3-3.新魔王の座争奪戦勃発す

 首から上をなくしたゲスダフレッツェオの体は鮮血を吹き出しながらゆっくりと崩れ落ちた。将軍は前へ進み出ると、ついさっきまでゲスダフレッツェオ“だった”その頭を無残にも踏みにじった。


「もう一度聞く。これが最後だ。この装置の責任者はだれか!」


 将軍がドーム中をめるように見渡した。だれもがもはや抵抗は無意味だと悟った。一瞬にしてドーム内を静寂が支配した。


 ミスートが前へ進み出る。


「私が責任者よ」


 彼女の声がドーム内に響き渡った。そのよく通る声と思いもかけぬ若い姿に、所長の時にはピクリとも表情を変えなかった将軍の目が大きく見開かれた。


「ほう、貴様か」

「そうよ、文句ある?」

「いや、ないな」


 ミスートの堂々ぶりに、さしもの将軍も苦笑せざるを得ない。


 将軍は改めてドーム内を見回した。所員らの反応を観察した。もし彼女の言っていることがうそで責任者がだれかほかにいるのならば、所員たちの間にそれらしき反応があるはず。しかしそのようなものはなかった。極端におどおどしている者も、だれか特定の者をかくまおうとしている者も見られなかった。むしろ逆。ありとあらゆる所員から、もし彼女に何かあったら承知しないぞという殺気が見て取れた。


 将軍は確信した。目線の先にいる若い女魔族こそがこの装置の責任者で間違いないと。


「貴様、肩書きは?」

「主任よ」

「名は?」

「ミスート」

「ふむ……」


 将軍は満足そうな笑みを浮かべた。


 前にも書いたが、己の真名を他に教えるということはその者の配下になるということに等しい行為。ミスートが自分の名を名乗ったことで、将軍は彼女に敵対の意思なしと判断した。


(これは思った以上に容易に事が運ぶかもしれんぞ。)


 将軍は心の中でほくそんだ。配下の者たちに命じて武器を納めさせる。ミスートも所員に落ち着くよう声を掛けた。緊張がいくらかやわらいだように思われた。


「ではミスートとやら、貴様に命ずる。直ちにこの装置を停止せよ」


 先ほどまでの威圧の込められた口調ではない。単に配下の者に命じるかのような。明らかに将軍はミスートが素直に自分に従うものと信じて疑わなかった。

 しかし彼女から返ってきた返事は違っていた。


「嫌よ」

「何っ!」

「私の直接の上官はゲスダフレッツェオ所長。その所長は魔王様から直々に所長に任命された。ゲスダフレッツェオ所長亡きいま、私に直接命令できるのは魔王様だけ。将軍、あなたじゃない」


 将軍の顔が驚きのあまり引きつった。まさか命令が拒否されるとは。だがさすがに数多くの戦場をくぐり抜けてきた猛者もさ。思考を切り替えるのに時間は必要なかった。


「ふむ、さすがはその若さでこの装置の責任者に任じられるほどの者よ。なかなかに肝が据わっておるようだ。だがいつまでそうしていられるかな?」


 不敵に笑う将軍。片手をほんの少し動かす。すかさず軍装の者どもがさっと武器を構える。


「分かったわ。私の負けね」


 ミスートは抵抗を諦めたというように両手のひらを上に向けてみせた。


「装置は停止させます。でも約束して。所員に手は出さないって」

「よかろう。所員には手を出さん」


 将軍はミスートにうなずいて見せた。再び片手で合図した。いっせいに武器を下ろす軍装の者ども。


「みんな、聞いた通りよ。装置をシャットダウンします。直ちにかかって」


 ミスートの号令で持ち場に散る所員たち。機器を操作し、各部が次々とその機能を失っていく。


 だが機能を失っていくのは召喚勇者発見装置だけではなかった。数名の者がドーム内に現れ、将軍に「もうひとつの装置も制圧を完了しました」と告げた。異世界間時空トンネル(DTOW)の構築と維持を担う装置のことに違いなかった。


