成り上がるべく

 すっかりダンが遠ざかってから、ガークはゴップのもとへと歩んで膝をついた。


「申し訳ございません、御前で醜態を晒しました」

「おお、ガーク。そうしょげるな、お前に出来なんだ、この国で他に誰ができようか。今は相手を讃えようではないか」


 そう労うゴップだが、顔の笑みが作りものだとガークにはわかった。失念は隠せないようで、自分自身も落胆は強い。なのでこう続ける。


「近い将来、後任をたてた暁には隠居をしようかと思います」

「……それほどまでにショックであるのか?」

「衰えを言い訳にはしたくありませんが、私にはこれ以上はなくあとは落ちるのみです。未来は若いものに託そうかと」

「うむ、だがしばらくは働いてもらうぞ。お前はそれでも我が国の誇りであるがゆえ」


 頭を下げてガークは下がる。その後は直接相手をしないが武闘の監督を続けた。見守りながら、落ち込む自分を奮い立たせながら思い馳せる。

ガーク自身、武勇をはせるほどの戦果を上げたことはない。それだけ平和が長かったということだが、声高き父に勝るとも劣らぬ自負があった。それをうぬぼれと知るには十分な出来事。そしてそれ以下の若者たち。

ゴップ同様、ガークもまたこの国の先を憂いていた、噂が本当だとしてこの国に残された時間は幾ばくか。






 ガークとの戦いを終え、ダンはクルマーリュの市街を歩き中心街へと向かっていた。その間に、後ろからの視線に気がつくと振り返る。すると一人の男がこちらへ向かってくる。

 短い茶髪の、軽薄を絵に描いたような男が軽薄そうな顔で近づいてくる。にこやかな様子にダンも警戒こそゆるいが反応するか一瞬悩み、無視することにした。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 へへへと笑いながら男は正面に回ってきた。押しのけて進もうとする前に、男がまくしたてる。


「俺ぁセニーリってんだがよぉ、見てたぜあの戦い。ガークのおっさんに勝つなんてやるなあ」


 おべっかに辟易するダン。だが構わず続けるセニーリ。


「いやあ大したもんだ、けどよ、ありゃあ勿体無いぜ。ゴップ、様ってのは性格はそりゃあ素晴らしいけどよ、なにより金を持ってんだ。クルマーリュってのは古都だがいいとこさ、仕えたら生涯安泰ってもんだ」


 わざとらしく領主を褒め称えながら言葉を紡ぐ。

 ダンは面倒臭さを隠さずはっきりと伝える。


「そういうものに興味ねえんだ、もういいか?」

「ありゃりゃ、剣客様ってかい。なら男磨きが趣味って? 大層なもんだ、憧れちゃうね。けどよ、それにしたって先立つものは金さ、お兄さんグリアの国から来て早いだろう」


 図星にピクリと反応するダンに、にやりとセニーリがつけこむ。


「なんでわかるかって? そりゃわかるよ、見るに明らかだ、こう言っちゃあ悪いが雰囲気丸出しだぜ、気をつけたほうがいい、ミニア人ってのは口だけは立つんだ」

「お前みたいにか」

「そうそう、だからお兄さんみたいなのはすぐに騙されちまう。けど幸運だぜ、俺と出会ったんだからな。有名なんだぜ、善行売りのセニーリ君ってのは」

「売りもんなのか、それは」

「ただほど怖いものはないってね、俺らの国で覚えといたほうがいい言葉さ」


 気がつくとセニーリのペースにはまっていることに気が付きながらも、つい話の先を聞いてしまう。セニーリとは怪しげな魅力を放つ男だった。


「けれども、剣客の旅ねえ。さっきのガーク戦を見る限り、この国に期待しないほうがいいかもなあ」

「そうなのか?」

「ああ、あのおっさんが一番だって街じゃみんな言っているよ」

「じゃあこの街に用はなさそうだな」


 その言葉を聞き、待っていましたとセニーリが言い放つ。


「じゃあおたく、宛はあるのかい?」

「……まだないが」

「俺が案内してやろうか?」

「いくら取る気だ?」


 セニーリは大げさに首を横に振る。


「まさか、これは心配からのおせっかいさ。ここであったのも縁があるのだろうよ、アガリャのご加護ってやつよ」

「お前らの神様か」

「ああ、良いもんだぜ。なんせ神官になりゃ良い飯が食える」


 この男に信心というものはないのだと、別の国から来たダンにでもわかった。


「けども、ただより高いものはないんだろう?」

「世の中は丸くできてるのさ、こういう優しさが、いつか俺に返ってくるのよ」

「つまりそのうち取り立てるのか」

「時と場合によるさ、俺もこの街にゃ飽き飽きしてたんだ」


 どこまでが本当か、だが男の口ぶりからして情報通なのはわかった。ダンはこの男を使うことを決めた。


「ならいいさ、案内してくれるか」

「よしきた! 着いてきな、街に用があるんだ」

「旅荷を用意するのか?」

「知り合いがいてな、そいつが道に詳しいんだ」

「お前が案内するんじゃないのか」


 セニーリはキョトンとして、ニコニコと胡散臭く笑いながら話す。


「俺はできるだけ多くを幸せにしたいのさ」

「……早まったかな」

「そんなことないさ、大船に乗ったつもりでいな!」


 軽快に歩き出すセニーリをみて、心配も浮かぶが実際自分の国以外のことについて知っていることは少ない。寝首をかかれないことだけ気をつけて付き合うことにしたダン。

 交渉は終わったと言うに、セニーリの口は止まることを知らない。普段おしゃべりでないダンだが、その軽妙な言葉に翻弄されるばかりであった。


「そういえば剣客っていうけれども、おたくはなんか夢でもあるのかい」

「ああ、そうだな……」


 次の一言を発したとき、セニーリはふうんと軽く受け止めた。そこに込められた思いには気づかずに。


「――親父を超えたくてな」






 ダンの肉親、偉大なる王ロー。それが突如として命を落とした理由。この世界は今、終末へと向かっている――。

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