4-2-1.人族の王城 謁見の間にて その1

 Chapter - 2


 魔王とユウコが時空の穴に消えてから1か月あまりが過ぎた。


 もうユウコのいた世界について語ることはない。魔王国については後で語ることとして、いまは人族の王国について、あの魔道士連中の決意の後、最後の勇者召喚の後の出来事を語ることにしたい。それが魔王とユウコ、ふたりの行方ゆくえの一端を明かしてくれることになろうから。


 最後の勇者召喚の儀が行われてから1か月あまり後のこと。人族の王城の謁見えっけんには大勢の有力者たちがあるものを見ようと部屋の両側に分かれてひしめき合っていた。部屋の一番奥には国王の玉座が置かれていたが、その主はまだ姿を現してはいなかった。玉座の正面奥にある大扉の前から玉座の台座手前まで真っ赤な長絨毯じゅうたんが敷かれ、その両脇には近衛師団がずらりと並ぶ。王国の有力者たちはそのさらに外側にしつらえられた席にあって、赤絨毯の先端、玉座の台座手前の方を見ようと首の伸ばしあいを演じていた。


「あれがそうなのか」

「果たして今回は上手くいくのか」


 いぶかしがるような声があちらこちらから聞こえた。


 赤絨毯の先端には数人の若者がいた。全員が武器をたずさえていた。普通ならば謁見の間で武器を持つなど近衛師団以外には許されない。なのに彼らをとがめようとする者はいない。それどころか訝しがるような声を立てる一方で、皆は一種の期待のまなざしを持って彼らを見ていた。それが彼らが特別な存在としてこの場にいることを示していた。


 若者らのひとりは大剣を持ち、もうひとりはやりを肩にかついでいた。背に弓矢を背負う者がいれば、つえを持ちローブをかぶった者もいる。

 そしてもうひとり。彼らの中央に立ち、ひと振りの剣を腰に差したひとりの若者が。


 そう、彼らは新たな「勇者パーティー」。今まさに魔王討伐へ旅立とうとするところだった。旅立ちを前に、国王への謁見のためにこの場に呼ばれたのだった。


 彼らは王国内から選りすぐられた者たちのはずであった。しかし王国は勇者パーティーをもう何組も送り出している。それとは別に軍隊の一員として魔王国とのいくさに命を散らした若者も数多い。当然、戦いに優れた者はあらかた選ばれた後と言えた。今の彼らが王国最強のパーティーであると言われても、その実力に疑問を持たれるのはある意味仕方がないことではあった。訝しがる声が出るのも当然と言えた。


 しかしそんな彼らの中にあって、中央の若者ひとりは他の者とは違う何かを持っているように見えた。それはこの謁見の間にいる者全員が共通して抱いていた認識でもあった。


「あの者が例の……」


 有力者たちの視線も、勇者パーティー全体と言うより、むしろ彼ひとりに向けられていると言ってよかった。


 若者は顔にかかるほどの髪で顔をなかおおっていた。しかもややうつむき加減なものだから、他人からは彼の表情はよりいっそう読み取りづらい。これまでの勇者であれば、王国の危機を救うという崇高すうこうな、そしてほまれ高い任務を命じられて高揚しているのが常であった。「勇者に選ばれた俺を見てくれ」と言わんばかりに顔を輝かす者ばかりであった。それに比べてこの若者は……。


「国王陛下のお成りである」


 側近からの声が響いた。さっと床に膝をついて拝謁はいえつの姿勢を取る勇者パーティーの若者たち。列席の有力者たちも立礼りつれいをもって国王を迎え入れる。


おもてを上げよ」


 やがて国王の声が謁見の間に響いた。


 若者らは顔を上げた。彼らの正面、さっきまで空だった玉座に国王の姿があった。いかにも国王らしい恰幅かっぷくのある体。身にまとう衣服は人族の最高級の技法を駆使した豪華なもの。だがその表情には疲れの影が見えた。無理もない。いま王国は歴史上においてもあまり例を見ないような危機的な状況にあったのだから。