 ひとりの所員がミスートに近づき耳元でこっそりとささやいた。


「主任、いいんですか。こっちだけでなく、あっちの装置もシャットダウンしてしまったら魔王様が……」

「やむを得ないわ。いまは皆の安全が最優先。将軍から言質げんちを取るにはああするしかなかった」


 ミスートの顔に一瞬だけ悔しそうな表情がよぎった。将軍から顔を隠し、よりいっそう声を落としてささやいた。


「それに装置が無事なら再起動のチャンスがあるかも。分かったわね」

「分かりました。一緒にチャンスを待ちましょう」


 しかし事態はこれで終わらなかった。ミスートから装置が完全に停止したとの報告を受けた将軍が予想外のことを軍装の者どもに命じた。


「よし貴様ら、この装置を破壊せよ!」


 命が下るや、一群が装置に飛びかかった。剣やおの、ハンマーなどが打ち込まれた。所員は何もできずただ呆然ぼうぜんと見守るばかり。


「何をするの! ちゃんとシャットダウンさせたじゃない!」


 ミスートただひとりが将軍に食ってかかる。


「残念だがそれでは不十分。あの状態では容易に再起動できるからな。それにワシは『所員には』手を出さんと約束した。だが装置については何も約束などしてはおらん」


 将軍は冷ややかに言い放った。その表情は「そなたの魂胆など見透みすかしておるわ」と言っているかのように見えた。


 だがその時既に、事態はさすがの将軍でさえも想定していない段階へ進んでいた。ドーム内に息せき切って飛び込んできた伝令がその事態を叫んだ。


「将軍! 大変です! 魔王城内南西部にてが方と第3軍が交戦中との知らせが!」


 その言葉に軍装の者どもさえも思わず破壊の手を止めた。一瞬にして騒然となる。


 さらにその騒然が収まらぬうちに、第二の伝令が飛び込んで更なる事態の急変を告げた。


「報告します! 城外から第6軍がこちらに向かって急速に接近中とのことです!」


 たちまちに軍装の者どもに動揺が広がる。もはや破壊行為などしている余裕はない。彼らは不安な目をして我先にと将軍を取り囲んだ。


「将軍!」「将軍!」「将軍!」

「ええい、うろたえるな!」


 将軍が大声で一喝するも、明らかに想定外の事態に苛立いらだっているのがだれの目にも分かった。だが将軍は構わず大声で続ける。


「体勢を整えてまずは第3軍に当たる。第6軍は城門を閉めておけばそう易々とは入ってはこられん。城内を完全に掌握した後、計画通り前魔王様の長子(※一番上の子どものこと)を新たな魔王様に立てる。我らが新魔王様直属の部隊となるのだ! 歯向かう者は賊軍ぞ! 義は我らにあり! 皆の者、心してかかれ!」


 将軍は言葉を発するごとにみるみる冷静さを取り戻していった。同時に鼓舞された軍装の者どもの動揺が消え、逆に活気がみなぎっていくのが見て取れた。いやそれ以上だ。目は血走り、敵を地獄の底へたたき込んでやるのだという強烈な殺意がひとりひとりにあふれていった。将軍はきびすを返すと、再び整然と列をなす彼らを引き連れ、足早にドームを出て行った。


 これが新魔王の座をかけた三つ巴みつどもえの争いの幕開けだった。研究所を襲った将軍は前魔王の長子を押し立てようとし、第3軍の将軍は自身が魔王の座を狙っていた。そして第6軍の将軍とともにあったのは前魔王の末の弟。それぞれの思惑おもわくが正面からぶつかり合った。どの勢力も自分たちの勝利を信じて疑わなかった。


 3つの勢力の実力はほぼ互角。これは(いまは異世界にいる)魔王の意図したことでもあった。魔王は軍内に突出した勢力ができることを徹底して避けた。将軍といえども完全に信頼できない中、反乱の可能性を最小限にするための策だった。3つの勢力はどこも決め手を欠いていた。争いがいつ終わるのか、ひと月か、1年か、あるいはそれ以上か。それはだれにも見通せなかった。


 そして異世界へと飛んだ魔王には、この事態を知るよしもなかった。

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