R.死に席(26分)
「最近はほら、どこも禁煙ばっかでしょ?」
Rさんがその喫茶店を近所に見つけたのは偶然だったのだという。
「暑い日だったからね。いつもは通らない道なんだけど、そっちのほうが日陰多くて涼しそうで」
コンビニに昼ごはんを買いに行くつもりだった。
「そしたらちょうどいい雰囲気の喫茶店があってね。個人経営っていうか。いまどき厳しいだろうに、いい店見つけたや、つって」
ちょうどランチをやっていたのもあって、足を踏み入れたのだという。
「ガランとしたもので、他に客もなくマスターが奥に一人きり。ちらっと、失敗したかなって思ったけど、そのまま帰るのも失礼でしょ? 座ってナポリタンって」
カウンターの隅に灰皿を見つけて、Rさんは一服しようと懐からタバコを取り出しかけた。
「そしたら隣の席から、『申しわけありませんが、煙はご遠慮いただけますか』って。あぁ気付かなかったけど、他にも客がいたんだと思って、すいませんってタバコ仕舞ったのよ。そのくらい近くから聞こえたの」
しかし、隣の席には誰もいなかったのだという。
「辺りを見回してもやっぱり誰もいないじゃない? マスターは奥の厨房で俺のナポリタン炒めてるし。おかしいなと思って、改めてよく見たらそこの席、シートにガムテープで大きくバッテンが貼ってあったのよ」
「感染防止じゃなくて?」
「それなら、他の席にも貼ってあるはずでしょ? カウンターが8つくらい椅子あったんだけど、その席だけで気になっちゃって」
ナポリタンを運んできたマスターに、なんですかこれと訊いたのだという。
「『死に席だよ』って。それだけ。愛想の悪い人じゃなかったけど、どうもそれについてはあまり話したくなかったみたいで、すぐ話題を逸らされちゃった」
いまもその喫茶店はRさんの家の近所にあり、たまに利用するがいつもがらがらなのだという。
「今度思い切ってその『死に席』に座らせてもらうかと思ってるんだけど、何があるのかね」
何かあったらまた聞かせてくださいと頼んでおいた。しかし、Rさんからの連絡はあれ以来まだない。
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