第5話 狩人のお仕事

 竜に村が焼き払われてから、もう何年が経つだろう。今日も元気に働いています、と言える程度には心も落ち着いてきた。今は領主様の紹介で、開拓村の狩人として生活している。使命はどうした、と自分で思うことも少しあって、この前ちょうど近所に居た竜を一匹狩ってきた。あとは普通の暮らしだ。


「よし」


 今日の獲物はゴブリン。迷彩柄の肌をした小型の魔物で、群れで行動する数の多い雑魚。生命力は貧弱の一言であり、棒で強く殴るだけで死ぬ。ただ、本当に数が多い。

大規模な群れではそれこそイナゴの如く現れるのだとか……今回の依頼ではそこまでの規模ではない、ほんの十匹前後の群れ。依頼者の頼みは、畑を荒らし家畜を襲う連中の駆除。やってることは昔と変わらない。

 包みを開けて、青に色を付けた球体を取り出す。毒を混ぜた 小麦粉に水を加えて固めた物。これを、連中の通り道に無造作に放り投げて置くだけでいい。アホな連中は勝手に食って勝手に自滅するのだ。自滅しなくても、気にして動きを止めたところを射る。

 木を登って連中が来るのを待つことしばらく。獣道を通って緑色の塊がやってくる。


「ゲッゲ」 


 手に太い木の枝を握った小人は、早速団子を毒とも知らずに食べてしまう。まるで警戒心のない赤子のようだ。赤ん坊みたいにかわいくないけど。

全員ではないが、即効性の毒にすぐに泡を吹いて倒れてしまう。食わずに逃れた個体は上から矢を射かけて順番に殺してしまう。


「ちょろいな」


この程度なら獣の方が手ごわい。数が多いだけなら、こうしてちょっと頭を使うだけで楽に終わる。日が暮れるまで時間もあるし、小遣い稼ぎに薬草を摘んで帰るとしよう。

 木から降りて、獲物から矢を引き抜いて、矢立てにしまったら道なき道を進んで、森の奥へ。


 そういえば、最近見慣れない魔物を森で見かけるようになったとか、窓口で聞いたが。もし見つけて報告すれば、小遣い程度には報酬をもらえるだろうか。と、打算的なことを考えながら、空気に混じる妙な臭いを嗅ぎ取った。


「香水?」


 はて、今日は森に他の狩人が入っているとは聞いていないが。そもそも狩人は香水なんてつけないか。森の中に、香水を買うような身分の女が何をしに? もし野盗に襲われているのなら、助けて礼金でももらおうか。野外で男といちゃついているのなら、そのままほっといて薬草摘みをすればいい。

 藪をかき分けて、その先へ。粘着質な液体が跳ねる音が。臭いも強くなる。


「これが例の……かね?」


 少し広くなった森の中。鎧を着たまま、極彩色の触手に絡めとられて、表情を快楽に染め喜悦のうめきを上げる女性と、おぞましい触手の塊。触手が絡み合って玉となり、玉の中からいくつも細かったり太かったりする触手が伸びている。

新種の魔物。しかし、やろうとしていることはわかる。助けなければあの女性は生き地獄……あるいは天国か? 彼女にとってはそれも悪くはないかもしれないが。繁殖した魔物がまた人間を襲っても困る。

 お楽しみのところ悪いが、狩らせてもらおう。


「しゃっと」


 鉈を持って突撃。女性をからめとっている触手に刃を叩きつけて切り落とす。呆けている女は、金目の物をあさった後で気付け薬を飲ませればいい。


 槍に持ち構えて様子を見る。狩りの前にまずは出方を観察しようという、いつものやり方。


「キィィィィイイ!」


 ガラスをひっかくような不快な鳴き声に耳をふさぎたくなるが、塞げばそれだけ隙が生まれる。物理的な攻撃は触手を振り回しての攻撃だろうが、こういう気持ち悪いモンスターなら魔法を使うかもしれない。それを確認するためにも眉をしかめて耐えるしかなく、相手の出方を見つめ続ける。

