親子
白い肌に丸くまつげの長い瞳、瞳が見えないほど閉じた温和な笑みを浮かべ、まるで絵画の中から現れたかのような、浮世離れした美貌と肩にかかる艷やかな透き通る白い長髪。ふわっと体を包む白い一枚布のチュニックで歩くさまは天女のようでもある。グリア人特有の輪郭を覆う顔毛も透明感のある白色で、光を受けるとまるで内側から輝いているようでもある。
彼女ライラは六人いるローの正妃の一人、第一王妃であり、数少ないローに進言しかつ説得できる人間であった。
ツカツカとローに近づいて、三十センチほどまでの距離へと接近し見上げる形で話し出す。
「またわがままを言ってらっしゃるの?」
「わがままなんか言って……」
「いいえ、イェイパさんが普段どれだけ苦労しているか……。遊んでばかりじゃなく、仕事もしたらどうです?」
「仕事ならこの間したじゃないか」
「この間って……、まさか先月の遠征のことを仰っているのですか?」
「そうだが」
ジュラーの民も農耕は行う、だがそれでも時に寒波や天災で生育不良などは起こる。そういったものの備えと、他国への牽制を兼ねた軍事遠征を半年を目安に行っていた。
それを先月して、見事に戦果を上げていたロー。
「いつまでもそれで逃げられると思っておられるので?」
「……逃げる? この俺が」
ローの眉尻がピクッとしたのを見てイェイパの額に冷や汗が流れた。喧嘩は勘弁してくれと心の中で願うが、心配は杞憂に終わる。
「お仕事を放ったらかして、逃げていないというのなら、なにをしているのかしら」
「色々だ、色々」
「あら、じゃあ今はこの間お願いした毛皮を取ってきてくださったのかしら」
「……あ」
しまったという風に口を小さく開けたロー。ライラは自身の髪を指で巻き付けながらため息を吐いた。
「ほら、遊んでいただけじゃないですか。あなたの約束はそんなに軽いものだったのですか?」
「そ、そんなこと……、ない。明日にでも行ってくるさ……」
「その前にお仕事、ね」
「……うむ」
あっという間に言いくるめられ、しぼんでしまった。ライラの背丈は二メートル以上あるローの三分の二程しかないが、今は逆転しているようにすら見える。そのローの姿は威厳とは程遠いもので、イェイパとジェグも苦笑いする他なかった。
その後ローは一旦自室に戻った後、食事を済ませ街へと繰り出しコーラたちを軽くひねり仕事を終わらせた。
その日の夜、とうに夜の帳が降りロウソクがぼんやりと照らす城内の廊下をローは一人歩いていた。
その顔にはいつも悠然としているローらしからぬ、考え込むような暗さがあった。思考の中にあったローだが、前から影が迫ってきたことに気が付き足を止めた。誰何しようとする前に誰だかわかった。
というよりもその形で誰かは、この城のものならすぐに分かる。ロー以外は二択だろうが。
「……ダンか」
「おお、ローじゃねえか。こんな時間にどうした?」
「……相変わらず可愛げの欠片もない、俺が親だとわかってないんじゃないか?」
瓜二つの容姿、しっかりと見なければ兄弟にすら思われそうな二人。違いといえば息子であるダンのほうがほんの少しだけ小さく、ローは年相応に顔に刻まれたシワで年の差を判別できよう。そして親子の違いとしてはその瞳と髪の色、金髪のローと白い髪色の母親のライラ。輪郭に沿って伸びる顔毛の長さまで変わらなく、夫婦の髪色を足して割ったようなライオンのたてがみのように、伸ばしっぱなしな白銀の髪色。
城内を通り抜ける夜風が後ろにたなびかせている。
「時間に関してはお互い様だろう、ロー。……親父殿?」
「やっぱりやめろ、気持ち悪い」
「ひどい言いようだ」
肩をすくめるダン。ローは誰に対してもこれほど寛容なわけでもない、むしろどちらかというと尊大で黙っていても威圧するような気配がある。
だが不思議と第一王妃ライラとその三男であるダンに対してだけは驚くほどやわな態度を取る。
特にダンに対するそれに関して、他の兄弟はこれに不満というよりは納得を感じていた。二人の兄ですら、口では文句を言っても無理に直させるようなことはしない。
これはひとえにダンが、十数人に至る兄弟姉妹の中でも一際異彩を放つ存在だからだ。幼少の頃より個で動くグリアの中でも目立って群れを嫌い、己を愛しなにより才に恵まれていた。天が愛したとしか言えぬほど武勇に優れ、その体格も相まってローの生き写しとすら呼ばれている。
しかしそれで高まる周囲の期待に逆らうように、ダンは奔放に生きていた。グリア人に嫌煙されがちな異国の品をときより立ち寄る行商人から集め、野山での遊びに明け暮れ王の側近の話さえ耳に入れない。やがて人々はダンに王家を継がせることを諦め、放任するようになった。
「それでどこに行くんだ」
「どこえともなく、気ままに夜風を浴びに。あんたこそ、早く寝ないと老体に響くぞ」
「言ってくれる」
カカカと笑うロー。彼は息子たちに対して、愛情を表に出すことはない。どころか愛情があるのかすら周囲には怪しまれている。実際には無いわけでもないが、それは自分への自信の裏返しであり、自分の血が流れているのであれば能力への心配など毛ほどもいらないと思っている。それゆえの無関心なのだ。
しかしそうそうローほど傑出した存在は生まれないので、そういったことも相まってローは息子への興味を失っていた。それがゆえのダンへの態度なのかもしれない。
「なあダン」
「何だ改まって、とうとう俺を追い出したくなったか」
「そんなこと知らん、好きに出ていけばいい。そうじゃなくてだな……、お前は――」
何事か言いかけた途中で、言葉を切ったロー。ダンは首を傾げたが、やがてそれ以上言う気がないとわかると諦めた。
しかしローはまだ言いたいことがあるようで、らしくない困ったように言葉を紡ぐ。
「ここのところ、夜風が冷えないか?」
「……そうか? むしろ蒸し暑くて寝苦しいくらいだが」
「そう、か」
「なんだ、らしくないぞ。風邪でも引いたか」
「そうなったら他国は大喜びだろうな」
ローの武勇は世界中に轟き、それがいるというだけで攻め込むことを躊躇するほどだ。
「じゃあ気のせいだろう、腹を冷やさないようにな」
「気のせい、そうか。……お前ならわかると思ったが」
「どういうことだ?」
そう言ったきり、ローは再び歩き出した。気にはなるが問い詰めても無駄だろうと、この話は忘れることにしてダンも歩き外へと向かっていった。
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