実力差
「――おおぁ!」
開始の掛け声と同時に二人が動いた。唸り声とともに大槌を振り上げるガークに対しダンも言葉を発さず一切怯まず接近する。
盾に槌がぶつかりゴウン、と鈍い反響音がした。すると弾かれたのはガークの方だった。
「ぬうん! なんたる硬さ!」
ガークはわかった、金属製の盾は厚さが三十センチほどはあるものだ。自分の大槌を防げる盾など並のものではない、大盾ならまだしも片手で持てるサイズのもので防ぐなど聞いたこともない。当たったときの手応えはまるで城壁を打ったようだった。当然重量も比例して重くなるだろうに、グリア人の腕力たるや瞠目するほどである。
ダンはさらに攻勢を強める、重量は相当のものであろう盾を軽々と振り回し殴りつけてくる。ガークも槌を構えて防ぐが、そのままでは一方的になってしまう。体格に見合わぬ俊敏さでガークが横に回転する。
「ぐう、……があ!」
ガークはダンが大きくかわさないのを見込んで、先程よりも大振りで大槌を放つ。案の定ダンは盾で受けたが、流石に後退した。たたらを踏んでダンが一息つく。
「ふう、やるな」
「なにがじゃ、こちとらヒーヒー言うとるわ」
「グリアの人間でないのに、大した力だ」
向こうは褒めているのだろうが、ガークからすれば侮られている感覚を受ける。事実グリア人と力比べをできるものなどそうはいないのだが。それにダンはグリア人の中でもかなりの実力者だとすぐにわかった、力任せの打撃ではなく巧みなフェイントを混ぜている。その長い髪に強さ、ガークには思うことがなくもないが今は置いておき戦闘に専念する。
「さあて、もうひと踏ん張りするぞ」
ガークが今度は縦に槌を振る、これだと盾で防ぐのが難しい。だがダンも馬鹿正直に受けはしない、斜めに当てて攻撃を受け流す。タイミングも絶妙な高度な技だ。槌は盾をかすり火花が散る。
振り下ろした勢いでよろめくガークに横から盾が迫り吹き飛ばされる。横に倒れるがなんとか立て直すガークだが息が荒い。
「ふう、ふう。こりゃきっついわ」
「丈夫なおっさんだ」
「あー、よし。提案があるんだが」
「なに?」
ガークは改まって話し出す、槌を再び縦にして地面に立てる。
「やっぱり長期戦はきっついわ。なんでな、力比べと行こうか」
「ほうほう」
「儂が思いきし槌を振り下ろす、お前さんが耐えられたら儂の負けじゃ」
「へえ、いいぞ」
二つ返事で受けるダン、ガークもそれを聞いてすぐに槌を両手で握り腰に回す。腰を落とし半身で槌の先端を後ろにする。なにをするのかあからさまだが、今回ばかりはこれでいい。そのままジリジリとすり足でダンへ近づいていく。
ダンはといえば盾を前へと構え、盾を拳でカッカッと一定のリズムで叩く。ちょっとした心理戦、ガークの気を削ごうとしているのだ。
しかしガークも表情を変えずに歩みを進め、やがて攻撃範囲に入った。ガークの頬を汗が伝う、生中な攻撃では勝てない。先程はダンも反撃を考慮していたからこそ崩せたが、次はそうは行かない。ゴップに勝利を捧げる、国に利をもたらす。老い先短い自分にできることを、責任の二文字がガークの内心を埋め尽くす。
すでに真っ向の戦いでは勝てないことを悟ったガークが掴んだ最後のチャンス。一撃に全霊を込める。
「いくぞ」
盾を叩く音がやんだ。それをきっかけにフルスイングで大槌が薙ぎ払われた。それを受けたダンの反応に、ガークは目を見開いた。ガークはダンというよりも、その丸盾目掛けて槌を放った。だがそのダンは体を開いたのだ、盾のある右腕を前に半身にしていたものを正面に向け一歩前に進んだ。そのままでは盾ではなくがら空きの胴に当たってしまう。
いくら頑丈なグリア人といえど直撃を耐えられるほどやわな一撃ではない、正気を疑うがすでに止められはしない。なによりガークのプライドを乗せた一撃が止まることを許さない。これで死ぬのならそれもまた一つの結末であろう。
そして大岩をも砕く槌の面はダンに迫り、ぶつかる直前。ダンは開いた体をもう一度素早く閉じる、それは防御ではなく迎撃である。
「……ぐっ」
ガークが苦悶の声とともに槌の柄を地面に落とした。こうして決着したとき人々は一瞬何が起こったか理解できなかった、目視できなかった。
ダンはただ受けるにあらず迎撃、つまり剛堅な円盾は防ぐだけに留まらず迫り来る大槌を真上から叩きつけてみせた。
そうして今までよりもひときわ大きな金属音、大鐘を鳴らしたかのような響きに皆が耳を抑える。ガークはそれからワンテンポ遅れて膝をついた。完璧な対応、つまりガークの渾身を完全に見切られたということ。ここまでされては負けを認めるほかない。
その様子を見てピールは改めて戦いの終了を告げる。それを聞くより早いかダンはひるがえり去ってゆく。ガークは後ろ姿に尋ねる。
「儂の一撃は軽かったか?」
ダンは首だけ振り返り、言葉を放つ。
「そこそこ、俺の国だと平均だな」
「そうか」
ダンの目にはすでにガークへの興味は失せていた。
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