忌避
「おーい、帰ったぞー!」
「――爺さん、無事だったか!」
イーサたちが村に戻ると、森の出口ではカニーの息子が出迎えていた。まずはカニーを見て、それからイーサの無事を確認し破顔した。
「二人とも、本当によかった……」
「なんだ、そんなしょげて」
カニーが尋ねると、息子のレニーは暗い顔でうつむく。
「やっぱり子供を一人で森に行かせたのは……、間違っていたよな」
「そんなことないですよ! こうして無事だったし……」
イーサがフォローする。それでレニーも少しはにかむ。
「いいや、そういうことじゃない。大人としての責任だよ、君になにかあったらお母さんになんと言えばいいか……」
「そういうものなの、ですか?」
うんと頷くレニー、イーサはカニーの顔を見るが同じようにしている。しかしカニーはこう言う。
「確かに軽率な判断だったなレニー。だが生きているのならば反省は後でいくらでも出来る、ニルにはちゃんと謝っておくんだぞ」
「はい……」
「じゃあそれでいい。なら今言うべきはそれではないだろう?」
「え?」
「儂らが帰ってきたのだから、な?」
カニーが言うとイーサも反応しほころんだ。レニーも遅れて気が付き、恥ずかしそうにした。
「えーと、おかえり」
「ただいま!」
「うんうん」
満足そうにしているカニー。その後ろから声がする。
「もーいーかい?」
「え、誰?」
「ああ、紹介しようか」
呼ばれてダンたちが前に来る。それを見てレニーが後ずさった。
「あ、あ……」
「この人はな――」
「グリア人!」
レニーが絶叫し、さらに遠ざかる。カニーはぽかんとしているが、やがて顔を赤らめて叫んだ。
「レニー!」
「助けて! ルーヴィングだ!」
「待て!」
慌てて走り去っていくレニーにカニーが静止をするが聞く様子はない。
ルーヴィングとは、かつてこの大陸を席巻したグリア人の戦闘集団のことだ。暴虐の限りを尽くし、当時の国々に多大なる被害を及ぼしたと語り継がれている。
たしかにダンの故郷であるジュラーにいるものたちにその血は流れているが、とうに昔のことである。
しかしジン帝国ではいまだに恐怖の代名詞とすら扱われ、レニーも母親から折檻として『ルーヴィングが来るぞ』とその名を出されて育ってきた。
カニーもダンを見たときは尻餅をついていたが、年の功か恐れるような存在ではないとすぐに理解した。
とはいえレニーの反応はそれほど珍しいものではない、なのでダンもやれやれと言った風にしている。
「やっぱりこうなるよな。特に田舎は」
「グリア人を見ることもろくに無いだろうからなあ……」
セニーリも呆れ気味に話す。
そうしているうちに、人が集まりだしたのを見てダンがつぶやく。
「……この村はダメそうだな」
「騒ぎになる前に離れるか?」
ミィが提案し、ダンが同意する。
「そうするか。……もう騒ぎにはなってるけどな」
すでに大勢の村人たちが遠巻きにダンたちを見つめている。
「随分怖がられてますなあ」
セニーリの言う通り、村人たちの瞳の色には暗い色。恐怖の色で染まっている。母親は子供を隠し、父親や若い男たちは手に武器や農具を持っていた。
その中をかき分け、一人の老人がでてきた。
「ええい、なんの騒ぎだ!」
「ああモグワナ! 聞いてくれ」
「カニーか、これは一体……」
村長であるモグワナが現れ、友人でもあるカニーに話しかける。そしてダンを見た。
「――グリア人、か」
「そうだけれども、なにか?」
ダンがニヒルに笑う。こうしたやりとりはこの村に来るまでにも何度かあった。その度に弁解をするのにもう辟易していたのだ。
「モグワナ、この人達はな儂を助けてくれたんだよ」
「助ける、グリア人がか?」
訝しげにするモグワナ。それを諭すようにカニーが続ける。
「そうだ、不思議な事はないだろう。彼らも同じ人間だ」
その言葉をモグワナは飲み込みあぐねていた。むんと唸るそれをみてため息を吐くカニー。
「森のなかで儂はイノシシに襲われて、それを彼が助けに入ってくれたのだ。信じられないか?」
「お前が言うのだからそれは信じる、が……、しかしグリア人……。ううむ」
深く考え込んだモグワナだが、そのうち意を決したようにダンに話しかけた。
