怪談ワンドロ
言無人夢
A.足を引かれる話(40分)
Aさんは幼い頃の交通事故で、右足の小指を失っていた。ほんの三歳ほどのことで、事故当時の記憶はない。
しかしそのせいか、彼女には、16歳を越えた辺りから妙な体験が続いていた。
夏の決まって寝苦しい夜に、布団の中から小指のない右足を強い力で引っ張られることが度々あった。
とはいえその現象自体に特に害はなく、ずぽっと身体が布団のうちに引き込まれて目が覚めてしまう以外、少し気味が悪いだけだった。
昨年の夏のことである。Aさんは友人と海水浴に行った。始めは友人らと波打ち際での遊びに付き合っていたが、泳ぎの得意な彼女はやがて一人、沖の方へ向かって泳いでみることにした。
とはいえ、そこまで岸から離れていたわけでもない。周りには他の客が多くいたし、少し潜れば足を付くか付かないかの浅瀬だった。
しかし運悪く、強い陽射しが原因で立ちくらんだところを、ちょうど横合いからの高い波に襲われて、Aさんは多めの海水を飲んでしまいパニックに陥った。
慌てまいとすればするほど上下の感覚を失い、水面を求めて遮二無二もがいた。
息の限界が近づきつつあるなか、ふいに水以外の何かを左手が掴んだ。肉と骨の感触からとっさに、近くにいた誰かの腕だと思い、それを頼りに顔を出そうとしたあたりで、しかし耐えきれず意識が途切れた。
結局。Aさんは、ちょうど溺れるところを目撃していた友人に助けてもらい、難を逃れた。しかし奇妙なことに、その友人によれば、Aさんの周囲には腕を掴まれたらしい人影はなかったということだった。
さらにはAさん自身、こう語った。
腕だと思ったけれど、太さから言えば、足首だったような気もする、と。
恐らく右足。はっきりとした感触ではなかったが、小指のない右足だったような。
そこでAさんは笑った。
今年も海に行くんですけど、と。
万が一そこでも溺れたら、今度こそしっかり確かめてみるつもりです、と。
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