絶交請負人はプロの仕事をくずさない

ちびまるフォイ

もう二度と手の届かない場所へ

「あんたなんかもう絶交よ!!」


「ホントそういうところ大っ嫌い!! 勝手にすれば!?」


もう何が発端で口げんかがはじまったのかわからない。

それでもヒートアップしたケンカの決着は絶交に着地した。


小学生がやる「絶交」なんて生優しいものじゃない。

これは本気だという表明もかねて、絶交請負人を呼んだ。


「はじめまして、私は絶交請負人。

 ストーカーから仲たがいまで誰とでも絶交できます。

 そして、完全なる絶交をお約束します」


「誰でもってことは、私みたいな中学生でもいいんですか?」


「もちろんです。依頼人も絶交対象は誰でもOKです」


「この人と絶交させてください」

「承知いたしました」


私はふたりで撮ったプリクラの写真を出した。

絶交請負人は仕事をはじめます、と行ってしまった。


翌日から明確な変化が出た。


「あれ?」


学校に行くと絶交した里美の机が空いていた。

欠席とかだろうか。


「あーー、なんか別のクラスに行ったみたい」

「そうなんだ」


他の人に聞いて知った。担任の先生も何も言わなかった。

まぁ、教えてほしいとも思わないけど。顔も見たくなかったし。


転校したとか、最悪殺されているんじゃないかと

いろいろ悪い方向に考えが及んだのもあって少し安心した。


恐れていたのはクラス変えだけなので、

廊下でうっかりすれ違ったりして気まずい感じになるのが怖かった。


「廊下ですれ違う? ありえませんね」


絶交請負人は私の不安を瞬殺してしまった。


「私どもは絶交のプロです。

 転校などと大それたことをしては、あなたに罪の意識が宿る。

 だからクラス替えをして顔を合わせないようにしました。


 もちろん、24時間監視していますから、

 あなたが絶交相手とうっかり遭遇なんてことは人為的にあり得ないんです」


「そうなんですね」


「これで残り0回です」


「は? 何がですか?」


「絶交相手のことを聞くのは1回までなんですよ。

 これ以上はなにを聞かれても答えることはできません」


「それは……どうしてですか?」


「あなたが絶交相手を忘れる手助けですよ。

 我々をはじめ、あなたの周囲の人間すべて絶交相手を

 話題に出さないことであなたの記憶から相手を絶交させていきます。徐々にね」


「なるほど……」


思えば、今日はちょっと周りの人たちが私によそよそしかった。

それはきっと話題を選んだり、禁止されている絶交相手の話を持ち出さないようにしていたんだろう。


「では、絶交相手のことは忘れて、新しい学生生活を満喫してください」


「は、はぁ……」


絶交請負人の仕事はプロそのものだった。


すれ違うこともなければ話題に出ることもない。

どんな時でも名前を見ることはなくなり、存在そのものが消えたかのよう。


でも――。


「……やっぱり謝りたいな……」


どんなに忘れようとしても、何をするときにでも頭の片隅に里美のことがちらついた。


別れ際にひどいことを何度も言ったことも覚えている。

謝ってヨリを戻したいとかそういうものじゃない。


ただ、謝って自分がすっきりしたい。

謝った既成事実で私の中の罪悪感を消したい。


それだけのためだった。


「ねぇ、このクラスに里美っている?」


私はそれから絶交した友達を探すようになった。

学校の同級生の全クラスを回ればすぐに見つかると思った。


「さ、さぁ?」

「私、あんまり話さないから……」

「どうだろう……」


誰に聞いても、はぐらかされるばかりだった。

絶交請負人の手が入っていることがすぐにわかった。


先生に聞いても結果は同じ。座席表も私に見せないようになっていた。


いっそ「このクラスにいない」と答えを出されるだけで

選択肢が減るからどれだけ楽なことだろうか。


ある日の授業中、私は手を挙げた。


「先生、ちょっとお腹痛いんで……」


「ああ、いいぞ」


さすがに授業中となれば教室にいるしかない。

トイレに行くふりをして授業中のクラスを覗いて回った。


絶交請負人の手が回っているとしても、

空席があればそこが里美の席にちがいない。


席がわかれば手紙を入れるなりして連絡を取ることだってできるはず。



「なにをしてるんですか?」



後ろから声をかけられて思わずゾッとした。

先生じゃない。絶交請負人が立っていた。


「……どうやら、絶交対象を探しているようですね?」


「あの、その……。やっぱり絶交キャンセルでお願いします!」


「ダメです。一度絶交したらキャンセルできません。

 だからこその絶交なんです。

 子供の家出感覚で絶交されちゃたまりませんから」


「でも……私謝りたくて……」


「そんなことは知りません。

 これ以上、絶交妨害するようであれば強制手段もあり得ますよ」


どんな内容なのかまで聞く勇気はなかった。

それでも監禁をはじめ「確実に探せなくする方法」はいくらでも思いついた。


「わかりました……忘れます……」


「その方がいいでしょう。新しい人生を始めましょう」


その日、学校から家に帰ると、部屋にあった思い出の品を捨てることにした。


一緒に行った水族館で買ったキーホルダー。

小学生の時にはじめて撮ったプリクラ。

私の番で止まっている鍵付きの交換日記。

スマホの写真。卒業アルバム。なにもかも。


でも、取り出せば取り出すほど、部屋から色が失っていくようで

押入れから思い出が出てくるたびに辛くなっていった。


絶交なんてするんじゃなかった。


会わない解放感よりも、会えない辛さがずっと大きい。


意地をはって今になじもうとしたけど無理だった。

私はすぐに連絡した。



「またですか? 言ったはずですよ。

 一度、絶交したらキャンセルはできないと」


「どうしても、ですか?」


「例外はありません。

 絶交相手には近寄らせませんに、干渉もさせません。

 完全にあなたの世界からフェードアウトさせるのが仕事です」


「そうですか……」

「では、これで失礼します」


「待ってください。実は依頼があるんです」


依頼、という言葉に絶交請負人がぴたと足を止めた。


「どうしても絶交したい人がいるんです。可能ですか?」


「ええ、もちろん。同じ依頼人でも複数相手から絶交できますよ。

 ただし、一度絶交したらその相手とは完全にかかわりが消えます。

 相手も自分も関われなくなりますからね」


「はい、わかりました」


「それで、いったい誰と絶交したいんですか?」


私はそっと人差し指を出した。




翌日、学校に行くと隣の席に里美がいた。


「おはよう」


「……おはよう」


絶交請負人と絶交したことで、また前の日常が戻ってきた。


すぐに謝れる感じにはすぐなれないけど、

私の世界の中に里美が戻ってきたことがただ嬉しかった。



「ねぇ、里美。今日、一緒に帰らない?」


里美は当たり前じゃん、とだけ答えた。

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