「まずは礼を言おう。我が村の人間を、私の友人を助けてくれたようでありがとう」
軽く頭を下げたモグワナを見た村人たちがざわめく。
「大したことじゃない、俺が欲しかったのはこれだから」
そう言い肩に担ぐイノシシを見せる。それでモグワナは怪訝な顔をする。
「彼を助けたのでは?」
「成り行き上な」
横でセニーリとミィは顔をしかめる。少しイライラしているダンは言葉に棘があり、止めるのも難しいと二人は短い間で得た経験で理解している。
「……まあいいでしょう。ではこの村になにか用事でも?」
「本当はこのあたりに滞在したいんだが、歓迎はされなさそうだな」
そう言ってダンが村人を見回すと、それぞれが体を縮こまらせる。
「滞在、ですか」
「そうだけど?」
「この村は、村長の私が言うのもなんですがこれといった特徴もない、辺鄙な村です。ここに留まったとしても、あるのは村人の他には獣だけですが」
「それは見ればわかる」
「おいダン……」
ミィが待ったをかけるが、ダンは知らんふりをした。
「それでは何ゆえ、もしや私達が貯めた食料にでも――」
「おいモグワナ!」
言いかけた言葉をカニーがすんでのところで止めたが、おおむね意味は伝わってしまった。
「そう思われるのは心外だが、どうしてもと頭を下げるつもりもない」
「ダンさん、あなたも少し落ち着いて……」
二人の仲裁を試みるカニー。セニーリとミィも助け舟を出そうと動き出したところで、甲高い声が響いた。
「どーして喧嘩してるの!」
「――! イーサ……」
大人たちの様子に困惑していたイーサが、辛抱しきれず入ってきた。
「この人達はおじさんを助けてくれたんだよ! なのにどうして仲良く出来ないの?」
「イーサ? ニルの娘か、今は私達が話しているんだからあっちで……」
「この人達は私の家に来ればいいよ!」
「イーサ!」
その言葉を聞き、人の群れからニル、彼女の母親と狩りから戻ってきていた父親のジネスが飛び出してきた。
「お父さん! いいでしょ?」
「なにを言ってるんだ……? 彼はグリア人――」
「ち・が・う! ダンさん、それとセニーリさんとミィさん! ちゃんとした名前があるの」
「おい……」
置いてけぼりで話が進みかけたのでダンが言葉を出す。
「おじさんもわがまま言わないで!」
「おじ……! わがままなんか言ってないぞ」
「じゃあ私の家に来てくれるよね?」
「いや、それは……」
ダンは困ったようにイーサの両親を見た。それらも同じような瞳で、見つめ合って固まってしまった。
「ね、いいでしょ?」
再度の問いかけ。
「いいよね!」
「あの、暴れないのなら……」
「ジネス!」
母親が驚いて声を上げる。
「じゃあ大丈夫だよね、ダンさん」
「まあ、暴れはしないが」
それを聞いてイーサは満面の笑みを浮かべ、手をパンと叩いた。
「じゃあ決まり!」
「あ……」
呼び止めようとしたモグワナの方をカニーが掴んだ。
「なにをする、カニー」
「もういいだろう、話はついただろう?」
「グリア人が村に留まるなんて……」
「暴れる気はないと彼も言っていただろう、それに彼が猛獣にでも見えたか?」
「そんなことないが……」
「じゃあ問題ないな、あれを見ろ。あれが物語のような怪物に見えるか?」
ダンはイーサに手を引かれ、どうしていいかわからず狼狽えているところだった。
「……あれがグリア人なのか」
「そうだ。儂も初めて見るがな、なにごとも事実と物語は違うものさ」
そう言って動かなくなったモグワナを見て、問題ないと判断したカニーは続いて歩き出す。
その先にはうずくまっているレニーがいた。
「早とちりしおって、馬鹿者が」
「親父……」
「ついでじゃ、イーサの家に行くときは彼にも謝るんだぞ」
「ええ……」
「わかったな? 話せばお前もわかるさ、彼という人となりが。グリアかどうか、そんなこと以前にな」
「……はい」
渋々といった様子でうなずいたレニーを眺めてカニーも目を細める。彼もダンのなにを知っているでもないが、それでもダンがカニーのグリア人観に大きな影響を与えたのは間違いがない。
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