 国王は正面に控える彼らの様子をひととおり眺めた。そしてその視線が中央の若者を捉えたとき、国王の顔にさっと喜色が走った。国王は両手を前に出しながらゆっくりと立ち上がった。


「おお! そなたが召喚勇者か」


 国王は中央の若者に声を掛けた。感極かんきわまっているように聞こえた。


「はい」


 中央の若者が答える。声は決して大きくはない。気持ちが高ぶっているようにも聞こえない。むしろ逆。あくまで冷静。淡々としたその様子に、並みいる有力者たちはちょっと意外な思いがした。国王陛下から直々に声を掛けられるという栄誉に浴しながらなんたることか、と。

 だが国王ただひとりはそうは思わなかった。感動した口調のままなおも続けた。


「そうか。そなたのことは聞いておる。こうして会うのを楽しみにしておったぞ」

「はっ、ありがたき幸せ」

「召喚からわずかな期間ですべての修練を修了したとも聞いたぞ。最後の最後でそなたのような者を得られるとは、神はまだ王国を見捨ててはおらなんだ」


 国王は天を仰いだ。言葉の最後は感激のあまりか、かすれてしまっていた。国王の両の目からは思わず涙があふれた。


 だが国王が感極まったのはほんの一時いっときでしかなかった。人族の王国の象徴でもある国王という立場上、取り乱したような姿をあまり長く周りにさらすわけにはいかない。もちろんそれは国王自身が一番よく分かっていた。


 だから国王が再び前を向いたとき、その表情からは歓喜の色は消え、鋭い視線が若者の姿を真っすぐに射貫いていた。


「この国の置かれている状況は理解しておるな」


 威厳を取り戻した声が問いかける。


「おおよそには」

「では魔王国にて魔王が代替わりをしたということは」

「新たな魔王が即位したということだけなら」

「うむ。もう何か月か前のことだったか、魔王国で突然戦乱が起こった。当時の魔王は……、いや、今や“前魔王”と言うべきか、は歴代の魔王の中でも間違いなく3本の指に入るほどの剛の者であった。王国から送り込んだ勇者のすべては魔王と配下の軍勢によって討ち取られてしまった。もはや王国の命運は風前の灯火ともしびであった。そんな時に戦乱は起きた。まさかあの強大な前魔王の元で反乱が起こるなどとは。突然のことで我らもしばらくは信じることができなんだ」


 国王はゆっくりと話を続けた。


「前魔王の生死は分かってはおらぬ。だがあれだけの実力を持った魔王じゃ。力で打ち倒されたとは到底思えぬ。おそらくは暗殺されたのであろう。そしてその後釜あとがまを巡って争いが起こった。分かっておるだけで大きく3つの勢力が争った。3つの勢力は拮抗きっこうしておった。なので戦乱は少なくとも数年に渡って続くものと思われた。王国にとっては干天かんてん慈雨じうがごとき出来事であった。戦乱が続く間は王国への魔王国の侵攻はないであろうからな。我らはひと息つける、体勢を立て直す時間ができる、そう思っておった。だがその希望はやがて打ち砕かれることになってしまった」


 ここで国王は悲しげに大きなため息をひと息ついた。


「報告によると今から3週間ばかり前のことだそうじゃ。3つの勢力のいずれでもない新たな存在が魔王国に現れた。まったくの無名の存在であった。王国側で把握はあくしておらなんだだけでなく、魔王国内ですら存在が知られておらなんだようじゃ。そやつがまたたく間に3つの勢力を打ち倒してしまいおった。地方の小さな勢力を味方につけておったようじゃが、その力をほとんど借りず、実質そやつ“ひとりで”3つの大軍勢を下してしまいおったのじゃ。そやつが新たな魔王の座についたとの報告が先日入ったばかり。戦乱が治まったのじゃから、今すぐではないにせよ、魔王国内の体制が整い次第、王国への侵攻が開始されかねんのじゃ」

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