 と、ここで視界の隅を鮮血が舞う。次いで、右腕に走る鋭い痛みを知覚。ちらりと目だけ動かすと、肘から先が欠け落ちている。火や土なら見えるはずだが、完全に見えないとなると風で決まり。さっきの鳴き声は詠唱の代わりか、発動のカモフラージュか。考える頭なんてなさそうな、というか頭がどこにあるのかわからない姿をしているくせに、なかなかやるではないか。

 元に戻った右手で槍をつかみ、今度はキチリと構えなおす。報告するための材料はこれで十分得た。


 では、狩ろう。これだけ威力のある魔法を使える魔物を放置していては、開拓民が危険だ。

風切り音、見えない刃を勘で避ける。しなる触手を槍で串刺しにして止め。すぐに抜いてくるりと回し、反対から迫る触手も突き刺す。痛みにひるむ触手の集合体の中心へ、渾身の一突き。


「獲った」


 核は打ち抜いた。その上穂先には毒が塗ってある。打ち込んだのは即効性だし、耐性がなければ全身に回る。槍を振るって次々に迫る触手をまとめてなぎ払い、数歩引いて、鉈を抜いて、触手の集合体へ向けて投擲すると、避けもせず防ぎもせず。吸い込まれるように刺さり、わずかに震えて触手を伸ばす。その動きは鈍い。さらに下がって距離を突き放し、弓を構え、矢を射かける。一本刺さっても微動だにしない。

 死んだか?

 死んだな。


「……さて。助けた報酬をもらおうかな」


 未だ呆けている女性に近寄き、鎧の内側に入り込んでいる触手を引っこ抜く。鎧の股関節からもぐりこんだ触手を引っこ抜くときに嬌声を上げてビクビクと跳ねて、水たまりが広がっていたのは、彼女の名誉のためにも忘れておく。

まず金目の物をあさる。巾着袋に、銀貨が数枚。格好のわりにしょっぱい。あとはギルドへこのモンスターの死骸を突き出せばいくらか……もらえるといいなぁ。

気付け薬の入った小瓶をポーチから取り出し、指で薬を掬って半開きになった口に突っ込む。呆けた奴を背負って森を出るのは疲れる。怪我がないなら自分の足で立って動いてもらう。


「!!??」


 この薬は、死人も飛び起きる、とやや誇張されてはいるがそれくらい強烈な苦みが特徴。頭を拳でガツンと叩く代わりに、違う衝撃を与えて正気に戻す。それが気付け薬なのだから、苦すぎるくらいがちょうどいいのだ、きっと。

 狩りの途中眠くなった時に舐めると綺麗に眠気が散る。


「げほっ! げぇぇっ……」


 たちまち焦点の合わない瞳に力が戻り、口に入ってきた劇物を大量のつばを分泌して吐き出そうとしている。


「ほれ、水」


 水筒を差し出すとかっさらうように奪い取られる。指に紐がひっかかって少し痛かった。


「ぶはぁ……」

「さて美しいお嬢さん、言葉はわかるか。指は何本に見える?」


 三本指を目の前で揺らしながら尋ねる。意識がはっきりしているなら肩を貸す程度で歩けるだろう。装備も上等なものだし、場合によってはこれを貸しにして今後金に困ったときに頼る伝手としよう。


「三本……」

「立てるか?」

「あ、足に力が入らなくて……」


 触手に快楽責めされてたんだからそりゃ当然か。だが、正気に戻れただけまだ運がいい。完全に落とされてたら娼館に通う男のナニじゃ満足できなくなって、森の魔物に犯されに自分から戻ることになるところだ。エロ漫画みたいに……この世界に漫画はないが。


「馬を呼ぶ。少し待ってろ」


 笛を鳴らし、借り物の馬を呼ぶ。数分としない内に、道なき道を進んで馬がやってきた。艶のある黒い毛並みを撫でて、木の葉を落とす。


「ぶるる」

「……大きい」


 熱い吐息と、まなざしと共に意味深な言葉をつぶやくこの女、一体ナニを見て言ってるのか。ナニだろうな、きっと。


「失礼、持ち上げるぞ」


 鎧ごと彼女を持ち上げて、馬に乗せる。仕留めた触手の塊にロープをかけて、それもついでに運ばせる。そして俺は手綱を引いて馬の来た道を戻るのだ。この死体が良い金になればいいのだが。


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