子守り
イーサの家に招かれたダンたち。
「ここです……」
イーサの父親が戸の前に立つ。簡素な木製の家。寝泊まりをするのに最低限と言った大きさで、大柄なダンが寝る場所があるようには思えない。
父親はそれについて、まだ緊張が溶けていない様子で話す。
「ベッドも家族の分だけで、皆さんのはございませんが……」
「ごめんなさい」
勢いだけで招待したイーサも、今になって後悔が募りだしている。
セニーリが質問を投げかけた。
「この村に宿みたいなものはあるの?」
「ありません、そもそも来客というのがほとんどないので……」
「でしょうね」
自身も田舎の出のセニーリは当然という風な反応。ミィもそれほど驚いた様子はない。
しかしそれよりも夫妻が気にするのはダンである。村長は強気に振る舞ったが、実際に彼が暴力に訴えたら抑えられるものはいなかっただろう。
最悪ダンだけでもまともな場所で、自分たちの寝床を提供することも想定していた。
「いや、無いならないでいいが」
「えっ」
ダンの言葉に驚いて思わず声を出したイーサ。
父親も慌てて聞き直す。
「いいのですか?」
「元から野宿の予定だったし、なあ?」
二人に確認を取り、同意が帰ってくる。
「この規模の村で宿なんか普通ないもの」
ミィが言う。
「だから鍋を貸してくれればそれでいいんだって。早くしてくれ、イノシシが腐っちゃうぞ」
急かすダンに押されイーサの一家は屋内に入っていく。
最後に父親が問う。
「ちなみにそのイノシシは……、私達もいただいて?」
「多分余るだろうから、いいぞ」
「やったあ!」
イーサが飛び上がって喜ぶ。
いつもは精々が小さな鳥の肉、一メートルにもなるイノシシはダンが大食らいでも持て余すほど。イーサたちも十分腹がふくれるだろう。
村では常日頃質素な生活を求められるので、このご馳走は大人である夫妻も喜色を浮かべている。
そうしている内に陽は森の中に消えゆく頃だった。
ダンが嬉しそうに声を上げる。
「ようし、晩飯だ!」
空を星が覆う頃、ダンたちは村から少し外れたところで火を焚いていた。
とうにイノシシは食べ終わっている。野菜くずと一緒に煮た質素なスープであったが、いつも干し肉で済ませていた身にとっては染みるものだった。
今は軽い談笑の後、各々が寝るまでの時間を潰している。
ダンはその中で、一人森の前で立ち尽くしている。目をつむり、感覚を研ぎ澄ませていた。
ジュラーを出ていこう、未だ彼の糧となるような強者とは出会えていない。この度では新しい出会い、知識には数多く触れてきた。だがそれが目的ではない、強くなるのに最も大切なのは経験だ。
しかし今は心を落ち着かせ、焦りを沈めている。
ローを殺したものの正体には皆目見当がついていない。それ自体にはまだ大きな問題はないが、目標は早めに定めておきたい。
見えぬ影を追うのではなく、巨大であっても進路を見出したいのだ。
そうしていると精神に小さな波が立つ。波はやがて大きなうねりとなる。そうならないように自分を戒めていた。
「――ダンさん?」
後ろからか細い声が届いた。
「誰だ!」
集中を乱され声を荒げたダン。だがそこにいたのは武器も持たぬ子供だった。
「……お前か」
それはイーサだ。
「こんな夜更けにどうした」
「その……」
イーサは言い出しづらそうにもじもじしている。彼の圧を受けて萎縮していたのだ。兵士もうろたえる気迫を前に、泣き出さなかったのは驚嘆に値する。
その様子を前にダンは息を吐く。そして額に軽く拳をぶつけた。
「だめだな」
「え……?」
ダンは顔の前で手を振る。
「こっちの話だ。それより怖がらせて済まなかったな」
「いえ……」
「それで?」
反省をしたダンは努めて穏やかな口調を心がける。
普段ではしないことだが、緊張からの緩和で極端なものになった。
それでようやっとイーサも落ち着きを取り戻し、声色も通常のものになり話しだした。
「少し、お話したくて」
「話? 俺とか」
「はい」
困ったという風に頭をかくダン。
「子守の経験はないんだけどな……」
「迷惑ですか?」
「話すことなんか……」
「旅のこととか!」
イーサの瞳が輝いた。彼女がいままで生きてきた小さな村、話でしか聞いたことのない外の世界。
たとえ些細なことでも、彼女にとってはきらめくおとぎ話なのだ。
その純な目を前にして、ダンは無碍に出来なかった。
「大して面白くはないぞ?」
「いいんです!」
「そ、そうか……」
勢いに押されるダン。
「じゃあ、そうだな……」
「うん!」
そうしてダンは慣れない寝物語を語りながら夜は過ぎていった。
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