3-2.襲撃
その日は
そんな中、魔王城内の研究所では、召喚対象者発見装置による状況の監視と、DTOWの維持作業が続けられていた。
どちらの作業も
「暇ね」
主任のミスート女史がぽつりとつぶやいた。
「起動時にはどうなることかとヒヤヒヤしたし、それから考えるとトラブルがないのは良いことなんだけど。でもこう順調すぎると何かが起こってほしい気もするわね」
「やめてくださいよ主任。そういうのを『フラグが立つ』って言うんですよ」
彼女の斜め前で計器を監視していた所員のひとりがたしなめる。
「フラグ? 立ったら立ったでいいじゃない。ここには優秀なメンバーが
「あーあ、『よほどのこと』だなんて。いったい主任はいくつフラグを立てたら気が済むんですか」
別の所員が冗談めかして言った
優秀な研究者や技術者というものは、優秀であれば優秀であるほどいわゆる「おたく」と呼ばれる存在に近い部分があるもの。自身の興味の対象以外にはとんと
ドーム内の
そんな彼女のリーダーとしての嗅覚が、敏感にある事態を察知した。
「何かしら。何か外が騒がしいみたいだけど」
ひとりドームの入り口方向へ振り向く彼女。そんな彼女を見ても訳が分からず、他の所員は互いに顔を見合わすばかり。
「主任、どうしたんです?」
「何か外の廊下の方から人が騒ぐような音がするの。だれか様子を見てきてくれない?」
「えっ? あっ、もしかして主任、さっきのフラグの件、実は結構気にしてるとか」
「そんなんじゃない。外で何か起こってる。早く、早く確認して!」
彼女の緊迫度が急上昇した。声だけではない。しぐさ、体のこわばり、目線の鋭さ。明らかに平時の彼女とは違う。またただの異常時とも異なる。彼女は発見装置のトラブルの時には信念を持って的確な指示をした。だが今の彼女は得体の知れぬ不安に取り付かれているかのよう。そんな彼女の姿に他の所員も、ようやく事態が何かおかしいらしいと思い始めた。
ドーム内がざわつきだした。ここに至ってようやく、だれの耳にもドーム外から人が大勢騒いでいるかのような音が聞こえてきたのだから。しかもただ騒いでいるのとは違っていた。明らかに異様な、明らかに緊迫した“何か”がその音からは伝わってきた。想定したことのない“何か”が起こっているのはもはや明らか。ミスートの言うとおり
数名の所員が
「俺、ちょっと見てきます!」
しかし事態を確認に行く必要はなかった。事態のほうからこちらへやって来た。突然、ドーム入り口のドアが乱暴に開いた。すべての所員が何ごとかといっせいにそちらを見る。外から一群がなだれ込んで来る。見るからに研究所の所員ではない。
全員が武装していた。
“何か”が起こった。しかし“何が”起こっているのか分からない。事態が把握できない。所員たちはただ立ちつくすばかり。こんな事は学校では教わらない。教科書にも載っていない。
一群の奥から特に巨体のひとりが進み出た。ドーム中央にそびえる発見装置を横目でじろりと
「この装置の責任者はだれか!」
そいつが雷鳴のごとく大声で呼ばわった。明らかに他の侵入者たちより重厚な武装を身にまとっている。
ミスートの
その時、またもやドーム入り口の方がざわついた。入り口から一群をかき分け、ひとりの老魔族が髪を振り乱しながら駆け込んできた。
「将軍! 困りますぞ! このようなことをなされてただで済むとお思いか!」
所長のゲスダフレッツェオであった。所長は自身が「将軍」と呼んだ巨体の魔族の前に立ちはだかった。両腕を大きく広げ、それ以上の侵入は断固として阻止するとの意思を自らの体でもって示して見せた。
将軍は
「貴様はだれか」
「私はこの研究所の所長でございます、将軍」
「名は?」
「名乗る必要はございますまい」
「ふん!
「何度も言わせなさるな。私は所長。この研究所全体の責任者でございますぞ、将軍!」
「なるほど」
所長に反論されても将軍はピクリとも表情を変えない。
しばしの間、多分時間にして2,3秒、それまでゲスダフレッツェオ所長をまっすぐに見ていた将軍が顎を少し上げた。必然的に目線が見下すような形になった。
「では貴様はこの装置の責任者ではないのだな」
「だから何度も言わせなさるなと。私はこの研究sy……」
ゲスダフレッツェオの言葉は最後まで言われなかった。グワンという音と同時に
「きゃあああ!」
あちこちから上がる所員の悲鳴。
床に転がった丸い塊は一箇所が赤く染まっていた。
間違いなかった。見誤る者はいなかった。それはほかでもないゲスダフレッツェオ所長の首だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます