずちん!」

「千秋ってばそれ僻みじゃない?」

おいおい、ドキッってさせてくれるな…。

一応みんな均等になついているんだぞ!

たまたま一番多く接しているのが由巳さんであってだな…。

て言っても無駄だな……。

にゃーあ!!

「おっ! なんだこいつ、私に喧嘩売ったなぁ! ふふっ」

ツンっと千秋さんの指が僕の額を軽く突付く。

ほんと軽くだから別に痛くは無い。

向こうは冗談のつもりでついているのはとうに分かっている。

だから、さっきの鳴き声だって別に威嚇して出したわけじゃない。

互いに冗談をわきまえているんだ。うん。


 ○もずく


 いつからそう呼ばれているのかは分からない。

気付いたらそういう名前になっていた。

僕自身はこの妙にだるい言葉を気に入っている。

何でだろ……。


 ○パン屋のお姉さん


 お名前は月島由巳つきしまゆうみっていうんだ。

よくパン屋のご主人と奥さんが、

お姉さんのことを「ゆうみちゃん」「ゆうみちゃん」って呼んでるのを耳にしているから、名前は知っていた。

苗字はお姉さんの胸についているネームプレートに書いていた。

不思議なことに猫の僕は、この「つきしま」という漢字がなんとなく直感で分かった。


 ある日、急なスコールがあって、たまたま見つけたパン屋で雨宿りをしていた時に、

優しくお店の中に連れて行ってくれたのがこのお姉さん。

あ、そういえばもずくという名前を付けてくれたのはゆうみさんだっけ。

それからこの店に行くと、とにかく良くお世話をしてくれる。


 ○千秋さん


 ちゃんとした名前は大見千秋おおみちあきって言うんだ。

ウェーブのかかった茶色い髪と、明るい表情が好きだ。

たまに僕にちょっかい出してくるんだけど、それが心地好い。

由巳さんと同い年なんだけど、彼女、結婚しているんだ。

旦那さんはね、えっと、えーっと……。

ありゃ、見たこと無いな。どんな人なんだろ。ちょっとわからないや。

けどね、女の子供が一人いるんだ。若いのに。

その子の名前がなんとゆうみって言うそう。

名前の由来を聞いたことが無いからよくはわからないけど、

多分、月島由巳さんと関係があるものだと思っている。


 ○パン屋


 桐野ベーカリーと呼ばれ、 新しい建物の中にひっそりとたたずんでいるパン屋。

外見は古臭い感じだけど、中に入ればそうでもない。


 店には数十種類のパンが並んでいてどれもお客様に御好評なのだ。

僕のお気に入りはクリームロール。

ロールパンの中にとろとろしたカスタードクリームが入っているんだ。

あぁ、想像するだけでもつばが出てきちゃう。

じゅるり、じゅるり。


と言ったけれど、実はこのパンを食べた事は数回しかないんだ。

えへへ……。

いつも食べている(貰っている)パンは製作途中で失敗したもので、

店先に並んでるようなパンは滅多に口にしないの。


 あ、製作失敗のパンはまずいから、うまいパンを食わせろといってるわけじゃないんです。

そこのところ誤解をしないで下さい。

失敗したものだって作り手の真心が入ってるから十分美味しいんですよ。


 ○本編2


 お姉さんたちと戯れた後は、いつもの定位置へ行く。

レジカウンターの横には専用の座布団、というよりはクッションがあり、

いつもそこに座ってお店の中を覗き込んでる。

おじさん、おばさん、由巳さん、千秋さん、そしてお客さんの行動をじーっと見つめてる。

たまにお客さんが頭を撫でてくれるんだけど、その時は軽くにゃあと鳴いてお客さんたちのご機嫌を取ります。


「可愛い猫さんですね」

「はい」

僕の目の前で大学生風の女性と由巳さんがお話をしている。

「お名前あるんですか? この猫さん」

「色が黒いから、もずくって呼んでるんですよ」

「もずくちゃんかぁ……。うん、そんな感じ。……あっ、そうだわ」

女性は何かを思い出したようで、ズボンのポケットから袋に入ったビスケットかクッキー見たいな物を取り出して、

僕の前に置いた。


「もずくちゃんにプレゼントかな」

「あぁ、有難うございます。ほら、もずくもお礼をしないと」

人間の言葉で有難うとは言えない為、とりあえず女性に向かって愛嬌のある笑顔をしながらにゃーと鳴いてみた。

女性は僕の意を察したか、「いえいえ」とそう呟く。

そして、由巳さんに向かって、「じゃあ、また来ますね」と一言言うと店を後にした。


「あの人から貰ったクッキー、袋から開けてあげるからね」

僕は猫だ。当然袋なんて綺麗に開けることなんて出来ない。せいぜい噛み千切って汚く開けるのが明確だ。

だから由巳さんが代わりに開けてくれる。ほんと、彼女様様。

綺麗に袋を破り、中身のクッキーらしきものが姿を現す。

お皿と言うものは近くに見当たらないので、破いた袋を皿代わりにし、クッキーを置く。

「綺麗に食べてね、もずく。それと、私はお仕事の続きがあるから行くね」

もう少し付き合っていたかったけど、そうはいかないみたい。

彼女は働いている。

お仕事頑張ってほしいと言う気持ちを込めてやさしく鳴いてみた。

にゃあ。

それに対して由巳さんの口から「有難うね、もずく」という言葉が発せられた。


有難うと言う言葉。

この言葉ほど言われて嬉しいものはない。

僕らだってヒトと同じ生き物なんです。感謝を称する言葉を言われると意気揚々とするのは当然です。


と猫のくせに愚な意見を吐いてみた。

う~ん、似合わないなぁ、こういうの。


 ○その男


 今日もいつもと同じに桐野ベーカリーに来た。

僕は店内を軽く見回す。

いつもと変わらない。いつもと変わっていない。

お客さんの入りも上々。千秋さんや由巳さんが忙しく働いてる。

今ここでちょっかいを出したら怒られるだろうな……。

現在の様子では猫が店内をちょこまかと動くと邪魔と見える。

そんならこっそりとレジカウンターの隅にでも居様。

ふわあ、何か今日は眠い。ちょいと横になってよ。


 ギィ……。


「いらっしゃいませ! ……あぁ、洵君」

「あぁ、由巳」


うむ、誰か来たみたいだ。

眠い眼を頑張って開けると、男の人が由巳さんと並んで立っているのが見えた。

彼か。彼が来たんだ。


「ねぇ、洵君。今日はあなみんとかずくんと一緒じゃないの?」

「あぁ、あいつらか…。今日は二人とも用事があるようで」

「そっか、残念」


「おいっ、そこ! ラブラブしない!」


突然、急な大声がしたもんで僕は一気に目が覚めてしまった。


「ラ、ラブラブなんてしてないよ! もう千秋ってば」

「だったら、仕事しなさいよ由巳。フフフ」


「ラブラブ?」


「もう、変なこと言わないでよ。びっくりするよ」

「驚いた由巳が見たかったから、ちょいと言ってやったのよ」


女性2人組みはにぎやかに話し、男はぽかんとその様子を見つめている。


先ほどの元氣声で完全に起きてから、何をしようか考えていた。

が、特に思いつく事もなかったので隅でじぃっとする。

すると、じゅんと呼ばれた男がこちらに近づいてきた。


「お前も来ていたのか……」

「にゃあ」


 僕はこの男に何か違和感を感じている。

見た目は人間そのものだが、中身には別なものが入っているんじゃないかと動物的感が告げている。


思い込み? たぶんそう。

そうだと願っている。

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相田秀介 @nanado

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