転生しない勇者

ゆむ

救世主が死んだら話にならない

 魔王が発生して三十八年。世界は魔に包まれていた。

 その世界、オズゴビュノの人間の神であるクヴァイは現状打破のために救世主を異世界に求め、地球へとやって来ていた。とはいっても、地球人を直接連れて行くことはできない。

 強い魂の持ち主を転生させ、オズゴビュノで改めて生を受けてもらう必要がある。

 まあ、ぶっちゃけ言ってみると。何人かの地球人に尊い犠牲となって死んでもらうということだ。


 救世主候補は三人。

 アメリカ合衆国のNina Jackson

 中華人民共和国の楊 浩然

 日本の佐々木 隆

 どれも同姓同名が数百人はいそうな平凡な名前である。いかにも救世主とか勇者のような派手な名前ではない。

 しかし、それだけに人違いで間違えて死なせてしまわないように注意せねばなるまい。クヴァイは現地の神の協力の下、本人特定を進め、殺害計画を立てる。

 なにやら物騒な感じがするが、この三人には死んでもらわねばならないのだ。人間を生身のまま異世界に連れていくことなど不可能なのだから。


 地球の神の情報によると、佐々木 隆は日本生まれ日本育ちの二十一歳の大学生。宇宙関連を目指して真面目に勉学に励む学生である。慎重は百八十三センチと比較的高い方で、程よく筋肉が付いた男らしい体格の持ち主である。


「貴様は未来ではなく、異世界へ行くのだ。」

 クヴァイは呟き、駅前交差点で信号待ちをしている佐々木に向かって大型トラックを暴走させる。

 運転手が必死にブレーキを踏んでいるのを無視してトラックが加速し、歩道に向かって突っ込んでいく。


 スキール音が派手に響き衝突音が轟く。そしてあちこちから悲鳴が上がり、周囲は半ばパニック状態になる。。

 無残に轢き殺された男、その傍らに尻もちをついている女子高生。

 そして、佐々木は隣にいた小学生を抱えて無傷で完全に回避した。

 さすがは救世主候補である。自分だけが助かろうとするのではなく、女子高生を安全圏まで突き飛ばし、さらに子供を守っているのだ。

 素晴らしい反応速度、そして危機回避能力である。

 近くにいた男子大学生が巻き込まれて死んでいるが、そこはそれ。佐々木の能力の一端を見ることができたのだ。これくらいの犠牲は仕方が無いだろう。


「中々やるではないか。だが私の手を煩わせずに速やかに死ぬが良い!」


 クヴァイがさらにクルマを暴走させ、さらにビルの上から看板を落とす。

 しかし、佐々木はそれを全て躱してしまう。さすがに無傷とはいかないものの、かすり傷程度である。

 だが、周囲は大参事だ。死者だけで十人を超えるだろう。重軽傷合わせて怪我人は百人以上になりそうだ。


「やりすぎだ。これ以上、周囲を巻き込むやり方は認められん。」

 流石に地球の神もそれを見過ごすことはできないようで、クヴァイを止めに入る。

「しかし、まだ彼は」

「対象者以外を傷つけることは許さぬ。」

 地球の神ははっきりと宣言した。



 数日後、クヴァイは気を取り直してジャクソンを狙う。女性の方が殺りやすいと思ったのだろうか。

 ジャクソンを何日か監視していると、いい機会が訪れた。

 雷雨の中の外出である。傘を差して郊外のショッピングセンターの駐車場を歩くジャクソン。

「神の怒りの雷を受けよ!」

 クヴァイはジャクソンに向かって雷を落とす。

 その直前、ジャクソンは傘を閉じ、上空へと放り投げた。


 投げた傘によって雷はその軌道を変え、ジャクソンへの直撃とは至らなかった。というかジャクソン自身はまるっきり無傷だ。雨でびしょ濡れになってはいるが……

 クヴァイが次々と雷を落とすが、ジャクソンは既にクルマの中へと避難している。周囲を通りがかった者への被害が増えるばかりで、ジャクソン本人にはダメージの一つも与えられない。またしても失敗である。


 翌日、クヴァイは北京に来ていた。

 狙いは最後の一人、楊浩然。

 クヴァイは彼の通う大学にて待ち伏せる。どうやったのか、肉体を得て現実世界に降臨している。

 その姿は、異様そのものだった。

 すらっと伸びた手足に、引き締まったウェスト。胸部には豊かな乳房が四つもついている。頭部には斑な褐色の髪、つり上がった目に、鼻は無く、口には牙まで生えている。何をどうひいき目に見ても、人間には見えない。クヴァイは神であって、人間ではないから人間に見えなくても当然なのであるが、この神は周囲の目を考えていない。


「楊 浩然!」

 クヴァイは楊の名を叫び、剣を大上段に構えて楊に突っ込んでいく。対する楊は大して慌てもせずに身構える。

「Zeagneeeeeeeee!!」

 裂帛の気合いを込めてクヴァイは剣を振り下ろす。だが、その前に楊の膝蹴りがクヴァイの腹にめり込んでいた。

 楊は後ろに下がるのでも、横によけるのでもなく、クヴァイに合わせて前へと踏み込んでいた。

 右手でクヴァイの上腕を掴み、剣の軌道を逸らすとともに、その反動も利用する形で渾身のカウンターの膝蹴りである。

 さらに楊は、クヴァイが体をくの字に曲げている背後に回ってその胴を掴んで持ち上げる。

 しかし、両腕がフリーの状態である。その体制では反撃を許すことになってしまうだろう。と思ったら、楊はそのまま海老反りになってクヴァイを背後に叩き落とした。

 プロレスで言うところの、バックドロップである。

 コンクリートの床に脳天から叩きつけられ、クヴァイは身動き一つしない。

 普通の人間なら死ぬだろう。


 いや、クヴァイの肉体もこれで死んだようだ。灰と化し、風に消えていった。


 わざわざ地球へと救世主を求めて来たものの、クヴァイは三人のうち一人も転生させることができていない。

 そもそも、救世主を自らの力で殺害して転生させるというのが無理なのだ。

 クヴァイが『魔王を倒し得る者』を殺害できるならば、本当にそんな力があるならば、その力で魔王を殺害すれば良いはずなのだ。


「このままではオズゴビュノの人間は滅びてしまう。どうか助けを!」

 クヴァイは地球の神に助力を乞うが、地球の神の返答は望むものではなかった。


「無関係な人間を何人も殺害した罪を贖うが良い。この地球ではお前が倒されるべき存在だと知れ。」


 その後、オズゴビュノがどうなったのかは誰も知らない。

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転生しない勇者 ゆむ @ishina

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